57.魔王都-冒険者ギルド本部-7
今、僕の目の前にはクリスさんが居る。
「えーとですね、駄目でした。追い返されてしまいました」
「そうか、わかった」
僕だって不本意ではあるんだよ。でも、追い返されてしまった以上どうにもならないよね。
沈黙が非常に長い。
「とりあえず、お前たちは職員と共に明後日の謁見の流れを確認しておけ」
「確認ですか、付け焼刃でも礼儀作法のようなものは?」
「お前たちは冒険者だろう。統率されたあらくれの集団でしかない冒険者にそんなもの求める方が間違っているのだ」
この世界ではそうなのかもしれないけど、僕たちは違うからね。気を利かせたつもりだったのに、酷い現実が突き付けられてしまう。
身も蓋もないとは、正にこのことだろう。
「職員はアメリアさんで良いのですかね」
「そうだ、その為のアメリアだ。あいつはああ見えて、貴族の令嬢だからな」
貴族の令嬢ね。確かにそんな風には見えない、かな。
「じゃあ、アメリアさんの所へ行きますね」
僕と霞、そして精霊たちは応接室を後してアメリアさんの居るカウンターを目指す。
「あら、どうしたのです?」
「クリスさんに、アメリアさんと謁見の流れを確認しておけと」
「そうなんですか。では早速、説明しましょうか」
その後、延々と、そして滾々と話すアメリアさんをただ眺めていたのを覚えている。話の内容は触り程度には理解できただろうか。
「それでは、謁見の流れについての説明は終わりです。
礼儀作法については問題ないでしょう。現魔王様はそのような些末なことに気を煩わされるようなお方ではありませんからね」
クリスさんの言い訳とは少し違う気がする。否、全く違う。
「付け焼刃でも礼儀作法は必要かな、なんて思ったのですが」
「魔王様は豪胆な方ですから、逆に鬱陶しく感じてしまうかもしれませんよ」
「そうなのですか。出来れば、魔王様の性格の方を教えていただきたいと思います」
こうなると重要なのは性格の方だ。妙なことを口走って気分を害されても困る。
「魔王様は豪胆ではありますが、決して傲慢ではありません。どちらかと言えば、理知的な方ですね」
イメージするのがとても難しい。理知的で豪胆とは?
駄目だ、本人を前にしないと恐らく理解できないだろう。
「私も当日は担当として、お三方に同行しますので安心してください」
「そうなんですね、少し安心しました」
ほんの少しではあるけど、安心できる材料ではある。
「それでなんですけど、ダイモン様はどうしているのですか?」
ん、ダイモン様? 何でダイモンさんだけ『様』付けなの?
気のせいだろう、僕たちにもアメリアさんは丁寧に対応してくれている。
「ダイモンさんはティエリさんと一緒に、何かやってますね」
大まかに何をやろうとしているかは想像がつくけど、詳しく何をやっているかは知らない。
「そうですか、最近ダイモン様の姿が見えないので心配していたのですよ」
担当者として、心配してくれているのだろう。か?
アメリアさんの言葉には、何か違うものが含まれている感じがした。
「お姉ちゃん、ダイモンさんのことが好きなの?」
「え、あ、その、あの……。はい」
霞のダイレクトな質問に、アメリアさんは耳まで真っ赤にして回答する。
「ダイモンお兄ちゃんのそういう話は聞いたことが無いから、頑張ればイケるよ」
霞の根拠のない応援を肯定して良いのか、非常に迷う。
ダイモンさんは忙しさで死んでしまうかもしれない。魔王様との謁見、エルフへの使者に、ダイモン商会、それと今発覚したアメリアさんのことと大変過ぎる。
「ダイモンさんは、今とても忙しいですからね。気遣ってあげてください」
無難な言い方だが、このくらいで丁度良いだろうか。
「ありがとうございます。お二人に応援してもらえるのは、とても嬉しいです」
アメリアさんは何か勘違いをしている、僕が気遣っているのはダイモンさんの方なのだから。
その後、僕たちは宿へ帰る為に冒険者ギルド本部を出る。
建物を出るとラルフさんがまだ馬車と共に待機していた。
「お帰りですかい? 若旦那」
だから、若旦那はやめてってば。
「はい、宿に帰るところです」
「私もそろそろ引き上げるところなので、良かったら乗って行きますか?」
宿までは結構距離があるのだが、馬車に乗るほどではない。
「えっと、あの」
「料金は結構ですよ。回送ですかね」
「そういう訳にもいかないでしょう」
「いえ、よくやることなんですよ。懇意にするお客さんにはね」
僕たちは半ば無理矢理に馬車の中に押し込まれてしまった。
「宿はあの有名なところだそうですな。では出発しますよ」
ラルフさんは何も話してないのに、勝手に出発してしまった。誰だ、宿のことを教えたのは?
「オンディーヌちゃんお願いね」
『全く仕方ないの』
霞は馬車対策のオンディーヌクッションを利用する。オンディーヌももう慣れたものだった。
『主殿、吾輩の体を軽くする方法を考えてはくれまいか?』
ガイアの体は土を材料にして顕現している為、見た目よりも重い。否、圧縮されているのでかなり重い。
「ハニカム構造って分かるかな? こういう形の集合体なんだけど」
要は中身をスカスカにしても強度を保てば良いはず。しかし、その重さもまたガイアの強みだとは思うのだけど。
『吾輩の体をこういう形で埋め尽くせば良いのだな』
「ガイア、やるなら馬車を降りてからにしようね」
『わかりもうした』
『ガイアのおっさんも大変なんだな』
ジルヴェストの言葉もまたおっさん臭いが黙っておこう。
「なあ、オンディーヌ。前に言ってた半実体化とか、詳しく教えてくれないか?」
『見たまんまじゃぞ、主様よ。
妾やその土は半実体化じゃの、対して風のは実体化すらしておらん。
結局は触れられる物があるか、どうかじゃ』
「ふーん、でもジルヴェストの風にも触れられるじゃないか?」
『俺は風だ。感じることは出来ても、実際に持つことは出来ないだろ』
『例えとしてじゃが、目の前に壁があるとするのじゃ。
その壁を風のは、すり抜けることが出来るの。しかし、妾や土はすり抜けることは出来ぬ。壊して進むか、隙間を通り抜けるかしか出来ぬのじゃ』
「だから見た目通り、物があるかどうかってことなのか」
『だから最初にそう言うたのじゃ』
「逆に完全に実体化する精霊というのは存在するのか?」
『俺は知らんな』
『吾輩は古い龍がそういうものだと聞いたことがある』
『妾も小耳に挟んだことはあるのじゃが、本当かどうかは知らぬのじゃ』
「古い龍ね、古龍といったところか」
『そのままじゃねえか』
「会ってみたいな、明日試しに街の広場で呼んでみるのはどうだろうか?」
「お兄ちゃん、また新しい精霊さん呼ぶの? 会ってみたい」
『主なら出来るのではないか?』
『妾は少し心配じゃの』
『吾輩は……』
「反対もないみたいだし、明日やってみるか」
とりあえずは明日、試してみることになった。古い龍とは、どのようなものなのだろう? 精霊たちのノリはいまいち悪いが、僕は興味津々だ。




