65.元老院資料室
「会議室での謁見及び会議となりましたが、議題も尽きましたので終了といたしましょう。参謀長、結界の解除をお願いします」
宰相の宣言により、密室での会談は終了した。
「まずは元老院資料室へ案内する。調べるのは明日以降で構わんだろう?」
会談が終了してから魔王様は何かを思案していたが、突然話を切り出してきた。
「はい。城への出入りの許可をいただけるのであれば、明日からでも調べるつもりです」
「臨時の許可証でも与えるとしよう。マグニス、手配を頼む。
それでは行くとするか」
魔王様自ら、僕たちを案内してくれるらしい。ベルモンドさんと参謀長、そしてもう一人の男性が魔王様に付き添って行くようだ。宰相は、僕たちとは反対の方向へと歩いて行った。
「ここだ、大して広くもない部屋だ。私も隅々まで調べた訳ではないが、議事録ぐらいしか存在しないだろうよ」
だから、『そんなものはない』と言ったのか……。
「叔父上が隅々まで調べていないのであれば、何かあるやもしれんだろう。そう落ち込むな、アキラ」
クリスさんは励ましてくれるが、ショックから立ち直れそうにない。
「ここの調査にはアメリアも従事させますから、全て調べ尽くしてやりましょう」
僕の肩に手を置いてティエリさんも励ましてくれた。アメリアさんは僕とは違う意味でショックを受けていたけど。
とりあえずは調べるだけでも、調べてみよう。それで駄目なら、次の策を考えれば良いのだ。
「次は食事ですか?」
「そうだな、軽く食事にするとしよう」
参謀長の質問に対し、魔王様は簡潔に答える。
「ご飯だってよ、ダイモン兄ちゃん」
「期待できそうだな、当主殿」
「いや~、どうでしょうかね」
食事と聞きつけた霞とダイモンさんが妙にそわそわとしているが、ティエリさんの何気ない一言が気になる。
「あまり期待しない方が良いぞ、アキラ」
ボソっと呟いたクリスさんの表情は、渋いものでも口に含んでいるようだ。
ティエリさんといい、クリスさんといい、苦笑いしているアメリアさんといい、絶対に何かある。嫌な期待が膨らんでいく。
「ほら、みろ」
クリスさんが顎で指し示す先にあるのは、大皿に山のように盛られたサンドイッチのみ。
霞の頬がぴくぴくと痙攣し、ダイモンさんに至っては口を半開きにして固まっている。
「手配を忘れていてな、急ぎ料理長に作らせたのだ」
「人数が多いので、間に合いませんでした。申し訳ない」
「仕方ありません。小腹を満たせるだけでも良しとしましょうかね」
忘れていたとケラケラ笑いながらもサンドイッチを頬張る魔王様。付き添いの3名は申し訳無さそうにしている。
ティエリさんの回答が一番無難だろうから、僕は大人しくしていよう。
「叔父上は元々、昼食は軽く済ませるタイプなのだ。わざとだ、わざと」
またクリスさんは呟くようにぼやいた。
ああ、なるほどね。
期待に胸を膨らませていたにも関わらず、サンドイッチしか無かった昼食。それ故に、霞とダイモンさんはすっかり意気消沈してしまっている。
そんな二人を無視したまま一行が向かったのは、練兵場。
先程まで別行動をしていたはずの宰相は、いつの間にか合流して口を開く。
「それではまず、ご兄妹には何か実演をお願いできますでしょうか?」
たぶん何かやらされるのだろうとは思っていたが、僕は何も考えていない。
「宰相、どの程度をお望みか? あまり派手なのは危険だぞ、特に兄の方」
「ちょっとクリスさん、何ですかそれ!」
「アキラさんですからね、注意を怠ってはいけません」
アメリアさんまで酷くない?
「危険というと?」
「聞いたところによると、ニール領主の練兵場を焼け野原にしたとか」
焼け野原にはしていない、少し焼け爛れただけだ。僕はそっと目を逸らした。
「昨日のヨギリさんのこともあります」
応答もなく、勝手にやって来た夜霧が悪いのだ。僕は悪くない、と思う。
「ううむ、しかしその実力を確かめる必要はある。何か危なくない方向でお願いしよう」
「アキラが危険を伴わない方法で実力を示す?」
「……先日の精霊を全て呼び出すというのは、どうでしょうか?」
「それなら危なくはないですね」
「そうでもないかもしれませんが」
冒険者ギルド職員の3名が意見を交わしている。精霊大集合をやればいいのかな?
「では、そういうことでお願いします。アキラさん」
「わかりました。これの売り込みもあるので、少しだけ派手にいきます」
盾の売り込みは一応やっておかないと、再会した時何を言われるか分からない。
「最初に夜霧、中央の辺りで元の姿に戻ってくれ。
ジルヴェスト、オンディーヌ、ガイア、ルー、お前たちはこれから呼ぶ者達を夜霧の元に案内するように」
「了解だ、旦那様よ」
夜霧は練兵場の中央へと歩み出る。夜霧の体に魔法陣のようなものが纏わり付き、真っ黒な闇が弾けたかと思うとそこに巨大な黒い龍が現れた。
『妾らのいつでも良いのじゃ、主様』
「始めよう。まずはシュケー、おいで」
一番危なくないシュケーから登場してもらおう。芽吹いたかと思えば、急速に成長した樹木。その幹からシュケーを顔を覗かせた。
『じゃじゃーん!』
これ、最近の彼女の流行なのか?
『これ、こっちに来るのじゃ』
『お姉ちゃん、ひさしぶり~』
オンディーヌがシュケーを夜霧の足元へと連れて行った。
「次はこいつを使おう。来い! スノーマン」
ちょっと多めの魔力を盾に注ぐ、うっすらと輝くお皿。魔力量に比例し、周囲の温度が急激に下がり始める。
観客の集まる後方が何やら騒がしいが無視しよう。
――ポンッ
今日は一発で顕現したスノーマン。
魔力を込め過ぎた為か、気温の低下が収まらない。寒い!
『あるじ~、ご無沙汰~』
「おう、久しぶりだな」
『小僧、こっちだ』
ジルヴェストはスノーマンを連れて行った。
「う~寒い、ちょっと派手にいくよ。今日はあそこら辺にしよう」
再び魔力を盾へと注ぐ、スノーマンと同程度の量。輝くお皿は綺麗だ。
出現場所を右手の人差し指で示す。
「おいで、イフリータ」
今日のイフリータは今までで一番派手だ。指定した地面は赤く溶け出し、次の瞬間にはとても大きな火柱が立ち昇る。
先程まで下がり捲っていた周囲の温度が戻ってきた、スノーマンとイフリータで相殺しているのだろう。
火柱が人型に変化を始め、イフリータが顕現した。
『あっるじ~』
『!、!』
「イフリータ、今日も元気だね。ルーに付いて行ってもらえるかな」
『は~い』
てっきりガイアが誘導するのかと思えば、ルーが率先して動いていた。彼にもしっかりとした意思があるのだと感心してしまった。
「ガイア、僕と一緒に行こうか」
『主殿の守護は役目だからな』
僕とガイアは夜霧の元ではなく、観客の元へと移動する。
「派手さが足りない気もしますが、こんな感じで良かったのですか?」
返事が返ってこない。皆の視線の先を追うと夜霧の巨体を見ているようだ。
あの姿に呆気に取られて、他の子たちの顕現は上の空だったのでは?
「何が派手さが足りないだ! あの氷と炎は、十分派手だったでは無いか!」
「そうですか? 少し魔力を込めたに過ぎませんよ」
「あれで少しとは魔族並みか、それ以上ではありませんか。お兄さんは、やはりヤバいですね」
精霊たち曰く、僕の魔力は魔族並みらしい。この皿もあるので、その能力は飛躍的に跳ね上がるのかもしれない。
手を振って夜霧たちを呼ぶ。障害物は大してないので、精霊たちもこっちに来れるだろう。
「お兄ちゃんの次は私だね。スノーマンちゃんとジルヴェストちゃん、また何か作ろうか?」
『良いのか? 主よ』
『いもうとー、いもうとー』
「頼むよ、お前たち」
スノーマンは相変わらず妹を理解できていないっぽい。霞の名を『いもうと』と認識していそうだ。
「カスミ、少し待て。叔父上たちが反応していない」
「仕方がないですよ。私達だって似たようなものでしたからね」
「アキラが破壊活動をしていないのだから、まだ平気な方だ」
「それは偏見ですよ、ダイモンさん。僕はそんなに壊してません」
ドスドスと音を立てて夜霧が歩いてきた。その足元には他の精霊たちの姿もある。
夜霧の顔の大きさが他の精霊の大きさと同じくらいか、やや顔の方が大きいくらいだ。要するに、馬鹿でかいのだ。
幼少組は空中を踊りながらはしゃいでいる。また帰らせるのに一手間掛かりそうだ。




