45.魔王都-冒険者ギルド本部-2
「お兄ちゃん、泣いてるの?」
「泣いてなんて無いさ、目から汗が垂れてきただけだ」
「ぷっ、言い訳がへんてこだよ」
霞の冷やかしに対して、憮然としながらも両手で涙を拭う。
「それでは今後の予定を説明いたします。
召喚に応じたご兄妹には、本部より引き続き宿を手配させていただきます。長旅の疲れもありましょう、十分に休養をとられることをお勧めします。
ダイモン氏は2番のカウンターで護衛任務の報告及び報酬の支払いを行います。
御者を務めた2名には3番のカウンターにて、少ないですが報酬を用意してあります。
では皆様、私の後に付いてきてください。ご案内します。」
ティエリさんが早口で説明し終えた。
「ちょっと待ってくれ、兄妹には私から少し話がある」
僕たちだけ引き留めるということは、何か重大な話でもあるのだろうか?
ティエリさんは、ダイモンさんとミネルバさんたちを連れて応接室を出ていった。
僕と霞は3人を見送ることしか出来ない。迷子の御者組に至ってはどうなるか不明だけど、ダイモンさんは本部を拠点にするようなことを言っていたので、再会して話をする機会もあるだろう。
「申し訳ないが、もうしばらく付き合って貰うぞ。
冒険者管理する我々としては幾つか謎がってな、それに答えてもらいたいのだ」
「謎ですか?」
クリスさんは言葉を発することなく頷くだけだった。
「まず一つ目。
ある日突然街を訪れた年若い兄妹は、見も知らぬスキルを持ち、伝説とも謂われる精霊使いである。このような報告と調査依頼をニールの冒険者ギルド支部から受け取った。
お前たちは何者で、どこから来た?」
やはりと云うべきか、この質問がされるのは大体分かっていたことだ。
さて、どうしたものか。僕たちは別にこの世界の他国からの間者という訳ではない、何も疚しいところは無いので全部話してしまうのも吝かではない。
ただエルフのことは、相手を選ぶ必要がある為、訊かれない限りは黙っていようと思う。
霞が僕の服の裾を引っ張るので、そちらを向くと大きく頷いていた。これは全部話してしまえという合図で良いのか?
「その話は一度ニールの領主様にもしたことがあります。
僕たちはこの世界とは異なる世界から来ています。しかし、どのようにこの世界に辿り着いたのかは皆目見当がつきません。
ですから、元の世界に帰る方法すら分からないのです」
クリスさんは目を細め、首を捻り、僕の言葉を理解しようと努めているように見受けられる。
「以前、海を渡った他国からの伝聞で聞いた話に似ているな。
その時は荒唐無稽な話だと一笑に付したものだが、これはどうしたものか」
「似たような話というと?」
僕たち以外にも、この世界に紛れ込んでしまった不運な人が居る?
その人も元の世界に帰る為の方法を探っているかもしれない、是非会いたい話を聞きたい。
「うむ、なんでも遥か昔の建国の英雄は異なる世界からの使者だとか、なんとか」
がっかりだ。
遥か昔? 建国の英雄? それこそ本当に荒唐無稽な話でしかない。
「僕たちの世界には、魔法やスキルという便利なものはありませんし、精霊も想像の産物でしかない。
この世界には様々な人種が存在していますが、僕たちの世界には人型の生物は人間か猿くらいなものです。また普通の動物たちは居ますが、魔獣など存在しない」
早口で捲し立てるように話す。
荒唐無稽な話と混同されてしまった故に、少し腹が立ってしまったのだ。
クリスさんは押し黙り、再び考え込んでいる。
僕も少し熱くなり過ぎた、冷静に、冷静に。
もしかすると本当に過去の英雄は、僕たちと同じように異なる世界からやってきた人間かもしれない。
手記などの文献は残っていないものだろうか? 何かヒントが得られるかもしれない。
しばらく考え込んでいたクリスさんが顔を上げる。
「異なる世界から来たからこそ、見も知らぬスキルを所持し、精霊を従えることも可能。
一連の謎が異なる世界から来たということに起因しているのなら、他の質問は無駄以外の何物でもない。
しかし、こうなってくると私だけでは判断できかねる、叔父上に相談してみるとしよう」
何やらブツブツと独り言のように呟いていたクリスさん。
僕の耳には、叔父上という単語だけが鮮明に届いた。
「叔父上というのは?」
何故か、その言葉の意味を訊ねてみたくなった。
「うむ、叔父上に判断を委ねようと思ってな。アルギリオス叔父上、世間一般だと魔王様だな」
「は?」
魔王の姪! 親の七光りならぬ、叔父の七光りなのか?
「なに間の抜けた声を出している。さっさと支度をしろ! 宿へ案内するぞ」
「ちょ、ちょっと待ってください。魔王様の姪というのは本当なんですか?」
もし本当なら、エルフの一件を早期に片付けることも可能になるかも。
「本当だとも、さては信用していないな? ティエリを連れてくるから少し待て、あいつに証明してもらおう」
信用していないとは一言も発していないのだが、クリスさんは勝手に納得して応接室を出て行ってしまった。
「お兄ちゃん、あの話もしちゃうの?」
「あの話?」
「森のお話し」
霞も重要な事柄だと認識しているのか、政治的な問題だろうから僕たちには難しいのだけど。
「魔王様に謁見する前に、クリスさんが本当に姪であるならば、話を通してもらうのも良いだろ?」
「本当なんじゃないかな、信用されないことも最初から分かってたみたいだし」
そうなんだよね、僕が何か言う前に証人を連れてくる気満々だったしね。
「待たせたな、連れて来たぞ」
クリスさんは何事もなかったかのように、先程の席についた。
「はぁー、もう困ったものですねマスターには。それで何のために呼ばれたのでしょうか?」
「私が魔王の姪であることを証明してくれ」
「証明と仰られましてもねぇ、私の証言が証明になるのでしょうか」
「駄目なのか?」
「本来は駄目でしょうね。身内に証明させるとか馬鹿ですか? ごめんなさい、馬鹿でしたね」
ティエリさんの言葉は的を射ているのだが、実に辛辣だ。そしてクリスさんはというと、とても悔しそう。
「と言いましても、本当のことですよ。
マスターは間違いなくアルギリオス・ルイン・オルオーヌ魔王陛下の姪にあたります。一応、私もなのですがね」
ぼそっと最後に重要なことを言ったティエリさんだった。




