43.魔王都-関所
昨晩はあれからミネルバさんお勧めの酒場で、十分にお腹を満たすことが出来た。
ダイモンさん達大人は、本部職員クリスさんが居た手前、緊張と警戒により味などわからなかったと愚痴っていたものだ。
育ち盛りの僕たちや冒険者として働く大人達には、やはり質より量なのだろう。そりゃ、美味しいに越したことは無いのだけどね。
僕たちはまた宿を引き払い、馬車の旅に出ている。車内は一応4人乗りなので席はあると云えばある。てっきり僕たちはクリスさんと同乗しなければならないのかと諦めていたのだが、彼女は馬車の後ろから馬に乗って付いてくると答えたのだ。
これ幸いと僕たち3人は睡眠をとることが出来ている、やることが無いのだから仕方ないだろう。
食っちゃ寝しているだけで旅程は順調そのものだ。宿に着いても食っちゃ寝の生活スタイルなので、かなりの運動不足である。
霞の頬っぺたがふくよかになっているのを確認しては、自身の危機を察するというものだろうか。僕もやばい。
「そろそろ体を動かしたいところですね」
このままブクブクと肥えてしまうのではと、恐怖に駆られる。
「えー、いいよ、この生活楽だもん」
ぐーたらな妹め! 思春期の少女とは思えない体たらくである。
「霞、頬っぺたやお腹、二の腕が危険信号を発しているぞ」
腕を抱き締めるように確認し、お腹の肉を掴み、頬を両手で撫でる霞。
「お兄ちゃん、太った霞を嫌いにならないでね」
自分の置かれいる状況をしっかりと理解できたようだな。
「そう慌てるな、旅も今日で終わりだ。晩飯の前に、中央区とやらには着くのではないか?」
そういえば今日は、予定では最終日とされているはずだ。
「今日中に本当に到着するんですかね?」
「本部の職員が随行しているのだ、何かあれば言ってくるだろうよ」
「僕はあの人のことをイマイチ信用できないのですが」
「アキラ、お前がそう言うと不安になる。オレも何か怪しいとは感じているが、それが何なのか判断できん」
「もう、お兄ちゃんたちは。私はクリスお姉ちゃんのことは、信用してもいいと思うけどな」
意見が真っ二つに割れた。
「どちらにしろ、今日中に本部に到着するだろうから、その時に確認すれば良いだろう」
まあ、ダイモンさんの言う通りではある。本部に着いてしまえば、答えはそこにあるのだから。
『主よ、壁が見えるぞ』
眠りから覚めてぼーっとしていると、屋根の上で警戒しているジルヴェストから連絡が入る。
『壁? 門だな。報告ありがとう』
ダイモンさんを急いで起こして報告することにした。
「ダイモンさん、どうやら中央区との境までやってきたみたいです」
「ほう、漸くだな。貴族共が跋扈する世界はどんなものなのだろうな」
ああ、区切られているというのは、そういう意図があるんだな。全く考慮していなかった。
御者台から声を掛けてくるのは、アーロンさんか。
「お、兄ちゃん、起きてたか。中央区へと関所だ、検問があるから残りを起してくれよ」
「わかりました。並んでたりしますか?」
「4、5組待機しているだけだ、直ぐに順番が来るだろうぜ」
「では、起きて準備しておきますね」
まだ眠っているのは霞だけなので、起こしてしまおう。
話を聞いていたダイモンさんは手荷物を手繰り、身なりを整えている。
「どうしたの、お兄ちゃん? ごはん?」
「まだ晩御飯には早い時間だよ。そうじゃなくて、中央区への入り口に着いたんだ」
「本当? 馬車の旅が終わっちゃうね」
嬉しいのか悲しいのか、判断の出来かねる声色で答える霞。
僕はそれどころではない。本部が僕たちに対してどういう動きをするのか、気が気ではないのだ。
歓迎こそしてくれているようだけども、途中で監視のクリスさんを寄越してきたことを考えると油断できない。
寝癖などを確認し、身だしなみを整えながら、検問の順番を待つことにしよう。
馬車の扉が外からノックされた、小窓から覗いてみるとクリスさんだ。
「検問は私の方で対応しますので、そのまま車内でお待ちください」
「降車する必要は無いのですか?」
「はい、問題の無いように済ませます。ただ車上の彼をどうにかして頂きたいのですが」
車上の彼? ジルヴェストのことか。
「車内に入れるだけで構いませんか?」
「はい、門衛の目に留まらなければ、問題ないでしょう」
「わかりました、指示します」
僕の返答を聞くとクリスさんは馬を門の方へと進ませていってしまった。
『ジルヴェスト、そういうことだ。中においで』
『了解した』
馬車の屋根をすり抜けるように降りてくるジルヴェスト、窮屈な車内は更に狭くなる。
『お主はもう良いから戻ってはどうじゃ』
『何を言うか、貴様こそどこぞに帰れば良いだろう』
「こら、お前たち、只でさえ狭いんだから喧嘩するな」
『妾は気を利かせただけなのじゃ』
『ならば、こうすれば良いのだ』
何をするのかと思えば、ジルベストは僕を包むように体を重ねてきた。霞がオンディーヌに包まれているのを真似したようだ。
『なんということを、お主、妾と替わるのじゃ。ズルいのじゃ』
『ふっ、狭いのだから文句をいうな』
「これなら特に気にすることは無いな」
オンディーヌが少しうるさいが、これなら窮屈に感じることは無さそうだ。
常に微風に撫でられるようで、過ごしやすい環境である。
「アキラさん、関所は通過で出来るそうです。あの女性が話を通したようで」
ミネルバさんが御者台から話し掛けてきた。
「そうですか、ならば早く通り抜けましょう」
「では、出発します。椅子に掛けてください」
寝癖を直したり、服装を整えたりした意味は無く、すんなりと関所を通り抜けることが出来た。
「ほら、やっぱりあのお姉ちゃんは信用できるってば」
「僕は何か隠しているんじゃないと思うんだけどね」
「アーロン! 本部まではここからどのくらいだ?」
僕と霞の会話を遮って、ダイモンさんが質問した。
「知りませんよ、中央区に入るのは初めてなんでさー。あの職員が先導してくれてますけど、ちょっと待ってください」
『職員さーん! 本部まではどのくらいですか?』
『…この通りを抜けた先です』
大きな声で先導するクリスさんに質問したようだ、返答もまた大声で中にまで丸聴こえだ。
「聞こえちゃいました?」
「はい、聞こえましたね。あと少しでしょうし待ってますよ」
本部まであと少しだけど、問題はついてからだよな~。




