46.魔王都-冒険者ギルド本部-3
「ティエリさんも魔王様の親族なのですか?」
小声ではあったが僕の耳はしっかりと聞き取った。
「はい、私の場合は甥ですがね」
ティエリさんは男性だからね、さすがに姪という訳にはいかない。
「それは良いことを聞きました。実はティエリさんに相談があるのですが、聞いていただけませんか?」
そうだ、ティエリさんに相談しよう。クリスさんでは少々頼りない感じが否めない。
「私に相談事ですか?」
「待て、私と話をするのでは無かったのか?」
どうしよう、面倒な人が絡んできてしまった。
「では、お二人に相談ということにしましょう」
実務的な事柄においては、ティエリさんの方が達者なのではないかと推察するのだけど。
ここでゴネられて、引っ掻き回されでもしたら堪らない。
「それで相談とは、どのようなことでしょう?」
ティエリさんは促してくる、同意を得られたということで良いのだろうか。
「霞、手紙を」
「えーと、これかな?」
霞がポーチから取り出した封書は、森の集落で長老キールさんより託されたものだ。その隣には、リエルザ様から預かった自称便利な封書も置いてある。
「こっちだね。まずはこれを」
長老から預かった封書をティエリさんへと手渡した。
「封が施されていますが、解いてもよろしいのですか?」
「出来ればそのまま魔王様にお届け願いたいところですね。内容については、今からお話しします」
長老から伺った話をそのまましてしまって問題ないだろう。ただ内密にしてもらう必要があるだろうけど。
「そっちはなんなのだ?」
少しは空気を読んでほしい、クリスさんがリエルザ様から預かった封書を指差している。
「それは今のところ、使う予定のない手紙です」
正確には誰に効力を発揮するのか不明なので、使うに使えない手紙なのだ。
霞はポーチの中に、リエルザ様から預かった使い物にならない手紙を仕舞う。
「内容については出来得る限り、他言無用に願います」
僕の言葉に反応するかのように、ティエリさんの目付きが厳しくなった。
「この手紙は、とても重要な案件ということですね?」
「はい、極めて政治的で重要な話になります。ですから、ティエリさんに相談したいのです」
「クリスティアナ、お前は席を外しなさい。この話は私が責任をもって対応します」
クリスさんに対する口調から態度まで一変したティエリさん。
それだけ真剣に僕の話を聞いてくれるということだろう。
「しかしお兄様、それでは私は除け者ではないですか!」
一方、クリスさんもティエリさんをお兄様と呼んでいる。どうやら、影の実力者はティエリさんのようだ。
「お前は知れば話したくなるだろう? これはそういったことが許されない事柄なのだよ」
その台詞が本当なら、クリスさんに相談しなくて本当に良かった。
エルフ達の命運が掛かっている重大な話なのだ、安易に漏らされても困る。
あの結界をそう簡単に越えられるとは思えないが、何かあってからでは遅いからな。
「わかりました、ロビー出ています」
クリスさんはそう言うと応接室から去って行った。
「少々お待ちを」
ティエリさんは立ち上がると、部屋の扉を開き左右を確認する。
「聞き耳を立てるとは、良い度胸だな。私の言葉の意味が理解できないのか?」
扉の外、左側に向かって静かな声で話をしている。恐らく相手はクリスさんだろう。
その声には少々怒気が含まれているような感じがした。
扉を閉め席に戻ったティエリさん。
「お見苦しいところを、大変申し訳ありません。釘は刺しましたが、防音の必要があります」
妹の粗相という面に於いて気持ちがわかる分、何とも言えない。
「防音ですか、う~ん。オンディーヌ、ジルヴェストと交代してくれ」
『何故じゃ?』
「ジルヴェストに防音を頼みたい。オンディーヌは馬車の警備だ」
「ああ、馬車なら心配いりませんよ。ギルドの敷地内に移動しましたから」
『ふふん』
なにが、ふふんだ!
『ジルヴェスト、おいで』 『用事か』
ジルベストが僕の左隣、何もない空間にいきなり現れた。
「な!」
ティエリさんは若干驚いているようだけど、無視だ無視。
「ジルヴェスト、ここで秘密の話をしたい。外に音が漏れないように出来るかい?」
『音が漏れなければ良いのだな、任せよ』
薄い空気の膜のようなものが僕たちを包む、それでいて風で何かが飛ぶようなことも無い。
「上出来だ、しばらく維持を頼むぞ。防音は完了です」
「ジルヴェストちゃん、ご苦労様」
「随分と便利に使われるのですね」
ティエリさんは、ジルヴェストとオンディーヌの姿をまじまじと見つめていた。
「それでは改めまして、説明を。その手紙を託されたのは、森の中でのことです。
そこには海を渡りこの大陸へと逃れて来たというエルフ達が住んでいました。まあ、僕たちは彼らの結界に囚われて、大変だったのですがね。
数日彼らと共に暮らす中で和解も出来、再び出発する折にこの手紙を託されました。
長老に伺った手紙の内容は、エルフが森に住んでいることの意思表明。それに伴い魔王様の庇護下に速やかに参入したいとういう旨が記されているそうです」
僕はじっくりと思い出しながら、紡ぎだすように話した。
「大森林にエルフが住んでいたとは驚きですね、それに逃げてきたというのも気になります」
「なんでもここ十数年以内の話だと、聞いたような気がします」
確かそんな話をしていたはずだ。
「そうですか、他に何か証拠のようなものはありますか?」
「お豆があるよ、お兄ちゃん」
豆、乾燥豆と生豆、売り捌くのに苦労するだろうと思われた豆か!
「大量にあるので、買い取ってもらいたいですね。びっくりするほど美味しい豆があります」
『妾が運んで来てやろうぞ』
『とりあえず、一袋で良いからね』
オンディーヌはそう言い残すと、水が蒸発でもしたかのように消え去った。
「あれ、オンディーヌちゃんは?」
「オンディーヌが馬車まで取りに行ってくれましたので、少し待ちましょうか」
『それくらいしか役に立たんからな、あいつは』
聞こえないように言えよ? お前らの喧嘩は騒々しいのだから。
『扉を開けるのじゃ!』
「来ましたね」
僕は急いで部屋の扉を開きに行く。てっきり、また隣にでも現れるのかと思っていたので拍子抜けだ。
オンディーヌは、生豆と乾燥豆を一袋ずつ持って来ていた。その場に降ろさせ、中身を少量手に取り、席に戻る。
「オンディーヌちゃん、お疲れ様」
「ありがとう、オンディーヌ。2種類持って来てくれたのは助かる」
『良いのじゃ、良いのじゃ』
「これが?」
「ニールで餞別にやたらと硬いパンを大量に戴きまして、それと物々交換してもらいました。詳しくは訊いていませんが彼らが育てているのかも。
ダイモンさんの話では、魔力の含有量が半端ないそうでとても美味なのです」
美味しすぎて、売れないなんて皮肉な話だよね。
ティエリさんは生豆を手に取ると、徐に口へと放り込んだ。
「んぐ。確かにこの豆は味が濃いようですね。少し戴いても構いませんか? 調理したものを食べてみたい」
「入手元が明かせなくて、売るに売れない品ですし良ければどうぞ」
ティエリさんは確実に食いつたと見て問題ない、売り捌くチャーンス!
あの硬いパンが美味しい豆に化けただけ、元手が掛かってないので丸儲けだ。
「この豆を手土産にして、叔父上に手紙を届けるとしましょうか。特産品でもあった方が話が進みますからね。
それとこれから宿にご案内します、宿でこの豆を調理してもらうとしましょう」
ここまで来て、まさか豆料理を食べさせられるなんて、墓穴を掘ったとしか言いようのない事態だ。




