61.城へ-2
城だ。それも西洋の石造りのような城。
日本の城郭などは、学校の遠足やら修学旅行で観たり入ったりした経験がある。
しかし、西洋様式の城をこんな近場で観るのも、ましてこれからその内側に入るなど以ての外であった。
僕が立っている場所は堀の外側、跳ね橋は既に掛かってはいるが通行の許可が下りずに待機させられている。
最初、御者の助手の方が冒険者ギルド本部からの者と門番へ通達した。しかし一向に通行の許可が与えられないが為に、アメリアさんが降車して交渉にあたっている。
「どういうことですか、本日の謁見はそちらからの要請でしょう?」
「どうもこうもない、上の許可が下りんのだ。我々も職務上、何とも言えん」
馬車の小窓から聞こえる話声は先程からこんな感じで、交渉など梨の礫といった具合だ。
僕たちの馬車が待ちぼうけを食らっている後方には、続々と馬車がやってくる。
降りてくる面子から、ティエリさん家の馬車と冒険者ギルドの馬車だろう。当然だが、降車してきたのはティエリさんとクリスさんである。
「どうした? 何で立ち往生などしている。先に進まんと、時間に遅れるぞ」
「いえ、通行の許可が下りないと言い張るのです」
「ですから、我々としても困惑しているのです。先程、急遽変更が下り通すなと」
門番の兵士は、クリスさんの質問にアメリアさんを相手にしていた時とは異なる回答を提示した。
「これは困りましたね。私はルイン家当主ですが、通してはいただけないと?」
「大変申し訳ありませんが、何者であれ通すなとの命令であります」
冒険者ギルド本部の職員3名は、顔を見合わせた。揃って渋い顔をしている。
「なんだかよく分からないけど、しばらくは動き出しそうにないね」
「王様が会いたいって言ったんじゃないの?」
「そうなんだろうけど、どういう状況なのかさっぱりだよ」
精霊たちは特に何か思うことも無いみたいだけど、馬車の中で僕たちは困惑していた。
トントンと馬車の扉をノックする音が聞こえ、扉が開く。
「久しぶりだな、お前たち。それで屋根の上のあれはなんだ?」
「屋根の上? ああ、夜霧ですね」
「また何か呼び出したのだな」
「まあ、そうですね」
「それでどうなっているのだ、アレは?」
ダイモンさんは門番とその前に陣取る3名を指し示している。
「どうもこうも、さっぱり状況が読めません。分かっているのは、通してくれないということだけです」
「一体どうなっている? 昨日まで当主殿は、許可や何やらで城に通っていたはずなのだがな」
「ダイモンお兄ちゃん、とりあえず座ったら?」
「ん、ああ、そうさせてもらう」
霞の勧めでダイモンさんはアメリアさんの座っていた席へと落ち着いた。
「アキラ、また何かやったとかないよな?」
「なんで僕が何かやった前提何ですか」
何かやったかと問われれば、やったとしか答えられないのだけども。
もしそうだとすれば、夜霧を警戒している? そんな馬鹿な。
「お兄ちゃんね、昨日黒くてとても大きな龍を呼び出したんだよ」
隠し通せるとは思ってなかったけど、まさか霞からリークされるとは!
「は? 龍だと、そんなものどこに……。まさか!」
ダイモンさんは何かに思い当たったかのように、頭上を仰いだ。
「全く、お前はいつもいつも」
いつもいつもって、僕は騒動なんて一度も起こしたことはないよ。
「でも、それならそれと理由を説明するでしょうし、別件ではないですかね」
龍が夜霧が怖いなら、予定を中止すれば良いのではないだろうか? ここで足止めを食らっている理由としては薄い気がする。
その後もしばらくの間、門番との話し合いは平行線のまま、時間だけが過ぎ去っていった。
事態が動いたのは、城から偉い人が出てきてからだった。聞くところによると、宰相だということだ。えーと、日本では大臣にあたるのかな。
「可及的速やかにお客様をご案内するように、との命令が下りました。これまでの無礼を謝罪いたします」
門番の兵士は手のひらを返したような慇懃な態度をとっているが、職務上仕方がないとしてクリスさんらは馬車へと戻る。
ダイモンさんが僕たちの馬車に乗ったままで少し窮屈なのだが、アメリアさんがニコニコとこれでもかと笑顔を振りまいているので我慢するしかない。
とても文句を言えるような雰囲気ではないのだ、笑顔が恐ろしいとはこういうことなのだろう。
跳ね橋を渡り、城壁の内側へと入ると、僕たちは馬車を降りた。ここでラルフさんたちとはお別れである。
他の馬車も次々に到着し、全員が合流を果たした。
「どこかの馬鹿が勝手に我々を引き止めていたそうだぞ」
「まったく度し難い連中ですね、官僚というのは」
「真面目で誠実な方もいらっしゃるのだ、大きな声で言うものではないよ」
冒険者ギルド本部の3名は、それぞれが文句を垂れならも窘めていた。窘めるのは大概、ティエリさんなのだが。
軽装の騎士といった感じの男性が案内を務めてくれるらしい。特に言葉を発することなく、手で示し先導していく。
「親衛騎士団団長が案内してくれるとは、また豪勢だな」
「なに、澄まし顔をしているんだ? ベルモンド団長」
どうやら、ティエリさんのお知り合いのよう。
「こちらの手違いで非礼があったのだ、当然のことだろう」
苦々しい表情を隠そうとしないベルモンド団長。
「だからといって、君が出てくることではないだろう? 騎士か副団長にやらせるべき仕事だ」
「うるさいぞ。お前たちはオマケに過ぎんのだ、黙って付いて来い」
クリスさんともお知り合いみたいだ。
そして僕たちが案内されたのは、とても広い部屋。応接室ではあるようだ。
「また待たされるのか?」
「申し訳ないがここで待機してもらいたい。軽食の準備をさせよう」
「やったー、お腹空いてたんだよね」
ダイモンさんのさり気ない嫌味に申し訳なさそうに返答したベルモンドさんは、霞の言葉に肩をすくめる。その後、メイドさんたちが色々持ってきたのと入れ替わるように、ベルモンドさんは部屋を後にした。
『旦那様、これ旨いぞ』
「もう少し綺麗に食べろよ、散らかし過ぎだ」
霞と並んでサンドイッチを食べている夜霧。肉体を維持するために何か食べるのは仕方ないとしても、食べ方が汚いの駄目だ。
「カスミはよくもまあ、あんなに食べられるものだな」
「それには僕も同意しますよ、あの人たちも大概ですけどね」
僕とダイモンさんは、お茶を啜るので精一杯。しかし霞と夜霧だけでなく、肝の太い冒険者ギルド本部の3名もまたサンドイッチを食している。
「どれくらい待たされるのであろうか?」
「軽食が用意されていることを勘案すると、もうしばらく掛かるのではないでしょうか」
「ところで、先程小耳に挟んだのですが、アキラさんが昨日何かをやらかしたとか?」
ティエリさんは、さすがに耳が早い。昨日まで城に出入りしてだけのことはある。
「いや~あれは凄かった」
「ええ、とんでもないですね」
「流石はお兄ちゃんだよね」
避難させていたはずの3名は、全てを見ていたかのような言葉を紡ぐ。
「当主殿はどのような噂を聞いたのだ?」
「なんでも超巨大な黒いドラゴンが冒険者ギルドに降り立ったとか」
夜霧が一度だけギロッとティエリさんを睨んだが、再びサンドイッチに戻った。
「ドラゴンではありませんよ、とても大事なことなので訂正を求めます」
夜霧はドラゴンと同一視されるのをとても嫌うのだ。似たような姿の癖に。
「では、何だと?」
「古き龍は実体を持つ精霊なのですよ。そして彼女はドラゴンと一緒にされることを殊の外嫌う。暴れだしたら止められませんからね」
僕はサンドイッチに夢中な夜霧を差し示し、答えを明かした。
「これは申し訳ない。無知ゆえに大変失礼なことを申してしまった、許して欲しい」
『ふん! 儂の了見はそう狭くはないわ』
「許してくれるそうですよ。しかし困りましたね、どこで聞いた噂でしょう。このままでは魔王都が危ない」
「私はちょっとお手洗いへ」
ティエリさんは慌てて出て行ってしまった。少し脅しが過ぎただろうか、でも夜霧がキレないとも言い切れないので仕方ないよね。
「お兄様は真面目だから大変だな……」
「マスターだって気を付けないと、ヨギリさんの噂はきちんと制御してくださいね」
「それもこれも全部アキラが悪いのだ!」
「僕は悪くないでしょう?」
「ううん、お兄ちゃんが悪い」
「アキラらしいと云えば、アキラらしい話だな」
みんなして僕を悪く言わないでよ。




