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58.古い龍-1

 今僕は中央区の公園ではなく、冒険者ギルドの訓練場にいる。

 一応何があるか分からないので、公園を利用する旨を冒険者ギルドに知らせておくべきかと考えた。そしてアメリアさんの元を訪ねると、訓練場でやるようにと厳命されてしまったのだ。

 かなり前の話だが、時の精霊を呼び出そうとした時は断られるだけで済んでいる。今回もそれ程危険ではないと思うのだけど。


「アキラ、明日には謁見を控えているのだぞ、少しは大人しく出来んのか?」

「僕は至って大人しい性格ですよ? ただ気になってどうしようもないので試すだけです」

「クリスお姉ちゃんだって、気になるから見に来たんでしょ?」

「そ、それはだな。私は責任者としての立場がある故、仕方なくだ」

「まあ、そういうことにしておきましょうね」

 今日は何故だか知らないが、アメリアさんまで同行している。

 先日、僕たちが綺麗に整備し直した訓練場には人影が全くない。僕が利用するということで、他の利用者をシャットアウトしてしまったからだ。

 街中のレストランにまで広まっている精霊使いという噂話がある以上、今更こんなことをしても意味はないと思うんだけどね。


「それで何をするつもりなのだ?」

「何でも、新たな精霊を召喚するとか」

「それは明日に持ち越せんのか? 謁見の後にでも披露すれば良いではないか」

「以前に一度ですが、召喚に失敗したことがあるんですよ。流石に魔王様の目の前で失敗する訳にもいかないでしょう?」

「それはそうだが、補佐も留守にしている今、問題が起こるのも拙いのだ」

「マスターは心配し過ぎです。謁見の前だからこそ、私たちが彼らの実力を把握しておかなければならないのですよ」

 アメリアさんがそれとなくクリスさんを諭しているけど、立場が逆なのではないだろうか?

「こいつらの実力ならここを整備している時に十分把握している。今更だ」

「そう仰らないでください、私は見ていないのですから」

 要するに、アメリアさん個人が僕たちの実力を見たい訳だね。

「何か釈然とせんが、まあ良いだろう。それでは、早く実行してくれ」


 僕は精霊たちを連れて、訓練場の真ん中へと移動する。霞やクリスさん、アメリアさんは入り口の方に固まって見学だ。

「なあ、古龍ってどんな姿をしているんだ?」

『吾輩が知っているのは噂に過ぎぬが、ドラゴンのようなものらしい』

『俺はドラゴンなら見たことはあるぞ』

「僕の生まれ育った世界には、ドラゴンなんて物語の産物でしかなかったからね。想像するのは難しいな」

『簡単じゃ、翼の生えたトカゲなのじゃ』

『そんなもんだな』

「まあいい、とりあえず試してみるとしよう」


 ドラゴンねえ、西洋の物語に出て来そうな4本脚を地に着いたドラゴンを想像してみる。

「古い龍、居たら返事をしてほしい」

 正直なところ、気にはなっても自信が無いので消極的。

 数分待ったが、反応は全く返ってこない。

「うーむ、少しイメージを変えてみよう。今度は日本の昔話に出て来そうな、空を飛ぶ細長い龍を想像してみるよ」

『ニホンというのは何じゃ? 妾にはわからんの』

「日本というのは、僕の故郷のことさ」


 目を瞑り集中してイメージを固めてみる。

「古龍よ、返事をしてくれ。僕は君に会ってみたい、話をしてみたい」

 興味本位でしかないけど、本音を吐露する。

 そしてまたしばらく待つことにしたのだが、何かが反応した。

『ほう、見たことの無い魔力の色だ』

 魔力に色なんかあるの? いや、それよりも反応があった。

「あなたは古い龍でいいのかな?」

『何者かは知らぬが、この魔力の糸の先に居るようだな』

 どうやら僕の声は届いていないようだ、ただ魔力の糸のようなものが相手の前に漂っているらしい。

 そもそも魔力の糸とは何なんだろう? さっぱり分からない。

『儂も興味がある。この美しい色彩の魔力の糸の先を辿って行ってやろう』

 僕の言葉は届いていないのに、相手の言葉は僕の頭の中に鮮明に届いている。そして相手の正体は不明のまま、魔力の糸を辿って来ると言い出した。

 魔力の糸とやらを僕が出している保証はないけど、声が聴こえる以上は出しているのかもしれない。一方通行の糸電話? 伝声管とでもいうのだろうか?

『今行くぞ! 待っていろ』

 気合の入った声が僕の頭の中に響く。


「マズいかもしれない。お前たち、一応警戒を頼む」

 相手の素性が分からない以上、警戒する必要がある。

『どうしたのじゃ主様』

「繋がったんだけど、僕の声は聞こえないみたい。だけど、恐らくここに来る」

『俺が周囲を警戒する、お前たちは主を護れ』

『吾輩が盾になる』

『妾もじゃ』

「霞! 二人を連れて避難しろ!」

 大声で霞に届くように避難を呼び掛けたが、霞は何を思ったのかこちらに走り寄って来た。残る二人もその後に続いている。

「どうしたの?」

「呼び掛けたけど、僕の声が届かないんだ。でも、相手は来る気まんま……」

 霞に事情を説明している最中に、僕たちの頭上を何か大きなものの影が通り過ぎた。

「説明は後だ、霞。二人を連れて早く避難しろ!」


『主、真上だ! 速すぎる補足できねえ』

 ジルヴェストの声に従い、頭上を仰ぐ。大きな真っ黒い何かがぐるぐると旋回している様が見て取れる。

「慎重に頼む、こちらからは手を出すなよ」

『何なのじゃ』

『主殿、吾輩の後ろに控えてくだされ』

 大きな影は次第にその姿を鮮明に現し始めた。吸い込まれそうなほどに黒い、闇のような色をした龍?

 僕が想像した日本の龍などではない。全く形が異なる、どちらかといえば最初に想像した西洋のドラゴンのような姿をしていた。


『フハハハ、見つけたぞ』

「来たか」

 ここまで来ればもう覚悟を決めるしかない。僕が呼び寄せてしまったのだから、責任を取らないと。

『主、あれは精霊の言葉だ』

「古龍が実体化した精霊という話は本当のようだね」

『降りてくるのじゃ』

『主殿、お下がりを』

 ゆっくりと龍は空から降りてくる。ここを目指して、降りてくる。

 僕は一瞬たりとも目を逸らすことなく龍を見つめ続けた。


 その巨体から想像できないほど静かに龍は訓練場に降り立った。

『お主だな、儂に語り掛けておったのは?』

「聞こえてないのかと思ったよ」

『その声は聞こえてなどおらん。だが、その魔力が教えてくれた』

「間違いなく呼んだのは僕だ。会ってみたかったんだ」

『お主、よく見れば人間なのだな。魔族かと思うたわ。

 それにしても珍しいものを連れておるのう、高位の精霊か?』

「高位かどうかは分かりませんが、精霊ですね。あなたも精霊なのでしょう? 彼らに伺いました」

『儂を精霊と知った上で呼んだのだな、面白い人間よの。

 お主の魔力の色はとても綺麗なのだが、理由は分かるかの?』

 魔力の色と問われても、よく分からない。だけど。

「僕はこの世界の生まれではないので、恐らくそれが原因でしょうか」

『ふむ、随分と久しいがまた異界の者が紛れ込んだか』

「その口ぶり、僕たち以外にもご存じなのですね」

『前回紛れ込んだのは、もう千年程前になるかのう』

「あー、他の大陸の英雄の話ですか」

『知っておったか。結局故郷には帰れなかった男の話だの』

「帰れない……のか」

 龍は知っている、僕たち同様に紛れ込んだ人間の話を。

 その人物は帰れなかったという事実が僕を悩ませる。

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