59.古い龍-2
僕たちと同じように異世界からこの世界へ来たしまった人物は、元の世界へ帰ることが出来なかったのだと龍に教えられた。
霞は今、僕の元を離れ避難しているのでこの事実を知らない。まだ知らせない方が良いのだろうか? それとも知らせるべきなのだろうか?
どうするのが最適なのか、判断できそうにない。
『しかし、お主は肝が据わっておるな。儂を目の前にしても動じておらん』
「目の前にいるのが魔獣ならそうかもしれませんが、あなたは精霊ですからね」
『精霊であろうがなかろうが、人の形をしたものは普通驚くと思うがの』
少なくとも僕は精霊と知って声を掛けたのだし、巨体には少し驚きはしたがそれだけだ。
「そう、かもしれませんね。でも、あなたは美しい。その闇のような漆黒の姿は素晴らしいですよ」
『儂を美しいと謂うたか、この姿を美しいと表現したのはお主が初めてだの。
望みは何だ聞いてやろうぞ』
「望みですか? 僕はただ精霊たちに聞いて興味を持っただけですよ、古い龍は実体を持つ精霊だという話にね。だから、こうして会い話をすることが出来て満足ですね」
予想外に重要な話も聞けた訳だしね。
『欲がないのう。儂も其奴らと同じように力を貸してやろうぞ』
「彼らには僕が名を付けていますが、あなたには名があるのではありませんか?」
『儂に名などある訳が無かろう。そうか、名を付けて格を強制的に引き上げたのだな? 面白いことを考えるものだ、異界の人間は』
「どういうことです?」
『なに、知らずにやっておったのか。
お主のような特殊な力を持つ者が名を与えれば、その名によって力が与えられるのだ。其奴らも以前は小者であったはずだなのだ』
「そうなのか……。ガイア、何か覚えてるかい?」
『吾輩は、地の奥で仲間たちと共に過ごしていたのを覚えている。だが、主殿に呼ばれ名を貰うと自分というものが分かるようになった』
ん? どういう意味だ。自我が芽生えたとでもいうのか?
「オンディーヌやジルヴェストは?」
『妾も主様に名を貰ってから、妾になった気がするの』
『俺もそうかもしれんな』
『名とは呪いの一種なのだ、その在り様を縛る。だが、恩恵として格を力を引き上げるのよ』
「僕は何も知らずに、お前たちを縛っていたのか」
『主様、何も問題などありませぬ。妾は主様と共にあり満足ですじゃ』
『吾輩も同じである』
『俺だってそうだ』
こうやって答えるように縛り付けているかもしれないのに、でも嬉しい言葉だ。
『どうだろう、儂にも名を与えてくれぬか? 儂を美しいと言ったお主に名を貰いたい』
呪いという事実を知ったばかりの僕に、それを言うかねえ?
龍はその大きな首を伸ばして、僕の顔を覗き込んでいる。
「後悔しても知らないぞ」
『儂を従えられる機会だというのに、正直ものよの。可愛い名を頼むぞ』
ちょっと待て、今妙なことを口走らなかったか。
「なあ、実体があるってことは性別もあったりするのか?」
『うむ、儂は女子じゃよ』
この図体の女の子か、美しいって言っちゃったぞ。もしかして、口説き落としたことになってる?
「可愛いねぇ、なんでも良いのか?」
『お任せする』
僕の覚えている伝承にあるような名前は可愛くなんてない。本人が、いや本龍が望むのは可愛い名だから……。
この際、人間の名前でも良いかもしれない。
闇や漆黒を連想される名が良さ気だな。名は体を表すというし、よし決めた。
「お前の名は、夜霧」
その巨体を隠すなら、夜の霧にでも紛れ込まさないと無理だろうからね。
『ヨギリ? 可愛くない、やり直すのだ』
やり直し? 任せるって言っただろ。
「日本語で、僕の世界の言葉で名付けたんだからね。特別だよ」
『特別! わかった、ヨギリだな。儂はヨギリを名乗ろう』
特別という言葉に弱かったのか、納得してくれることになった。
『主! 何か拙いぞ』
『妾にも感じる、急速に魔力が増大しておるのじゃ』
『安心せい、儂だ。旦那様に名を頂いたからの、力が増しただけのことよ』
「いや、待て、旦那様ってなんだよ」
『この姿が美しいと口説かれたからのう、儂は妻になるのだ』
『何を言うておるのじゃ、主様には妾が……』
「待った、僕はまだ子供だからね。そういうのはまだ早いから」
『ならば、大人になるまで待つかのう』
『そのようにデカい図体では傍に仕えられんのじゃ』
『そうじゃの。では、こうするかの』
夜霧の巨体を覆うように魔法か何かが展開される、徐々に縮小される夜霧の肉体。
縮小が収まったかと思えば、夜霧の体は霞と変わらない大きさになっていた。
元が漆黒の龍とは思えないくらいに、肌は透き通るように白い。
長い黒髪の生えたかと思えば、側頭部からは角が天を衝くかのように伸びている。
背後を見れば長い尻尾も生えている。そして顔付きは人間に見えなくはないが、笑顔に不似合いな牙が剥き出しだ。
そんな夜霧の姿を見て、僕はただただ呆然とすることしか出来ないでいた。
『反則じゃ、なんじゃその魔法は!』
『人化の魔法だの、以前仲間がやっておったのを真似てみたわ』
「失敗だろ? 色々違うぞ」
『初めて試したからのう、慣れればまた違ってくるだろうよ』
そんなものなのだろうか? 僕は精霊召喚しか出来ないのでよく分からないな。
『俺はジルヴェストという名だ、よろしくな』
『吾輩はガイアという』
『うむ、よろしく頼むぞ。儂はヨギリ、可愛い名じゃろ』
オンディーヌを置き去りにして、自己紹介をしている2体。
『妾はオンディーヌじゃ』
オンディーヌも一応、自己紹介はするんだね。
『主殿、他のものはどうするべきだろうか』
「幼少組がまたゴネると大変だから、今日はやめておこう」
『その方が良いな』
『他にも精霊が居るのか?』
「ああ、今日は呼ばないよ。それよりも、ちょっと待ってろ。
霞! 出てきていいぞ」
入り口の陰からこっそりとこちらを伺っている霞を手招きして呼ぶ。
「お話し終わったの?」
「夜霧、こっちは僕の妹の霞。霞、新しく仲間に加わった夜霧だ」
「夜霧ちゃんて、さっきの大きな龍?」
『妹か、挨拶をせんとな。儂は旦那様の妻となった夜霧、不束者だがよろしく頼む』
「え! お兄ちゃんのお嫁さんになったの?」
『勝手に言うておるだけじゃ、気にするでないぞ妹御よ』
ややこしくなりそうなので、僕は何も言わないことにした。
霞がこちらへと出て来ると、クリスさんやアメリアさんも少し遅れてやってきた。
「いやはや、まさか、あれを手懐けたのか?」
「お兄様の方は規格外も甚だしいですね。妹さんはこんなに可愛いのに」
心外だ! 霞が可愛いのは認めるところだが、僕が規格外の化物扱いとは聞き捨てならない。
精霊たちは揃って僕や霞以外には興味を示そうとしない。こんなところは夜霧も一緒だった、どちらにしても言葉が通じないんだけど。
「まあいいか、これで満足したのだろ? 大変だったのだぞ、城から問い合わせやら何やらと」
「あんな大きなものが首都上空を旋回したのですからね、城も兵士も慌ただしく動いてましたし」
「ご迷惑をお掛けしたようで、申し訳ないです」
そりゃそうか、夜霧の体は本当に大きかった。冒険者ギルド本部の建物と大差ないのではないだろうか。その夜霧も今では霞サイズな訳だけどね。
「明日の謁見で愚痴をこぼされるのは、我慢するしかないだろうがな」
「成果があったのですから十分ですよ。城が慌てふためくほどの大物さえも従えるのですよ? 冒険者ギルドの評判も鰻登りですね」
「それについては否定は出来んな、妙な噂も消し飛ぶことだろう。
これで、うちの専門職員もやっと安心できるというものだ」
「噂の出元が分かっているのに、随分と手間取りましたね?」
「まあ、な。大きな声では言えんが、彼女にはしばらく余所に行ってもらうことにしたのでな」
「近隣の町に出向ということです。アキラさんが気にすることではないですよ」
「そうなんですか、それは大変そうですね」
自業自得だろ。
「よし、では今日はここで解散とするか。明日は朝一でアメリアを宿に向かわせるからな」
「私が責任を持って、お三方をお連れしますね」
「ダイモンさん、最近宿に帰ってませんよ?」
「さすがに今日くらいは帰すだろう」
「どちらにしろ、迎えに行きますからね。ちゃんと支度を済ませておいてくださいよ」
「はい、わかりました」
「では、解散!」
「おーい、お前たち帰るぞ」
一体というか、一人というか微妙なのが増えたけど気にしない。
明日は待ちに待った謁見だ、今日は精神的に疲れたのでゆっくりと休み、明日に備えることにしよう。




