39.魔王都-南門
見渡す限り外壁に覆われている、高低差で街並みもちらほらと見ることは出来ている。
都市を囲う外壁の長大なことと云ったらもう、万里の長城もこういう風に見えるのかな?
「あれが魔王都だ、まだ遠目にしか見えないが近付くともっと凄いぞ」
アーロンさんは自慢げに話し掛けてくるが、自慢したくなる気持ちも理解できる。
「壁が長いね、端っこが見えないよ」
霞の言う通り、壁の切れ目が確認できないのだ、こんなに離れていて見通せるというのに。
「これは都市の中に入っても移動が大変ですね」
「まあそうなるだろうな、覚悟しておこう」
「壁の中に入っても、僕たちの旅は終わらないということですか」
「南門から中央区に辿り着くには歩いて5日は掛かるわよ、馬車にでも乗って移動するのが良いでしょうね」
「馬車揺れるから嫌だなー」
「霞は馬車にとても弱いんですよ、領主様の馬車でも無理でしたし」
乗り合いの馬車なんて無理に決まっている、車内が大惨事になるだろう。
「お前ら、ニールの領主とも懇意にしているのか?」
「この兄妹はな、領主と冒険者ギルド支部長のお気に入りだ」
「そうか、街の案内は任せてくれ。あと2日もすれば南門には到着するだろうからな」
そう、後2日は掛かりそうなのだ。
「少し急いで進むか、街中で宿に泊まってゆっくりするのも悪くない」
「そうですね、そうしましょう。野宿は疲れましたからね」
ダイモンさんの提案に乗って、少しでも早く到着することを願う。
「ついたー、着いたよお兄ちゃん」
「長かった、特に森が!」
全体の移動に1ヶ月程掛かっているのではないだろうか、途中から面倒で数えるのをやめてしまった。
「あ! そうだ。お前たち街に入るから、戻ってくれて良いぞ」
『何を仰いますか、妾は主様の元を離れませぬぞ』
『俺も主の護衛として付いて行くからな』
「でもなあ、入門の時に色々と問題があるだろうから」
「お兄ちゃん、ダイモンお兄ちゃんが大丈夫だろうって言ってるよ」
「本部からの召喚状を見せれば平気だろう」
霞の通訳を介し、精霊たちの抗議を聞きつけたダイモンは助言してくれる。
「それでも少しでも問題は無い方が良いと思うのですが…」
『主様は心配し過ぎなのじゃ』 『その慎重さが主ではあるのだがな』
やめて! 慰めないでジルヴェスト。
「わかったよ」
「入門審査まではもう少し掛かるでしょう、これだけ並んでいるのです」
「毎日こんなに並んでいるの?」
ミネルバさんの言葉に、霞は疑問を呈す。
「そうですよ、今日はまだ早い時間なのでこれだけで済んいるようですが」
まだ夜が明けたばかりの朝方だから、これだけの列で済んでいるってことですか。
「昼間なんかに並ぶと、入った頃には夜だろうぜ」
とんでもない話だな。
「そこで裏技の使える私たちが先に門を潜るわ」
「え? どういうことですか?」
「魔王都所属の冒険者にだけ配られる特別な印よ」
そう言ってミネルバさんが見せてくれたのは、冒険者証明タグの裏に貼ってあるシールのようなもの。
「これをあそこに立っている門衛に見せれば、今すぐにでも門を通れるのよ」
なんという便利な裏技、冒険者の出入りに関する利便性を重視したのだろう。
「それなら済まんが宿の手配を任せたい。安宿でない方が良いが、高級過ぎるのはオレが困るからな」
「んじゃ、普通の宿ってことでいいな。それじゃ先に行くぜ」
「また後でね」
ダイモンさんから宿の手配を頼まれた迷子2人は、裏技を行使して街に入って行った。もう後姿すら見えない。
「あれは便利ですね、召喚状も同じように使えないものでしょうか?」
「まあ、ここまできて急ぐ必要もないだろう。予定より早く到着しているのだからな」
街並みを視界に捉えてから、意気揚々と急ぎ足でここまで辿り着いたのは確かだ。門で止められることは考慮の上だったけど、列がこんなにも長いとは予想の範囲外だもの。
「お兄ちゃん、シュケーちゃん呼んで無花果食べたい」
「駄目だよ、こんなに人が多いところでは呼べないよ。それに地面がこれだからね」
足の下の地面は石畳、呼べなくはないけど壊してしまったら大変だ。
「ぶー、暇だよー」
「そういえば、冒険者ギルド本部は区画に入るのに許可が必要と言っていましたけど、他の区画には支部があったりするのでしょうか?」
駄々を捏ねる霞を見ないように、ダイモンさんに質問をした。
「これだけ広いのだ、何箇所かあるだろうよ。オレは幼い時だったから覚えていないぞ」
幼い頃から冒険者だった訳も無いだろうからね。
「それと例の森の一件はどこに相談したら良いと思います?」
「そうだなー冒険者ギルド本部、本部長辺りが妥当だと思うが、人柄が分からんからな。それを見てからでも構わんだろう」
「リエルザ様に預かった書状も、誰に効力があるのか不明ですからね」
「相手の貴族の名を聞いて来なかったのか?」
「もう出発でゴタゴタしてましたので、双方共に気が付かなかったというところでしょうか」
「それは大変だな、お前が厄介ごとと言った意味が理解出来た」
「もう手遅れですよ、思いっきり頭を突っ込んでますから」
2人でどうしようかと途方に暮れる。
入門待ちの列が順調に処理されていき、漸く僕たちの番がきた。
「旅装のようだがどこから来たのだ?」
「オレたちはニールからです。あとこれを」
門衛の質問に答えながら、霞から預かった召喚状を手渡すダイモンさん。
「ニールからとはまた遠路遥々ご苦労なことだ、これは? 少し待て」
門衛は後ろを振り返ると、少しだけ偉そうな服装の男性に合図を送っているようだった。その偉そうな男性が近付いてくる。
「書状は確認させてもらった、冒険者ギルド本部からの召喚状だな。急ぎ問い合わせをしているところだ、もう暫く待ってもらえるだろうか?」
召喚状を提示しない方が、すんなり通れたのではないだろうか?
「どういうことだ?」
「外周南区の冒険者ギルドに問い合わせている、本物であれば迎えの者が来るだろう」
なんだ感じ悪いなー、やたらと横柄な態度だ。リグさんとは大違いだな。
僕たちは既に一応の検閲は済ませ、端により列の邪魔にならない位置に待機している。門の先には迷子組も戻って来て待っている。
「全くお役所仕事だな。早々に入門させてくれれば良いものを」
ダイモンさんもお怒りモードだ。
「どうしたのです、何故中に入れないのでしょう?」
「召喚状が本物であれば、迎えが来るのだそうですよ」
僕は少し大きな声で門衛を非難するかのように答えた。
「なんだそれ? それでもし本物ならこいつら大失態だぞ、大事な客の機嫌を損ねたんだからな」
アーロンさんが僕の意図に乗って大きな声で会話に参加してくれた。入門待ちの列の人々、門の先の迎えに来ている人々にその声は確かに届いている。
騒めく人々も確かにおかしな話だと囁いている、正面に立つ門衛も顔を青くしているようだ。
そこへ漸く冒険者ギルド支部から迎えがやってきた。門衛の偉そうな人と何やら話をしているが、偉そうな人の顔色がどんどん悪くなっていく様子が覗える。話し終えたギルド職員は、こちらへとやってくるようだ。
「支部長直々のお出迎えとはな」
アーロンさんの言葉で、迎えの職員は支部長だと認識する。
「大変お待たせいたしました、門衛の方に不手際があったことは報告させていただきますので、ご了承ください。
私は外周南区の冒険者ギルド支部、支部長を務めております、クリストフと申します。よろしくお願いいたします。
それでは、どうぞ中の方へご案内いたします」
「ああ、頼む」
ダイモンさんが返事をし、僕たちは街の中へと入って行く。途中、偉そうにしていた門衛は顔面蒼白で立ち尽くしていた。




