62.城で
皆が軽食を終えまったりとしていると、ティエリさんとベルモンドさんが部屋へと戻って来た。
「腹でも壊したか、当主殿?」
「腹を痛めていたのは私ではなく、内務官僚の皆様方ですよ」
やっと戻って来たティエリさんに声を掛けたのはダイモンさん。ティエリさんは心底ほっとしたような表情をしている。
どうやら噂の出所は、城で政治に従事している方々であったということだろうか。
「今しばらくゆっくりとしていてくれ。そのお茶が終わり次第、謁見の間へと案内しよう」
「やっとか、どれだけ待たされるのかと賭けをしていたところだよ」
「どうですマスター、私の勝ちですよ」
クリスさんの嫌味にアメリアさんが同調している。待たされたのは事実だけど、この人たちは遠慮というものは無いのだろうか?
一連のやり取りを観ていたダイモンさんがとても嫌な顔をしていることに、アメリアさんは気付いていない。逆に気付かない方が幸せなのかもしれないけど。
「謁見に際し、精霊は謁見の間に通すことが出来ない。我が国の臣民でない者を通す訳にはいかないのでな、了承してもらいたい」
僕はベルモンドさんの言葉を脳内で噛み砕く。臣民以外の出入りを禁じる?
精霊たちは命令しない限り、恐らく付いてくる。何より夜霧は嫌がりそうだ。
あとは謁見の間へと赴くだけだが、妨害が入らないとも言い切れない。それだけに精霊たちと切り離されるのはよろしくない。夜霧以外は帰してもすぐさま呼び出せるのだけど。
そして僕と霞は、そもそもがこの国の臣民ですらないという事実。色々とお世話になっているけれども、違うものは違うのだ。
「えーと確認させてください。この国の国民以外の出入りを禁じる、ということで合っていますか?」
「そうだ。身元の分からぬ怪しげな者を謁見させるわけにはいかぬ」
「そうですか。では、僕たちは帰るしかなさそうですね。
霞、お前たち、帰るから準備しろ」
「は? え? どういうことだ?」
「あ~、そう云えばアキラたちはこの国の臣民では無かったな。
叔父上には大変申し訳ないが、そのように宣言されてしまってはどうしようもない」
「クリス、どういうことだ? 私は何も聞いていないぞ」
「アキラ、話しても?」
僕は目を伏せ頷いた。
「アキラとカスミは、この国の国民ではない。いや、そもそもがこの世界の者ですらないのだよ。
先のベルモンドの宣言は、この国の臣民以外の出入りを禁じるというもの。
なればこそ、彼らは謁見の場に相応しくないということになってしまうな」
クリスさんは我が意を得たりと、大仰に両手を広げ語った。
「待て、クリス。ならば、彼らはどこからやってきたというのだ?」
「旦那様と妹御は、異界からやって来たのだ。前例も少ないがあるであろう」
答えを返したのは夜霧だった。お前、人の言葉を話せたのかよ!
「お前たち、そんなこと一言も……」
「ダイモンさんに話さなかったのは申し訳ないです。ですが、どういう扱いを受けるのか不明なもので、話すに話せなかったんです」
「一部の限られたものにのみ、明かしていたと聞いている」
ダイモンさんが訝しげな表情を浮かべる中、クリスさんがフォローしてくれる。
僕がこの事実を話した相手は、リエルザ様とクリスさんだけなのだからしょうがない。ティエリさんに話忘れていたことに、先程気が付いたくらいだ。
「出来るなら、この事実はなるべく伏せていただきたいと思います。さっきも言ったように、どう扱われるか分かりませんからね」
「ということだベルモンド。叔父上とその側近以外には内密に出来るだろうな?」
「直ぐに報告をあげに行く。可能な限り内密にすると約束しよう」
そう言葉を発するや否やベルモンドさんは急いで部屋を出て行った。
「ご兄妹は、アキラさんは私たちの生命線なのですから、そんな大切なことを秘密にされては困ります」
「いや~、ティエリさんにはてっきり話したかと錯覚していました」
「それにしても、ヨギリさんが私共の言葉を解されているとは驚きですね」
「そうだよ! 僕だって驚いたんだぞ」
「此奴らがおるのでな、精霊言語の方が良いと判断しておったのだ」
僕と霞は言語理解スキルで、精霊言語とやらは理解できてしまう。しかし、精霊の中には人の言葉を理解できないものも居るのだった。
「お前たち、夜霧以外で人の言葉を話すことは出来ないの?」
『聞き取ることは出来るが、妾には話すことは出来ぬの』
『俺には何を言ってるのか、理解すらできねえな』
『吾輩も人の言葉は分からぬ』
「オンディーヌは何とか理解できる程度か。まあ、僕や霞と話せれば十分かな」
僕と霞が通訳をすれば済む話なので、問題は特にないんだけどね。
しかし、夜霧には驚かされる。永く存在している風だし、色々と役に立ってくれることだろう。
「また待たされることになりますね」
「なに、もう慣れるかあるまいよ。官僚の体制、こいつらの秘密、仕方ないと考えを改めるしかない」
「短気なクリスティアナにしては珍しく達観しているね」
「お兄様は最近忙しくしてらしたのでね、私も考えることがあったのですよ」
「ん、あ、そうだったかな。すまぬが、お茶のお替りを貰えるかい?」
ティエリさんの苦し紛れの応答で、部屋に残っていたメイドさんたちが新しくお茶を淹れてくれた。
「ご兄妹はこれからどうするのですか?」
「どうってどういう意味ですか?」
「西の大陸の伝説、異界から現れし建国の英雄。彼のように活躍するおつもりなのかと?」
「クリスさんが以前話していたヤツですか。僕たちは別に望んでやって来た訳ではないので、出来るなら元居た世界に帰りたいです」
件の英雄は結局帰れなかったと夜霧に聞いているし、帰れるかどうかでいえばかなり怪しいところだろう。
「そうですか、残念ですね。アキラさんなら次世代の魔王になれると思うのですが」
「やめてください、冗談ではないですよ。僕は帰ることを念頭に置いて行動しますので、そんな責任の伴う立場になるつもりはありませんからね」
「アキラがそう言い張っても、我々はお前を魔王候補として擁立するがな」
「ちょっとクリスさん、僕の話は聞いていましたよね! 絶対にダメですからね!」
帰る方法やその手掛かりは何も分かっていない状態なのに、魔王候補などにされては堪らない。
「お兄ちゃん、私はどっちでもいいよ。帰れるなら帰りたいけど、無理ならみんなと一緒に居たい」
「霞、まだ何も分かっていないのだから諦めるのは早すぎる」
「うん、わかった。お兄ちゃんがその気なら、私も頑張って探すね」
駄目元でも良いから何か手掛かりになりそうなものを探すしかない。とりあえず目星が付いているは、元老院資料室だ。
「アキラが魔王候補とかよく分からないが、話が大きくなり過ぎてはいないか?」
「何を言っているです、ダイモン様。アキラさんのその実力だけなら間違いなく、冒険者ギルドのエースです。
私たちの輝かしい未来の為にも、是非魔王候補として頑張っていただかねばなりません」
「いや、だがなぁ、本人が嫌がっているだろう?」
「それならば、私たちでも異界に帰る方法を探した上で、諦めてもらうしか無いでしょう」
「探すというのであれば、しっかりと探してやるべきだ。私利私欲でこいつらの行く道を左右するべきではない!」
「私としたことが、私欲に塗れておりました。申し訳ございません」
やっぱり頼れるのはダイモンさんだ。アメリアさんはなんだろう? 最初の印象と全く違う、こんな人だったのか。
「賛否両論あるかとは思いますが、その辺にしておきましょう。
まずは謁見を成功させなければ、調べる物も調べられません。
何よりご兄妹の境遇は理解出来ました。魔王候補については保留とするのが一番でしょう」
そして、ティエリさんもやはり冷静に事を判断できる人物だった。感情が先行してしまうクリスさんやアメリアさんとは一味違うね。




