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42.魔王都-3日目

 特に何か起きることも無く、ましてや何か為さねばならぬことすら無く、中央区へ向けた旅は頗る好調である。

 最初の頃は街並みを眺めたりはしていたのだが、やはり退屈には耐え切れず眠るという選択を選ばずにはいられなかった。


 旅程は既に2つ目の宿屋を引き払い、3日目に突入している。先程昼食を済ませたばかりだが眠くて仕方がない、油断すると夢の中へと連れ去られそうだ。


「僕らはオンディーヌのお陰でお尻が痛くなったりしないのですが、ダイモンさんは大丈夫ですか?」

 初日には何てことは無かったのだが、シートは気持ち綿の入っただけのベンチなので、長時間同じ姿勢でいるのは非常に辛い。

 そこでオンディーヌにお願いして霞の隣に座る僕の下まで、オンディーヌの体を引き延ばしてもらっている。

 対面の席に座るダイモンさんはオンディーヌによるクッションが無い、ベンチのような席を独り占めするように横になっている次第だ。

「なに、少し狭いが横になれる分、幾らかマシだぞ」

「それなら良かったです。しかし暇ですね、暇で暇で眠るしかやること無いというのもまた苦痛ですね」

「森を越える長い旅路を思えば、文字通りの休息だろう。本部に着いたら何があるか分からんぞ、休める内に休んでおけ」

「それもそうですね」

 僕とダイモンさんが話をしている間に霞は舟を漕いでいる。

 それから暫く窓の外を眺めていた気がするが、いつの間にやら眠りに落ちていた。



 馬車が停車する振動でふいに目が覚めた。

「おう兄ちゃん起しちまったか、もう少し優しく止めろよな。今晩の宿に到着したぜ、2人を起こしてくれ」

「あ、ああ、わかりました」

 まだ完全に覚醒していない脳を起こすべく頭を振える、目前で眠っているダイモンさんと隣の霞を揺り起こす。

「ああ、着いたのか、悪いな」

 ダイモンさんは軽く揺すっただけで目を覚ましたのだが、霞は起きる素振りすら見せない。

「オンディーヌ、霞を起こしてくれ」 『了解じゃ』

 オンディーヌは霞の頭部を丸まま包み込み、呼吸を阻害している。窒息しないようには気を付けてはいるようだ。

「はぁはぁはぁ、酷いよお兄ちゃん!」

「中々目を覚まさないから、オンディーヌに頼んだんだよ」

 確かに少し可哀そうな起こし方だったけど。

「さあ、貴重品を持って移動するぞ。豆は置いていけ、馬車だって管理されるんだからな」

 ダイモンさんは豆の入った袋を持とうとした霞を手で制し、馬車から降りるように促す。

 馬車は馬を外して、倉庫の中で厳重に管理されるのが普通のようなので問題ないのだろう。


「今までで一番高そうな宿ですね」

 宿は3階建てのかなり立派な建物だった。宿の店員が早くも馬車を預かる為に出てきている、サービスも行き届いている。

「この区画でも有名な高級宿ですね、こんな所に泊まれるだなんて思いませんでした」

「昨日の宿だって、そこそこ高い宿だったってーのに豪勢だな本部は」

 そんな高級な宿を手配する冒険者ギルド本部の思惑が怖いなー。

 御者の2人と宿を見て話をしていると小綺麗な格好をした男性が近付いてくる、宿の店員という感じでは無さそうだ。


「お待ちしておりました。私は冒険者ギルド本部付きの職員をしております、クリスと申します。明日から皆様の旅に随行させていただきますので、どうぞよろしくお願いいたします」

 男性かと見間違えてしまったが、どうやら女性のようだ。男装の麗人というやつだろうか?

 本部職員を名乗る女性の挨拶に対して、ダイモンさんが応じてくれた。

「丁寧な挨拶は結構だが、冒険者ギルド本部職員であるという証を提示して頂きたい。入門の際の一悶着もある、容易に信用する訳にもいかないのだ」

 門衛長とのいざこざ。実害が無いので、特に気にしてはいないのだけど。


「これは失礼、こちらをご覧ください。本日この宿を手配するにあたっての、支払いに関する契約書とでも言いましょうか、本部より渡されたものです。

 私はあくまで一職員に過ぎませんので、他に証明する手立てがなく申し訳ありません」

 職員と断定するのには確証に欠けるのだけど、ダイモンさんに任せるとしよう。

 僕の横では、ミネルバさんが何やら顎に手をやり首を傾げていたりする、晩御飯のメニューでも考えているのかな?

「オレにはこれが本物かどうか、判断できないが偽物を提示する意味も無いだろうからな。信用するとしよう」

「信用して頂けて何よりです、ありがとうございます。このような場所で立ち話も何ですから、中へ入りましょうか」

 本部職員の女性、クリスさんに促される形で僕たちは宿屋の中へと入って行った。



 宿屋の中はそれは見事な装飾で、日本で言うところの高級ホテルのようだ。行ったことは無いけどね。

「チェックインは既に済ませてありますので、あちらの食堂で食事をされてはどうでしょう?」

 何から何まで手際が良い、怪しいくらいにだ。


『オンディーヌ』

『何事じゃ、主様よ』

 精霊なら何か感じ取れるのでは? と思い頭の中で尋ねてみる。

『あの女性に怪しいところはないか?』

『何もないぞ、相も変わらず気にし過ぎじゃ』

『そうか、何かあれば教えてくれ』


 僕と精霊2体が立ち止まっている姿をクリスさんはじっと観察しているように見えたが、今はこちらとしても様子を窺うことにしよう。

「お兄ちゃん、何してるの行くよ」

 先行して食堂に向かっていた霞は、戻って来て僕の手を引っ張っていく。

「美味しそうな、良いにおいがするんだから早くしてよね」

 霞は日本に居た時、こんなにも食い意地が張っていただろうか? うーん。

 食堂に移動すると、皆は既に席に着いている。急いで空いている席へと向かう。

 高そうな調度品ばかりが目に付き、若干居心地が悪い。綺麗なクロスの掛けられたテーブルや華美な椅子などは使いにくいな。

「食事も先程オーダーを通してありますので、直ぐにやってくるでしょう。存分にお楽しみください」

 高そうな料理が一品ずつ出てくる、見た目も味も申し分ないのだけど、僕としては大皿盛りの料理を各自で取り分けて食べる方が好みだ。

 大人達はお酒を飲んでいるが、それでも何か緊張している様子に見える。会話はほぼ無く黙々と食事をしている、よく知らない人物が一人いる状態なので分からなくもない。

 食後にお茶が出され、皆はまったりとしている。料理は美味しかったのだが、如何せん量が少なく満足とはいかない。

 僕たち一行は皆、こういった店は得意では無いのだろうな。

 クリスさんは店員を呼んだ。


「それでは食事も済みましたことですし、お部屋の方にご案内しましょう」

 荷物を持ち各部屋に案内してもらう、部屋の内装もまた素晴らしいのだがはっきり言うと居心地が悪い。それでも出来が良いので、部屋の各所を見て廻っていると扉がノックされた。

「お兄ちゃん入れて」

 扉を開けて、霞を招き入れる。どうしたのだろうか?

「お兄ちゃんのリュックにパン入ってるよね?」

「いや、パンも干し肉も全部食べ切っちゃったじゃないか、森の中で」

 僕と同じで霞もあの量では満足できなかったのだろう。

「あんなのじゃ、全然足らないよー」

「僕も足りないんだけどね、しかし困ったな。食堂はまだやってるだろうから食べに行くかい?」

「でも、あのお姉ちゃんに悪い気がして」

「それじゃあ、ダイモンさんかあの2人に相談してみよう」

 そうして、ダイモンさんの部屋に向かおうと廊下へ出ると、そこにはダイモンさんと御者の2人が揃って立っていた。

「ああ、お前たち、ちょうど呼びに行くところだったのだ」

「お前らも腹が膨れてないだろ?」

「な~んだ、みんな一緒だね」

「美味しかったのは間違いないですけど、あんな量じゃ足りませんよ」

「それじゃあ行くわよ、この近所に安くておいしい店があるのよ」

「森で飯を奢るって約束しただろ?」

「ただの社交辞令だと思ってましたよ」

「なんだとー」

 それから僕たちは、わいわいと騒がしくしながら宿を出て、足りないお腹を満たすためにご飯を食べに出掛けた。

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