36.旅路-8
長かった、本当に気が滅入るくらい長い間、暗い森の中を歩いたものだ。
馬を中心にして僕たちの周囲はルーのお陰で明るいのだけど、進行方向や左右、後方に至っては真っ暗闇だった。
いつ何がどこから襲ってくるかも分からない森の中なので、緊張の解ける暇がなく必要以上に疲れてしまったのである。
エルフの集落を出てから、早くも12日は経っただろうか、ほんの少しだけ明るく感じる所には這い出てこれた。それでもまだ暗いのだけど。
今は倒木があり、天が覗ける程度に空いている場所で昼食を食べている。
「やっと少しですが明るい場所に出て来れましたね」
「ここからは少しゆっくりと進むか、気を張ってばかりで疲れただろう?」
「ずっと真夜中みたいに暗かったからね~」
まだ旅程は残っているのだけど、3人とも疲労困憊と云った感じだ。ただ単に暗いというだけで、こんなに疲労するとは思わなかったよ。
「それでも、明かりを松明で補っていた場合を思えば、随分とマシなのかもしれん」
「ルーちゃんのお陰だね」
「松明だともっと大変だったでしょうね」
「布や油にも限度があるからな、本当に助かったぞ」
本当にルー様様だね。
「ルー、もう何日かは照らしてもらうから、よろしくね」 『!、!』
「お願いね、ルーちゃん」 『!、!、!』
パッパッパッと2回点滅した、これはどういう意味だろう。まあいい、問題は無さそうだ。
「それでは、出発だ」
昼食の後片付けを終え、ダイモンさんの宣言で出発だ。
ここ数日で魔獣の後ろ足1本分は平らげてしまった、あと1本あるも旅の終わりと共に消費してしまうかもしれない。
スノーマン冷凍庫は大活躍だし、最近あまり喧嘩をしなくなったオンディーヌとジルヴェストは、全自動の洗濯乾燥機として役立っている。オンディーヌのお腹の中に洗濯物を入れると水流で洗ってくれて、取り出した洗濯物はジルヴェストが小規模な竜巻で脱水・乾燥してくれる。
オンディーヌの場合は洗顔マシーンになったり、ベッドになったりと万能なところが素敵だ。
精霊が居れば家電の代わりが務まるのではないかと思う。しかも自立型で会話まで出来る、なんて便利なスキルなのだろう『精霊召喚』とは。
「お兄ちゃん、ぼーっとしてないで出発だよ!」
少し物思いに耽っていただけなのだが、怒られてしまった。
「はい、出発、出発っと」
また暗い中を進むのかと思うと緊張するな。
僕たちは少し開けた場所から出発して、再び暗い森の中を進んでいく。
相変わらず、ルーの光が届かない場所は暗い。以前の真っ暗闇ほどではないにしても、暗いものは暗いのだ。
『主、止まれ! 何か居る』
「ダイモンさん、止まってください。何か居るようです、ジルヴェストが感知しました」
突然ジルヴェストが警告を発し、僕はダイモンさんに報告する。
「何が出てくるかな?」
『妾は見てこよう、警戒は任せるぞ風の』 『承った』
「無理はするなよ」 『分かっておるわ』
オンディーヌが先行して様子を見てきてくれるそうなので、暫しここで待機するとしよう。
「どのくらいの位置を探知したんだ? ジルヴェスト』
『相手もこちらへ向けて進んでいる、直ぐに遭遇するだろう。獣では無さそうだがな』
ジルヴェストに質問をしていると、オンディーヌが戻って来た。
『主様、魔族がこちらに向かっておりますじゃ』
「数は?」 『2人確認したのじゃ』
「ダイモンさん! 魔族が2人こちらへ向かってくるそうです」
「旅人だろうか、2人では賊という訳でもないだろう?」
賊って、山賊とか盗賊ってこと? どうしよう怖いな。
『そろそろ、姿が見えてくるはずじゃ』
「霞、ダイモンさんに通訳を頼む。僕は指示を出したい」
「わかったー」
陣形を崩して、霞はダイモンさんの後ろへと近づいた。
ダイモンさんは、背負っていた盾を手持ち警戒を強めている。
「オンディーヌは遭遇に合わせて防御を、ジルヴェストは引き続き周囲を警戒、スノーマンは霞の横へ、ルーはそのままで頼む」
『任せるのじゃ』 『了解だ、主』 『は~い』 『!、!』
バリエーションに富んだ返事を確認すると、僕は主に左右を警戒する。
もしも賊だとすれば、2人だけってことは無いだろう。ジルヴェストの感知を信用しない訳じゃないけど、警戒するに越したことは無いはずだ。
ドクンドクンと自分の心臓の鼓動が聞こえる。
「何者だ!」
ダイモンさんが姿を現した2人組に向けて叫んだ。
「私たちは魔王都所属の冒険者です。薬草採取の依頼を受けてやって来たのですが、道に迷ってしまって」
「食料と水を分けてもらえないだろうか? お願いします」
どうやら道に迷った冒険者のようだ。
「冒険者証明タグを提示しろ」
「はい、これを」
「俺のもだ」
ダイモンさんはドッグタグを確認している、こんな森の中だもの疑って掛かるのが正しいのだろう。
「本物のようだな、疑って悪かった。これは返す」
「仕方のないことです」
「ああ、気にしないでくれ。それで水と食料は分けてくれるのか?」
「良いだろう、ただ妙なことは考えるなよ? こっちには一騎当千の猛者が2人も居るからな」
一騎当千の猛者とは一体誰を差しているのだろう?
「あ、あの、もしよろしければ、行き先を伺っても?」
「オレたちは魔王都を目指している」
「お願いだ! 俺達も一緒に連れて行ってくれ、道が分からなくて困ってるんだ」
ダイモンさんは僕の方を振り返ると、少し首を傾げ目線で問いかけてくる。
冒険者だと確認した以上は問題はないだろうし、僕は頷いて返した。リーダーはダイモンさんのはずなんだけどな。
「わかった、但しこちらの指示に従ってもらうぞ」
「ありがとうございます」
「ありがとう! 助かった」
もうどう見ても、普通の迷子だろう。
「私はミネルバといいます、ランクEの冒険者です」
「俺はアーロン、同じくランクEだ、よろしく頼む」
迷子の2人は自己紹介をした、僕たちもするべきだよね?
「オレはダイモン、ランクBだ」
ダイモンさんって、ランクBだったの。知らなかったー。
ダイモンさんが霞を促す。
「私はカスミ、ランクはD」
霞はまだ少し警戒しているのか、素っ気なく答えた。
僕は陣形の定位置にから、前に出て行き自己紹介をする。
「僕はアキラ、ランクDです。それとこの子達は、僕の精霊たちです。
警戒を解いて良いから、こっちにおいでお前たち」
最初から前に居たオンディーヌとスノーマン、僕と同じ場所に居たジルヴェスト、馬の上で辺りを照らしていたルーを呼ぶ。
僕の周囲を取り巻くように並ぶ精霊たちを見せる、個々の紹介は面倒なので無しだ。
「こいつらに喧嘩を売ったら、一瞬で影も形も残らないぞ」
ダイモンさんがここぞとばかりに脅している。
「…精霊」
迷子の2人は、口をあんぐりと開けながらもガタガタと震えている。
「ダイモンさん駄目ですよ、そんなに脅しては」
「ダイモンお兄ちゃん、この人たちお腹空かせてるしご飯にしよう?」
「ん、そうだな、飯にするか。まだかなり早いが夜営の準備をしてしまおう」
「っと、その前にミネルバさんとアーロンさん、そのまま口を開いたままでいてくださいね。オンディーヌ、お水を飲ませてあげて」
『心得たのじゃ』
オンディーヌは迷子2人の開いた口に水鉄砲のように水を射出した。コップ一杯分といった量をだ。
2人は一瞬驚いて顎が外れるかのように、更に口を大きく開いてしまう。
「…冷たいお水」
「水だ、うまい! うまい!」
「喜んでくれて何よりです。それでは夜営の支度をしますね」
夜営の準備と云っても、つい2、3時間前に昼食を摂ったばかりだからお腹は減っていない。
それでもテントの設営くらいはしてしまおう。
「うーん、飯を作っても二度手間だな。簡単に食べられるのはパンか、カスミ適当にパンを食わせてやってくれ」
「わかったけど、それだけでいいの?」
「さっき昼食食べたばかりだろう? オレたちは正規の時間に食うぞ、調子が狂うからな」
「うん、わかった。パンと干し肉にするね」
霞は馬へとパンを取りに行った。迷子の2人組だけ間食するようなものだろう、夕食も一緒に食べるはずだしね。




