64.会議室-2
「ティエリさん、乾燥豆の処理の方はどうなったのでしょう?」
「そうですね、丁度良い機会なので今お話ししてしまいましょうか」
手元に残っている豆の処分もしてしまおう。
「宰相、先日ご提供した豆なのですが、あれはご兄妹の方からの寄贈品です。そして、ご兄妹の手元にはそれほど多くはありませんが乾燥された豆が幾らか存在します。
そこで出来ればなのですが、前回の物を含めた形で色を付けて引き取っては頂けないでしょうか?」
「例の豆か、それほど多くないというと如何ほどか?」
「そうですね、関係各所に根回しする分とでも申しましょうか。その程度であれば、十分に賄えるかと」
ティエリさんの提案を聞き、宰相は顎に手を当て思案している。
「マグニス、悩む必要などない。私が譲り受けようではないか」
「それはご自身で召し上がりたいということですよね?」
「そうだ。使者を送り迎合を果たしても、すぐに流通させられるものでもあるまい」
魔王様は余程気に入ってくれているようである。エルフ迎合の決定打は、間違いなく豆だろう。
「仰ることは尤もですが、これは流通の促進へと繋げるためには必要な物ですぞ? 余るようであれば、陛下へ進呈するのも吝かではありませんが」
「まあ、何に使うかはともかく、買い上げるという方向で良いだろう」
「では、後日改めて品物を持って参ります」
ティエリさんは僕に『良かったですね』と囁いた。
「それでは次の議題に移りましょう。
そちらの兄妹の出自が異界であるという報告。
この件につきまして、詳細をお訊ねしたいのですがよろしいでしょうか?」
提起された議題に対し、皆は静かになり僕の方をガン見している。霞の視線まで感じる。
「はい、ですが詳細と謂われましても何をどう答えるべきか……」
僕自身、どういう意味があってこの世界にやって来たのか、さっぱり分からない。
だから、どう答えるべきか迷ってしまう。
「ベルモンドも触りの部分しか報告されておりませんでな。……うーむ、経緯でもお答え頂きたいところです」
「経緯ですか、わかりました。
あの日、僕と霞は祖父の家の側にある鉱山跡地を探検し、祠を発見しました。そこで霞の持っていたおやつを祠にお供えして、休憩をとっていると睡魔に襲われて……。目覚めると、ニールの街の近くにある草原でした。
その後はニールの街で生活していましたが、冒険者ギルド本部から召喚状が届き、こうして今ここに居る次第です」
ニールに着いてから思いっきり端折ったけど、大丈夫だよね?
会議室はしんと静まり返り、誰も口を開こうとはしない。
「実際に訊いてみれば、大したことの無い内容だな。異界から来たという証明は出来るか?」
最初に口火を切ったのは魔王様。
「証明ですか……。霞、スマホを出してくれ。
先に言っておきますが、これは作れませんからね」
霞は僕の指示でポーチから自分のスマホを取り出し電源を入れ、ロックを外した。
操作した時に出る小さな音に、一同が興味をそそられている様子。
「霞、写真を撮ったり、動画を撮影してみよう。クリスさんに見せた時みたいにね」
「うん」
霞は席に着いたまま、対面に座っている宰相を被写体と定めたようだ。
――カシャ
「はい、これ」
まずは写真を取り、スマホの画面を皆に提示している。
「これは? マグニスが板の中に」
「私はここに居ますぞ」
「叔父上も驚いているな。私は以前見たからな、わかっていたぞ」
何故か一人自慢げな人がいるけど、無視しよう。
「次は、ちょっと待ってね。今撮ってるから」
ぐるりと周囲を一周するように動画を撮影した後、今度は魔王様をズームアップ。
「はい、どうぞ」
スマホを魔王様へ向け、動画を再生して見せている。
クリスさん以外の面子は揃って驚いている、今回は精霊たちも一緒になって驚いていた。
お前ら、写ってないだろ? と思ったけど、ジルヴェスト以外はちゃんと写っていた。幽霊みたいな扱いではないんだね、不思議だ。
「お兄ちゃん、電池がやばい」
皆して霞のスマホを眺めたり、おっかなビックリ触ったりしているが、どうやら電池が切れそうなのだという。
「夜霧、ここ隔絶されているらしいけど、ルー来るかな?」
「どうだろうの、儂にはわからぬ」
「駄目元で呼んでみる。ルー、おいで」
『!』
「ルー、よく来てくれた。霞、ソラーパネルを繋いでルーに照らしてもらおう。
ルー、霞に教えてもらって」
『!、!』
果たしてルーはどのようにして、ここに姿を見せることが出来たのか? 周囲と隔絶されている部屋ではなかったのか。
そもそもが精霊たちはどこからやって来ているのかも不明なので、考えるだけ無駄なのかもしれない。完全に実体のある夜霧くらいしか、見当もつかない話なのだ。
霞のスマホの電池は、なんとかなりそうだ。ルーはお手柄である。
「これは先日拝見したものですが、このようなことが可能とはどうして教えて頂けなかったのですか?」
「何を言っているのだ、お兄様。私がこれの実演を観ていた時には、仕事の話に夢中だったでは無いか」
「そうだったのかな? しかし、これを作れないというのは惜しいな」
ティエリさんは墓穴を掘ったけど、どうにか誤魔化している。
「前にも訊いたが、無理なようだ。非常に残念だ」
クリスさんは霞に教わりながら、スマホに触れている。かなり興味津々のご様子だ。
「このように奇妙なものは初めて見た、それに噂ですら聞いたことも無い。
十二分に証拠として成り立つであろう」
「足らぬのなら、儂が証明してやろうぞ。
旦那様の魔力の色彩は、この世界の何者でも持ち合わせてはおらんのでな」
夜霧は前にもそう言ってたけど、魔力の色なんて判断できる人物がいるとは思えない。
「んん? よく見れば奇妙な獣人だな。其方は何の獣人族だ?」
「まずい、ティエリさん!」
「宰相! こちらは古き龍のヨギリ殿。そのような発言は撤回されることを強くお勧めします」
「こ、これは失礼仕った。我が身の非礼を許して欲しい」
宰相の顔色はもう青を通り越して真っ白だ。
「夜霧?」
「まあよい。儂がこのような姿をしているから、見間違えたのであろう?」
「そう、だな」
「そのような、顔をするでないわ。旦那様の命もなく、暴れたりはせぬよ」
ドラゴン呼ばわりされるよりも失礼だと思うのだが、本人が許容しているから良いか。
「ほう、そちらが噂の巨大な龍であると? 私は執務に専念していて、その姿を観てはいないのでね。
会議の後にでも、その姿を拝見出来ないだろうか?」
「旦那様の指示であれば、否応は無い」
そう言葉にした夜霧と魔王様は僕を見る。
「わかりました、会議の後ですね」
もう、こう答えるしかないでしょ?
「……はぁ。では次の議題、議題と謂うよりは要望となります。魔王様」
疲れた表情の宰相は、魔王様へと話を振る。
「私は優秀な者を求めている、そして私の見る限り、君たちは優秀な人材だ。
そこでどうだろう、私の元で働いてみないか?」
言葉のまま、そのままに捉えれば良いのかな? ということは、転職のお誘いだ。
「叔父上、何を勝手なことを!」
「そうです、叔父様。横暴が過ぎます! お二人は既に冒険者ギルドに無くてはならない人材なのですよ」
うーん、困ったな。
僕たちが冒険者になったのは成り行きでしかない。実際、スキルを鑑定してもらうついでに冒険者登録をしたに過ぎないんだよね。
「どうしようか、霞?」
「うーん」
僕と霞は同じように腕を組み考えに浸る。
冒険者も悪くはない。精霊たちがいる以上、それ程危険でもない。
それにクリスさんやティエリさんもそうだけど、ギネスさんやダイモンさんにもお世話になっている手前、ここでいきなり辞めるとも言いにくい。
「私は冒険者がいいな」
「カスミ、ありがとう。冒険者で居てくれるか!」
霞を抱き締めるクリスさんにギロリと睨まれてしまった。
「冒険者ギルドの皆さんには、お世話になりっ放しですからね。今しばらくは冒険者を続けることにします。
ただ、これからもずっとという風には約束できませんよ。僕たちは元の世界に帰る方法を探しているのですから」
「大丈夫ですよ、アキラさん、分かっていますから。
叔父様、これがご兄妹の答えです。
そこでお願いがあります。元老院資料室にて、ご兄妹が元の世界へ帰る為の資料を探したいのです。入室の許可を頂きたい」
そうだった、色々な話があったから忘れていた。書物を漁って、帰る方法を探らないと。
「そうか、いや、そうでなくてはな。
資料室にそんなものはないと思うが、許可は与えよう」
魔王様の言葉がやけに耳に残る、『そんなものはない』と。例えそうだとしても、調べてみなければ埒は明かないのだ。




