60.城へ-1
冒険者ギルドから宿へと戻り、早めに食事をすることにした。
食事が配膳されてしばらく経つのだが、霞は一言も口を利こうとしない。
なんだか空気がピリピリと張りつめているように感じる。
霞は黙しオンディーヌと夜霧を睨んでいる。霞はオンディーヌとはそれなりに仲良くやっていたはずなのだが、一体どうしたのだろう?
オンディーヌは冒険者ギルドからずっと夜霧を凝視しているし、夜霧は何をかは不明だが勝ち誇った態度とっている。
「お兄ちゃんは私を置いて、どこかへ行ったりしないよね?」
「置いて行くわけないし、大体どこに行くってんだよ」
「それなら良いの。食べよ」
全く何がどうなってるのか、さっぱり分からない。
それでもオンディーヌと夜霧の不仲は問題なので、何とかしたいところだ。
食堂のメニューは僕たちの為に若干量を増やしてくれている。宿側とティエリさんが交渉でもしてくれたのだろうと思う。
「明日はアメリアさんが迎えに来るから、早めに起きて準備をするんだよ」
「お兄ちゃんこそ、ちゃんと起きないと駄目だからね」
「部屋が同じなんだから、どちらかが起こせば済む話だろ」
「お兄ちゃんが遅かったら、私が起こしてあげるね。それじゃお風呂行ってくる」
食堂では一時機嫌が悪かったけど、もう大丈夫なようだ。
霞が機嫌を悪くするようなことは、なかったとおもうのだけどな。
霞が風呂から出たら、僕も一風呂浴びて寝るとしよう。
翌朝、僕はオンディーヌに起こされた。普段から日の出と共に起こすようにお願いしてあるのだ。
しかしまだ時間的には結構早いはずので、霞は起こさないでいてあげよう。本当に遠くに見える峰の淵に太陽が覗いている段階なので、時間的に早いなんてものでは無い。
顔を洗い着替えを済ませてから、霞の肩を揺らし起こす。
「霞、起きなさい」
「……お兄ちゃむ」
ぐらぐらと頭が揺れるほど揺らしているのに、一向に目覚めてくれない。
「早く起きないと置いてご飯行くよ」
「……置いて行かないで……ごはん。……んん、お兄ちゃん」
昨晩、質問された内容に反応したのか、それともご飯に反応したのか、どちらだろう?
「僕はもう準備が済んでいるからね。早く顔を洗って、着替えておいで」
「準備してくるから、置いて行かないでね」
「わかったよ、ご飯は一緒に行くよ」
霞はタタタと走り出し、洗面所へと向かった。
パンと野菜たっぷりのスープ、それにオレンジのような果物のついた朝食を摂る。
オレンジの色が真っ青でなければ嬉しかったのに、オレンジなのにオレンジ色ではない。この果物はブルーと呼ぶべきだろうか?
僕が青いオレンジと睨めっこしている対面には、平然と青いオレンジを食べている霞がいる。
「面白いね。海みたいに青いよ、このみかん」
皮も実もしっかりとしているからバレンシアオレンジっぽいのだけど、味は蜜柑なのね。海というより、かき氷のブルーハワイのような色だよ。自然の色とはとても思えない。
この世界の食べ物でどうしても慣れないのは、この色なんだよね。日本にあったものと同じような形をしていても、斬新な色遣いをしていることが多々ある。
果物を手にそれでもまだ食べようかどうしようか考えていると、店員がお茶を淹れてくれる。
「ダイモンお兄ちゃん帰って来たのかな?」
「この時間にご飯を食べてない時点で、帰ってきてないと思うな。ティエリさんの所から直接向かうんじゃないか」
忙しいのは良いことなのだろうけど、それでも限度というものがあるだろうに。
「あー、居た居た。おはようございます、お二人とも」
お茶を飲みながらまったりとしていたら、アメリアさんがやって来た。
「おはようございます、随分と早いですね」
「私もここで朝食をいただこうと思いましてね。目覚めてすぐに来たのですよ」
それにしては馬車が着いたような感じが一切しなかったな。新規のお客さんが来ると店員の動きが慌ただしくなるので、食堂に居てもわかるのだけど。
「お姉ちゃん、ダイモンお兄ちゃんは帰ってないみたいだよ」
「あら、それは残念ですね」
アメリアさんは本当に残念そうに肩をすくめた。
「ティエリさんの屋敷にでも泊っているのでしょうね。働き過ぎなので心配ですが」
「それではきちんと注意しないといけませんね」
胸の前で拳を固めるアメリアさんは大丈夫そうだった。
僕たちと同じ食事がアメリアさんの元に配膳されたが、アメリアさんが果物に反応することは無かった。この世界では至って普通のことなのだろうな、違和感を覚えるのは僕くらいだろうか? 霞はなんだかんだ言っても平気そうに食べるし。
「手配した馬車が到着するまで、ゆっくりしましょう」
「馬車で来たのではないのですか?」
「いいえ、私は近所ですからね。歩いて来たのですよ」
どこかの貴族のご令嬢とか言ってたけど、この辺に貴族の屋敷何て見当たらないぞ。もっと中央の方へ移動しないと、大きな屋敷は一軒もない。
しかし、訊くに訊けない。没落した貴族だったりとかだったら面倒過ぎる。
「私、このブルモが好きなんですよ」
アメリアさんが手にしているのは、例の青いオレンジだ。ブルモという名の果物なのか、覚えていられるかは疑問だが。
「あ~、こちらでしたか。本日はよろしくお願いします」
やって来たのはラルフさん。彼が来たということは、馬車の準備が整ったということだろうね。
「おはようございます。もう少し待ってください、お茶を飲んでしまいますから」
アメリアさんはマイペースだな、霞といい勝負が出来そうなくらい。
「御者はラルフさんなのですね」
「今日は城へ向かうということで、助手が付いてますけどね」
先日よりも服装がしっかりとしているように見える、気合が入っているのかな。
「今日はどうしましょうか? 精霊さん達も入れると定員を超えますが」
「そういえば、そうですね。ちょっと待ってください、相談します」
「馬車が定員オーバーとなる。前と同じようにすれば、なんとかなるか?」
『仕方ないの、妾は妹御の世話をしよう』
『俺は主をカバーしよう』
『吾輩はまた中央に?』
「ガイアはハニカム構造で軽量化したよね?」
『1/3程にはなったと思われる』
「それなら普通に座れるな、一応座席の真ん中が良いかな」
『儂は?』
「夜霧は悪いけど、尻尾とか色々と邪魔だからさ。屋根の上に居てほしいな」
『儂だけ外なのか? 酷いではないか』
「我慢してくれないか? 嫌なら帰ってもらうしか手が無いんだ」
『ぐ、帰らせられるよりはマシだの。屋根で我慢する』
「夜霧、重量は平気だよな? 天井抜けたりしないよな?」
『質量も相対的に小さくなっておる、問題ないの』
これで一安心だ。屋根の上に実体のある夜霧を乗せるのは、心苦しいのだが致し方ない。
霞とオンディーヌが仲良く小声で話をしている、昨晩の光景からすると不思議に思えた。
「大丈夫です、相談終わりました」
「では、出発しましょう」
相談通りに馬車へと乗り込む、夜霧は身のこなしが軽く屋根に飛び乗る。
馬車は、城へと向かう。




