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32.長老との交渉-3

「こちらです」

 長老の住居から出て2分程歩いただろうか、またも掘っ立て小屋に辿り着いた。

 中を覗いたが皮を剥ぐ道具だろう、刃物が何本かと木の棒のようなものがあるだけだった。

「間違えました、裏手に回ります」

 これはどういうことだろう、キリエさんが間違えるなんて。そう思っていたのも束の間、裏に回ってみると理由は一目でわかった。


「これは! 確かに大物ですね」

 確かに大物だった、これでは小屋に収まらないだろう。

「ヒュージブルだな、しかしこれ程大きいのは初めて見たぞ」

 ダイモンさんも驚きのようだ。

「やったね! お兄ちゃんたち、お肉お肉お肉」

 霞はテンションが高すぎる。

「昨日の夕方に持ち帰られた魔獣です」

 こんなものどうやって運んだのか、不思議で堪らない。ふと、リエルザ像を思い出してしまったくらいだ。

 何より大きい、先程覗き込んだ小屋よりも大きいのではないだろうか、この牛のような魔獣は。

「これより作業を始める模様です。私たちは角と毛皮があれば十分なので、他はどうぞお持ちください」


「しかし問題が無い訳ではない。まず血抜きが行われていないから、下手をすると臭くて食えんぞ。それにこの大きさだ」

 ダイモンさんが問題を提起する。

 僕たちにはそういうところはよく分からないので、ダイモンさんの言う通りだとすると非常に困ることになる。

「駄目なの? 食べられないの?」

 霞は今にも泣きそうだ。

「大きさに関しては、必要量を確保すれば済む話ですが、肉の臭みはどうしまようか?」

「死んでから一晩経っているからな、もし血が固まってしまっているなら諦めるしかないだろう」

「最悪、豆だけで話を終わらせてしまいましょうか?」

「その方が良いかもしれんな」


「キリエさん、狩りとった時点で血抜きが行われていないようなので、とても食べられると思えないのですが?」

 僕も食肉の話はよく分からないので、ダイモンさんの話をそのまま伝える。

「私たちに肉を食べる習慣がないものでして、申し訳ありません」

 キリエさんも思わせ振りな話をしてしまった以上、申し訳なさが半端ない。ペコペコと頭を下げ捲っている。

「それについては致し方ないでしょう、豆の量を少し増やして対応頂ければ問題ないですよ」

 食べれるかどうか判らない肉より、豆の方が数倍マシだからね。

 それに今から解体するようだが、いつまで掛かるか分かったものじゃない。さっさと諦めて旅を再開させた方が無難だ。

「本当に申し訳ありません。もう一度、長老の元へご足労願えますか」

「案内をお願いします」

 平身低頭なキリエさんを責める必要もない、僕たちは長老の元に戻ることにした。

 途中、駄々を捏ねる霞を宥めるのに苦労したのだが…。



 長老の住居へ着くと、見張りも慣れたものですんなり中へ通してくれた。

 キリエさんは長老へ耳打ちし、報告を済ませているようだった。

「私共の知識不足で、大変申し訳ありませんでした」

 長老キールさんがまたしても頭を下げてくる、もう十分なんだけどね。

「そのことについては、仕方のないことです。それで豆を少し増やしていただくことは可能ですか? 乾燥したものでなくとも、生豆でも結構なので」

「それは有り難いですな、生豆でしたら幾らか融通できます。直ぐに手配させます、キリエ頼むぞ」

 僕たちとしては乾燥豆より、生豆の方が有難いのだ。何せ、調理が楽だから。

 キリエさんは頷くと住居を去って行った。


「こちらをご確認ください、乾燥した豆ですな。布袋に2袋分用意いたしました」

 長老は中を開いて見せてくれ、ダイモンさんが確認している。

『妾も確認した、問題は無いぞよ』

 オンディーヌが僕に向けて囁いた。

「そうか、わかった。ありがとう」

 話が上手くいっているので、混ぜ返さないように気でも使ったのだろうか?


 暫くしてキリエさんが戻って来た、後ろには革袋を担いだ男性がいる。男性は長老の前に革袋を降ろすと去って行った。

 乾燥豆を入れた布袋の1.5倍はありそうな革袋一杯に生豆が詰め込まれている。

「こちらで足りますでしょうか?」

「ええ、十分です。ありがとうございます」

 キリエさんの質問に僕は回答した。

 長老は何かを考えていたようだが、口を開く。

「そろそろお昼ですので、お食事の後に出発なされれば宜しいでしょう」

「え、あ、もうそんな時間ですか、どうしますか?」

「お言葉に甘えようではないか、直ぐに昼食では意味がないからな」

「わかりました。では長老、お言葉に余させていただきます」

 昼食の準備は既に手配していたらしく、もう暫くすれば届けられるのだという。


「一つ、お願いがありまして、これを魔王様にお渡し願えないかと」

 長老は懐から封筒を取り出すと、僕へと差し出してきた。

 僕たちは魔王都へは行くけど、魔王様に会う為じゃない、会えるとも思えない。

「ちょっと待ってください。僕たちは魔王様に会えるような立場でもありませんし、そもそも魔王都へ行くというだけですよ」

 困ったな、困った時はダイモンさんだ。


「ダイモンさん、魔王様宛ての手紙を託されそうなのですが」

「受け取っておけ、お前たちならいずれ謁見の機会があるやもしれん。それに領主に貰った便利な手紙もあるだろう?」

「どう考えても面倒ごとじゃないですか」

「良いじゃない受け取ってあげなよ。なんだかんだでお世話になったんだし」

「霞、意味わかってるのか? 簡単な話じゃないんだぞ」

 物凄く面倒なことになりそうだから、正直嫌なんだけど。

「わかった、貴重品は私の担当だからね。長老さん、私が責任をもって受け取ります」

 お前責任とか言いながら、最終的に僕に丸投げする気だろ!

「アキラもカスミには勝てないな」

「くっ」

 諦めよう、霞は言い出したら聞かない。しかも丸投げされるのはことは大前提だ。

 ただでさえ面倒な魔王都行きが、一段とハードルの高いものに変わった気がする。


 霞の手にある、封蝋の施された手紙を見つつ尋ねる。

「これはどのような手紙なのですか?」

 長老は少し考えるような仕草をしたが、話し始める。

「これは我々がこの森に住んでいるという意思表明です。出来るのならば、穏便に庇護下に加わりたいという旨を記してあります」

「代表者を出して、謁見されるというのは駄目なのですか?」

 なんとか面倒ごとを回避できないかと僕は頑張る。

「我々にはこの大陸に頼れる伝手がありません。ですから、あなた方にお願いしたいのです」

 こう言われると断れないな、これは…。

「わかりました、正式にお引き受けします。出来る限り手は尽くしますが、上手くいくとは答えられませんよ?」

 この人たちは、僕や霞と同じなのだ。ならばこそ、手を貸さなければならないだろう。

「ご尽力いただけるだけで十分です。よろしくお願いします」

 長老は涙を浮かべたまま、頭を深く下げた。涙が床に零れた気がした。


「どうしたの? お兄ちゃん」

「この人たちは、僕や霞と同じような立場なんだよ」

「ふ~ん」

「アキラ、見直したぞ」

 その言い回しだと見直されなければ、どういうことだったの?

『俺も手助けしてやるぞ、主』 『妾もじゃ』 『シュケーもだよ』

 ちょっと待って精霊に慰められるって、どういうこと?

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