56.魔王都-中央区-4
屋敷の方へと連絡に走ってくれた兵士さんと一緒にやって来たのはダイモンさんだった。ティエリさんの屋敷は、リエルザ様の屋敷の2倍程の大きさで小さなお城と言っても過言ではない。
そんなお屋敷なので僕はてっきり、執事さん辺りがやってくるものだと思っていた。
「お前たち、一体どうしたんだ?」
「ティエリさんもダイモンさんも忙しそうなので、陣中見舞いにやってきました」
クリスさんに頼まれたということは内緒にしておく、ここまで来て追い返されては堪らない。
「当主殿の仰せでな、今日は中へ案内することは出来ないのだ」
当主殿?
「今はことを秘密裏に行い、結果が出次第報告をさせてもらうということなった」
僕たちにすら秘密にする必要があるの?
「そうですか、ここまでやって来たので残念ではありますが帰るとします」
本当に残念だ、余分に100シルバーも払ってしまったのだから。
隣をちらりと見ると、霞はとても残念そうにしている。食事にありつけなかったので無念で仕方がないのだろう。
「申し訳ないが、今日のところは我慢してくれ」
ダイモンさん自身も本当に申し訳なさそうにしているので、責め立てる訳にもいかない。
「ご当主というのは、ティエリさんのことですよね?」
先程の会話で疑問に感じたことを訊いてみる。
「ああ、そうだ。ルイン家といえば名門だぞ、魔王様の母君の家なのだからな。
オレも初めて聞かされて驚いたんだ」
どこかで聞いたことがあると思ったら、魔王様のセカンドネームだったわけか。
そこの現当主がティエリさんなんだ、その割にはあまり偉ぶらないティエリさんは素晴らしいのかもしれない。
「そうだったんですね。それでは僕たちは帰ります、ダイモンさん達は無理しないでくださいよ」
「なーに、今頑張って後で楽をするさ。気を付けて帰れよ」
ダイモンさんと門番に見送られる形で、僕たちは再び馬車に乗り込み冒険者ギルド本部へ戻ることにした。
「参ったな~、クリスさんになんて言おう」
「お兄ちゃん、お腹減った」
意気消沈している霞は空腹を訴えてくる。
「御者さん、この辺りでお勧めのお店知りませんか? お代は僕が持つので一緒に食事にしましょう」
「え、良いのかい、若旦那? それじゃあ、とびきりの店を紹介させてもらうよ」
若旦那って……。
御者さんはそう言うと、帰り道から少し逸れ飲食店が立ち並ぶ通りへと馬車を走らせる。
「この先にお勧めのお店があるんですよ」
御者さんは上機嫌になり、屋敷に向かう時と異なりよく喋るようになった。
「ここです、若旦那たちは降りてください。私は馬車を預けて来ますんで」
「それじゃ、先に店に入っていますよ」
精霊たちを馬車に残し、僕と霞はいかにも高級ですと言わんばかりの店に入って行く。
出迎えに出てきたのは、執事さんのような格好をした初老の男性店員。
「いらっしゃいませ、ご予約のお客様でしょうか?」
「いえ、予約ではないのです。駄目ですか?」
「失礼いたしました。では、お席の方へ案内させていただきます。2名様でよろしいですか?」
「後からもう1人来るので、3名でお願いします」
「どうぞ、こちらへ」
執事のような店員に促され、通りを望む窓際の席へと案内される。
とてもお洒落な感じのお店で、僕たちには不似合いな気がしないでもない。
御者さんは遅れてやってきたが、無事に席へと案内された。
「このお店のお勧めを3名分お願いします」
一応、何があっても問題ないようにお金は10ゴールド程持っている。足りないということは無いだろう。
執事のような店員は恭しく礼をした後、引き返していった。
「若旦那、ありがとうございます。私は一度この店で食事をしてみたかったのです」
「そんなに有名なお店なんですか? それと若旦那ってのはやめてください、アキラと呼んでくれれば助かります」
「そりゃいけませんよ、若旦那は若旦那です。冒険者ギルドの方でも丁重に対応するようにと言われているんですから」
クリスさんや職員の人たちは、僕たちをどんな風に思っているのだろう? 一度しっかりと訊いておく必要がありそうだ。
「この店はこの界隈では非常に有名な店なんです。店員の対応も他の店とは一味違うでしょう?」
確かに老舗として紹介された今の宿の店員よりも、客に対する態度は丁寧だった。
「そうですね。適当にお勧めを頼んでしまいましたが、何が有名なんですかね?」
よく分からないので、お勧めを頼んだ僕は悪くない。
「この店は珍しい魔獣の肉を使った料理で有名なんです。ここ最近で運んだお客の話では、あの森の魔獣を使っているとか」
「あの森って、南に広がっている森ですか?」
「そうです、あのとても深い森です」
「あはは、実は僕たちあの森を通って魔王都までやって来たんですよ」
「なんと、まあ、それは……。冒険者ギルドも若旦那を大事にするわけですねぇ」
人通りが少ないとはいえ、森に入る人が居るからこの店も繁盛しているのだろうし、どういうことだ? 御者さんの言葉になにか妙なものを感じた。
「しかし、あの森を通り抜ける猛者がこんな身近に居るなんて驚きですよ」
「森に入る人はそれなりに居るのでしょう?」
「そりゃ居ますが、ここの冒険者だって浅い場所くらいにしか入りませんよ」
ああ、そういうことか。真っ暗な道まで至ることは無いということだね。
「あの森の魔獣なら、大きな牛のような魔獣をお兄ちゃんが倒して食料にしたんだよ」
「それはヒュージブルじゃありませんか? それは超高級食材で、貴族ぐらいしか手の出ない肉ですよ」
霞は僕が倒したと言っているが、ジルヴェストが倒したんだよ。全ては精霊たちのお陰であって、僕の成果でもなんでもない。
「あのお肉は美味しかったんだよ」
「それはまた羨ましいことですな」
御者さんが聞き上手なので霞も遠慮なく話せている。そんな会話を続けていると、店員さんが食事を運んできた。
「昨日獲れたばかりのヒュージブルを用いたステーキでございます。それとこちらは、森で採れた茸をふんだんに使用したスープになります」
つい先程まで話していたヒュージブルのステーキと森で食べ飽きた茸のスープが出てきた。
「噂をすれば何とやらだね。このお肉、美味しいから好きなんだ」
「魔獣の肉をご存知なのですか?」
「爺さん、この若旦那はあの森を通り抜けてやってきだそうだ。ヒュージブルもやっつけて食べてたんだと」
「これは、違うものをお持ちするべきでした。すぐに別のものをお持ちしましょう」
店員は御者さんの言葉に嫌な顔一つせず、持って来た料理を取り換えようとし始める。
「いえ、気にしないでください。この魔獣のお肉は僕も好きなので、これで十分ですよ」
お肉関しては、だ。茸は毎日ダイモンさんが採っていたので、正直食べ飽きているけど。
「それでは最近噂になっている、精霊使いのご兄妹というのはお客様なのですか?」
「噂かどうかは知りませんが、そういうことになりますね」
こんなところまで変な噂が広まっているようだ。
「これはまた失礼をいたしました。私はこの店の支配人をしております、エリックと申します。以後、お見知りおきくださいませ」
支配人というのは偉い人ではないのだろうか? そんな人が自ら配膳をしているとは驚いた。
「ええ、機会があればまた寄らせてもらいますよ」
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします」
その言葉を最後にエリックさんは一礼して下がった。食事の邪魔をしないようにしたのだろう。
森で食べた時と味付けはだいぶ違う、香辛料が利いていてスパイシーだ。胡椒によく似た植物があるのかもしれない。
「若旦那、私も名乗らせてもらいます。名はラルフ、ご存知の通り御者を生業にしたいます」
「ご丁寧にありがとうございます。僕はアキラ、そこの妹はカスミです。
また仕事を頼むことがあるかもしれませんからね、よろしくお願いします」
「こちらこそですよ、将来有望な冒険者さんだ。知己を得ておいて悪いことはありませんよ」
また馬車を利用する機会もあるはずだから、こちらとしても知己を得ておくのは悪い話ではない。
食事を終え会計を済ませたが、料金は思ったほど高くはなかった。
エリックさんに挨拶をして店を後にする、馬車は再び冒険者ギルド本部へと走り出した。




