35.旅路-7
「こら! お前たちいい加減起きろ」
ダイモンさんに叩き起こされてしまった。一瞬何事かと周囲を見回したのだが、特に襲撃という訳でもない。
「どうしたんです? まだ早朝ではないのですか?」
「何を言っている、もう朝だ。起きる頃あいだ」
嘘だ、こんなに暗いのに起きる時間なわけが無い。
『主よ、早く起きろ。ここは暗いだけで陽は昇っているぞ』
ジルヴェストはそう言うと、突風とでもいうような風を頭上目掛けて放った。木々の枝葉が風に押しのけられると、朝の澄んだ青空が覗いた。
「本当だったのか、もう朝なのか」
朝だと全く気付かないくらいに暗い、幾らなんでもこんなに暗いとは思ってもいなかった。
「こら! カスミもいい加減に起きろ、飯が冷めてしまうぞ」
ダイモンさんは僕たちをギリギリまで眠らせてくれたようだ、既に食事の準備まで済ませてある。
「ごはん…」
霞も漸く目を覚ましたのだろうか、それとも寝言だったのか、今の?
「今朝は肉なしだ、たまにはあっさりとした朝食も悪くないからな」
「ギリギリまで眠らせてもらって、申し訳ないです」
「あ~ん、お肉がな~い」
若干一名の肉中毒者が駄々を捏ねているが無視しよう。
豆のスープとパンだけなのだが、肉に飽きてきていた僕には嬉しい朝食メニューだった。
「では、出発するが松明は用意しているだろうな?」
「はい、一応準備してありますが、少々待ってください」
「ん? どうした、何かあるのか?」
「上手くいくか、分かりませんが精霊を呼びます」
「そうか、では任せる」
それでは始めよう、眩しくて直視できない程の光をイメージする。
「君の名はルー、さあおいで」 『!』
パッと懐中電灯を点けたかのように、光が突然現れた。
いつもなら返事が返ってくるのだが、何故だか喋ることは出来ないらしい。
「君はルーで良いかな?」 『!、!』
パッパッと一度だけ点滅した、これは肯定なのだろうか、それとも否定なのだろうか?
少し迷って、僕は両手の掌を上に向けて、両腕を前に差し出す。
「君がルーという名で僕に力を貸してくれるなら、こっちの手に乗ってほしい。それが出来ないのなら、今度はこっちに乗ってほしい」
肯定なら左手、否定なら右手に乗ってほしいと、それぞれの手を振りながら説明した。
光はまたパッパッと点滅すると左手の上に乗った、どうやらこの点滅は肯定を示すらしい。
意思疎通に難はあるが、僕の言葉は通じている模様なので問題ないだろう。
「これからよろしくね、ルー」 『!、!』
「それじゃ、早速だけどそこに居る馬の少し上の辺りに移動してもらえるかな?」 『!、!』
「そう、そこだ。僕たちはこれから歩いて進んでいくから、馬の頭上で辺りを照らしてね」 『!、!』
これはこれで言葉を必要としない分、楽なのかもしれない。
「ダイモンさん、準備完了です」
「これは明るいな、松明は不要になった仕舞っておこう」
「咄嗟の事態に対処するために、一応各自で持っておいた方が良いでしょう」
僕には必要ないんだけどね。
「それもそうだな」
ダイモンさんは腰のベルトにぶら下げた、霞は左手の盾に括り付けている。僕は馬に任せているリュックに差し込んだ。
『なんじゃこやつ喋れんのか』 『!!!!!』
オンディーヌの小馬鹿にしたような言葉に、ルーは素早く何度も点滅を繰り返す、これは怒っているのかも。
「オンディーヌ、そういう言い方はやめなさい」 『すまんのじゃ』 『!、!』
『主や俺たちの意思は通じているのだ、構わないだろ』 『おー』
「ジルヴェストの言う通りだね、問題は無いよ」 『!、!』
「出発するぞ、この先はどんどん暗くなるから警戒を怠るなよ」
「はい、わかりました」
「はーい」
陣形はいつも通り、そこへルーが加わった。
僕たちは森の奥へと進んでいく、ひたすら北を目指して。
ルーが照らしている僕たちの周囲以外は本当に真っ暗だ、先程出発したばかりだというのに夜かと錯覚してしまいそう。
こんな状態だと時間の感覚がさっぱり分からない、昼食を食べ忘れてしまいそうだ。
そんな風に考えていたのは僕だけのようで、霞とダイモンさんは適度に進んだところで休憩を提案してきた。
「よし、昼飯にするぞ」
「ごはん、ごはん、ごーはーんー」
「二人の腹時計は正確なようですね」
「時計か、魔王都に行けばあるのだが高価なものだからな」
どうやら腹時計という概念が無いようで、妙な翻訳がされてしまったようだ。
しかし、時計が存在するというのは朗報だぞ。高価とは云うが、買えるなら買いたい。
流石に僕たち兄妹の全財産で買えないということは無いだろう。
「アキラ、突っ立ってないで早く支度をしろ」
僕は急かされ焚火を起こす、肉の解凍もしなくてはいけない。
スノーマンを呼んで適当なお肉をオンディーヌへ渡してもらった。オンディーヌにはダイモンさんの元に持参してもらうことにしよう。
昼食のメニューはというと、豆とお肉を簡単に煮詰めたものだった。これはどうやら、霞の手によるもののようだ。
中々どうして、斬新な味付けが癖になる程美味しい。肉はステーキばかりだったので、また違った味わいでもって、楽しく昼食を終えることが出来た。
昼食を終えるとまた再び出発するのだが、朝から照らしてばかりのルーに現状を尋ねてみることにする。
「ルー、頑張って照らし続けてもらっているけど、問題ないかい?」 『!、!』
とても分かりにくい態度なのだが、感じとしては平気だとでも答えているように思えた。
問題が無いのであればこのまま進むだけだ。出来るだけ進んで、この真っ暗な状態を抜け出したい。
明日はちゃんと起きられるだろうか? 心配だ。




