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51.魔王都-冒険者ギルド本部-4

 訓練場は学校のグラウンド程の広さがあり、そこそこの人数の冒険者が訓練をしていた。


「私は雷の魔法が得意なので、それでいきたいと思います。あそこの案山子を標的としますね」

 ティエリさんが指差す先には、木と藁で出来た人型の案山子が幾つか立っている。

 ティエリさんが魔力を盾へと注ぐと、盾が光り輝いた。

 まずい、あれではやりすぎだ! しかし、ティエリさんは既に行動に移っていたので止められない。


「雷鳴よ、我が意に従い降り注げ!」

 案山子のかなり上方に電気の塊のようなバチバチとした球体が現れ、そこから一直線に案山子へと降り注ぐ。

 僕は咄嗟に両手で耳を塞ぐ、隣の霞も真似をして耳を塞いだ。


 ――ドドドドドドーン

 雷が降り注いだ直後、標的の案山子と周囲の案山子は木っ端微塵に砕け散る。またその後には凄まじい轟音が鳴り響く。空気が揺れているのを肌で感じられる程の轟音だった。

 気付くのが遅れたダイモンさんと、魔法を行使したティエリさんも慌てて耳を塞いだが間に合ったかどうかは不明。

 周囲で訓練していた冒険者たちは、しゃがみ込んで耳を抑えている。中には地面に伏せている人までいる。


「ちょっと耳が聞こえ辛いですが、これは素晴らしいと言うより恐ろしい増幅効果です。さすがはデニスの作品ということでしょうか」

「耳が遠くなった、何言っているかよくわからん」

 2人は手遅れだったようだ。

 僕は攻撃魔法というものが使えないので感覚でしかないのだが、ティエリさんは魔力を込め過ぎたのだということは理解できた。

「あんなに光るまで溜めたら大変だよ、ちょこっと光るくらいでも十分なんだから」

「霞、今言っても2人には聞こえないよ。耳を塞ぐのが間に合わなかったみたいだ」

「お兄ちゃんの真似して良かった」


「何事だ! 何があった、今の音はなんだ?」

 執務をしていたはずのクリスさんが訓練場に怒鳴り込んで来た。その後ろには数人の職員と冒険者たちが付いて来ていた。

「申し訳ない、私の魔法です。あの高名な魔道具技師デニスの作品を試してみたところ、このようになってしまいました」

 ティエリさんの全神経を集中して音を拾おうとしている姿は哀れだ。

「デニスなどもう随分前に魔王都を去ったではないか、その作品を何故ティエリが持っている?」

「アキラさんにお借りしたのです」

「デニス爺が僕たち兄妹の為に作り出したのがこれです。爺さんには魔王都で宣伝して来いと頼まれていますし、調度良い機会だったのでお貸ししました」

 妙な噂をかき消すには十分すぎる効果を発揮したのではないだろうか、クリスさんの後ろに控えている職員や冒険者がデニス爺の話をしているのが聞こえる。


「その話は本当なのか? 私にも貸してくれ、是非試してみたい」

「構いませんが、あまり魔力は込めないでください。先程のティエリさんのようになってしまいますから」

 一応、忠告をしておくことにした。盾はティエリさんからクリスさんの手に渡り、霞がクリスさんの腕に盾の腕輪部分を嵌める。

「あのデニスの作品か、これは楽しみだ。それにしても酷い有様だ、あの一帯焼け爛れて大きく陥没しているではないか」

 ティエリさんの魔法の影響で案山子が立っていたとは思えない程に何もない、ただ大穴が開いているだけだ。

「的になる物が無いな。おい誰か、案山子を一体刺してこい」

 職員の一人が慌てて案山子を取りに行き、クリスさんの指定する位置に突き立てた。

 ティエリさんの一件を見ていた冒険者たちは、一斉に避難し始める。僕たちも危険なので後方へと移動して見守ることにした。


「それでは始めるとしよう」

 その言葉を合図に、この場に居合わせた全ての者が息を飲む。

 クリスさんは盾に魔力を注ぐ、忠告をしたにも関わらず盾は眩しいくらいに光り輝いてしまっている。マズいなんてものじゃない。


「炎よ、わが願いをもって姿を示せ!」

 凄まじい熱量の炎、青い炎が立ち昇ると蛇というか、東洋の龍に似た形に変り蜷局を巻き鎌首をもたげている。

「炎よ、我が意に従い、焼き尽くせ!」

 青い炎の龍が目標の案山子に襲い掛かると一瞬で燃やし尽くす。その後、龍は天に昇るようにその姿を消した。


 詠唱が2段階あった、初めて見るタイプの魔法だ。霞の精霊魔法に似ているけど、会話をしているという感じではない。

 魔力の込め過ぎで一時はどうなるのかと心配したが、詠唱による制御が2段階あるとは意外だった。

 見物していた者たちは騒然としている。当然だ、あんなものを見せられたら誰でもそうなるだろう。

「凄かったね、龍になったよ」

「ああ、びっくりだね」

 僕の場合は精霊に丸投げなので一切参考にはならないのだけど、霞は思うところがあるのか真剣な目をしていた。


「これは素晴らしい作品だな。普段はどう頑張っても炎が青くなることなど無かったのだが、今回は一発で青くなったぞ。温度は相当高かったに違いない」

 クリスさんが僕達の元にやってきて盾を返却してくれた。

「応接室へ戻りましょう」

「私も同行するぞ、話は済んでいるのだろう?」

「では、ご一緒に」


 ティエリさんの提案でクリスさんも一緒に応接室まで戻って来た。

「デニスの作品には、惚れますね。しかし何故、盾の形をしているのですか?」

「僕たちが杖を必要としなかったので、それならば盾にしようとデニス爺が言い出して」

 ティエリさんの質問に簡潔に答える。

「お爺ちゃんが勝手に作ったんだけど、性能が良いから買うことにしたの。私とお兄ちゃんだけに特別だって」

 そんなこと言ってたっけ? 材料が希少で作れないとは言ってたけど。

「そのような経緯があったのですね、腕輪で固定できて両手が空くという点も素晴らしい発想です。

 それでですね、是非紹介していただきたいと思うのですがどうでしょう?」

「私もだ、是非に頼む」

 褒めちぎったかと思えば、商談だった。

「宣伝を頼まれていますので、それは構いませんけど」

 労することなくお客さんが見つかってしまった。この人たちはお金持ってそうだから大丈夫だろう。吹っ掛けられても払えることが前提だし。


「あの偏屈爺が有名だったとは、驚きだな」

「お爺ちゃんは面白いよ」

「そうは言ってもニールまで距離がありますし、僕たちは戻るつもりはありませんので、誰かに手紙でも託さないといけませんね」

 森を通るのは危険極まるので、迂回ルートを通るとなるとどれくらい掛かるのだろうか?

「それならば平気ですよ、適任者がそこに居られるではないですか? 周辺の街を迂回するルートでニール入りするのに丁度いい」

 ティエリさんの手はダイモンさんを指し示している。ああ、そういうこと。

「オレか! まあ、手紙くらいなら構わないが、あの爺に関わるのがな」

 ダイモンさんはデニス爺に良い印象を持ってはいないようだ。

「大丈夫だよ。お爺ちゃん、私たちがダイモンお兄ちゃんと一緒に旅に出たの見てるから」

 そうだった、デニス爺はちゃんと見送りに来ていたのだった。

「話が見えんな、ダイモンは本部を拠点に行動するのではないのか?」

「城から特殊な依頼が入る予定なのですよ、それにダイモンさんが従事することは確定なのです」

「ふむ、それならば頼めるな。早速手紙を認めんと」


「オレたち今日は仕事を探しに来たはずなんだがな」

「もうお昼ですし、諦めましょう」

「宿の帰り道でご飯食べて行こうよ」

 興奮が冷めない内に2人は手紙を認めると言い出しその場はお開きとなる。

 僕たちは不完全燃焼のまま宿に帰ることとなった。

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