49.魔王都-中央区商店街
今日明日はお休みということで、霞の望み通りに中央区を探索することになっている。
「お兄ちゃん、早く早く」
「わかったってば、今行くって」
さすがは首都というべきだろうか、ニールとは品揃えが違う。多種多様な物が店頭に溢れている。
「ほら、お兄ちゃん、あれ!」
霞は朝からずっとこんな調子で、あっちをうろうろ、こっちをうろうろと忙しい。僕は霞から目を離さないようにしているだけで、疲れて果ててしまった。
精霊たちにも一応、霞の動向を監視するように頼んではいる。しかし、居場所だけ分かれば良いという問題でもない。
勝手に何かを買っていたりもするので、その監視にはやはり僕でないと駄目なのだ。
「霞待って! 僕は時計を買いたいのだけど、探してもらえるかな?」
以前、森の中でダイモンさんが語った時計、魔王都にあるという話なので是非見つけたい。
スマホの電池はいつの間にか切れていて、もう使い物にならない。そして何より、この世界の時間の流れが地球と同じとも限らないので、この世界での時計を是非とも手に入れたい。
「時計だね、わかったー」
本当に分かったのか甚だ疑問ではあるけども、霞にも探してもらおう。
その後、あれやこれやと色々な店を見て廻ったのだけど、時計を目にすることは叶わなかった。
「時計屋さん見当たらないね」
「雑貨屋さんにも訊いたけど、扱ってないって断られたしね。でも存在自体は否定されなかったから、どこかにきっとあると思うんだ」
「じゃあ、お昼ご飯を食べたらまた探そうよ」
「駄目元で探すとして、他に何か面白いものが無いか見てみよう」
「お兄ちゃんらしくないけど、うん、わかった」
僕らしくないとはどういうことなのだろう?
肉の焼ける香ばしい匂いに誘われるように、近くの露天で昼食をとった。
お肉を食べている時の霞はとても幸せそうにしている。
日本で過ごしていた時は、四六時中兄妹で一緒ということは極めて稀だったと思う。よく分からない世界で生きていくには、兄妹で寄り添うというのが一つの答えなのかもしれない。
「手がべとべとになっちゃった、オンディーヌちゃん洗って」
「僕も頼むよ、オンディーヌ」
『仕方のないの』
僕と霞は普段手を洗うように擦り合わせると、オンディーヌはそれぞれの手元に水玉を飛ばしてくれた。洗い終えた手を今度はジルヴェストが風で乾燥してくれる、本当に便利な精霊たち。日本のお店にあったトイレの自動手洗い乾燥機のようだ。
午前中とは違う通りを歩いていると、霞が何かを見つけたのか走って寄って行った。
「お兄ちゃん、これそうじゃない?」
店頭の陳列物は一見すると家具屋のようだが、何を見つけたのだろう?
「これって?」
「ほら、これ時計じゃないの?」
近寄ってみるとそこには大きな柱時計が所狭しと並んでいた。
言語理解スキルの効果で文字盤に数字が描かれているのは分かる。それは分かるのだが、僕の知っている時計とは全く異なる。
アナログの時計ではあるようだけど、文字盤には0を頂点にして9までの数字が順に描かれている。そもそも、この世界の1日は何時間なのだろうか?
1日20時間だったりするのだろうか? 僕の感覚としては日本に居た時とあまり違わない、1日で4時間もズレているとはとても感じられない。
「お客様、時計をお求めでしょうか?」
考え込んでいると、どこからか店員のお姉さんがやってきた。
「やっぱり時計だったね」
「はい、もっと小さなサイズのものは置いていますか?」
僕が欲しいのはこんなに大きな時計ではない、持ち運びに困らないサイズの時計が欲しいのだ。
「小さい、ですか?」
「そう、このくらいの」
霞は店員のお姉さんに分かるように、両手で輪を作り大きさを示す。
「当店で取り扱っている品は、この魔王都でも屈指の職人の手によるもの。
最も小さい物と申されますと、こちらの品物となります」
店員のお姉さんが手で指し示すのは、僕たちの目の前にある大きな柱時計。
この世界には、腕時計や懐中時計といった大きさの時計は存在しないようだ。
「無いのなら仕方ないですね。ちなみにこの時計のお値段はどのくらいですか?」
「お兄ちゃん、これ買うの?」
「さすがに大きすぎるから買わないけど、参考にしようと思ってね」
店員のお姉さんには聞こえているだろうけど、なるべく小さな声で話し合った。
「こちらの品ですと、当店の最新式でございますので200ゴールドとなります」
「そうですか、ありがとうございます。今日は見に来ただけなので、機会があればまた寄らせてもらいます」
恐らく冷やかしの類だと思われているのだろう、お姉さんの目が怖い。僕は霞の手を引くと、一目散に店から離れた。
「あのお姉さんの顔、怖かったね」
「そうだね」
「時計買うの辞める?」
「あんなに大きいんじゃ、持ち運べないしね」
あの大きさが最小だとは夢にも思わなかった。あんなものを買うくらいならば、霞の腹時計の方がずっとお手軽で高性能だ。
「次はどこにいくの?」
「そうだな、デニス爺に頼まれた宣伝の為に市場調査でもしてみようか」
「杖とかって、お兄ちゃん見ただけで判るの?」
「そ、それは、オンディーヌ達に任せようよ。出来るよな?」
『物によるじゃろうな』 『俺は得意だぞ』
「それならジルヴェストちゃんに任せるね」
ジルヴェストは探知が得意だから、そういうことも出来るのね。
「それじゃあ、魔法具店に行ってみよう」
午前中に一応魔法具店には目を付けてある、時計探しが一番手だったというだけだ。
「あった、ここだね」
霞は早速とばかりに店の中に入って行ってしまうので、遅れないように付いて行かないと。
店内には魔族と思われるお客さんがちらほらと居るのが分かる。精霊たちの姿を見て、ギョッとする人も何人か見られた。
僕たちは色々な道具や服などが陳列されているのを横目に、杖の置いてあるコーナーを目指して進んでいく。
「うーん、お爺ちゃんのお店と違って面白いものがないね」
「それはそうだろう、あの爺さんは変わり者らしいからね。どうだ? ジルヴェスト」
『その上にある物はそれなりだな』
陳列棚の更に上に飾られている杖のことを指しているのだろう、装飾が見事な杖が飾られている。
「僕たちの使っている盾と比べるとどうだ?」
『比べ物にはならん、主の物の方が遥かに格上だ』
デニス爺は変わり者だけど、腕は良いらしい。これならリエルザ様の時と同じように、売り込みに困ることは無いだろう。
「なんだろう、これ?」
霞が見つけて手にしているのは、水晶玉のようなもの。杖の置いてある場所の隣にズラリと並んでいる。
「ああ、それはね、杖と同じように魔力増幅の効果があるんだよ。
初めまして、噂の冒険者様。私はエイミー、冒険者とこの店の店員をしているわ」
「説明ありがとうございます。僕は了、そっちは妹の霞です。ところで噂というのは?」
噂になっているなんて話、初めて聞いたぞ。
「伝説の精霊使いが現れたって、本部で物凄い噂になっているわよ」
「はぁ、そんな噂になっているとは知りませんでした」
「でもその後ろに居るのが精霊でしょ、それを連れているということは本物だってことよね。それに店に入ってから気付いてると思うけど、みんなあなた達に注目しているわ」
他のお客さんたちは、遠くからこちらを眺めているだけだから何も問題ない。逆にエイミーさんみたいに興味津々で寄って来られる方が対応に困る。




