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30.長老との交渉-1

『主様、朝じゃぞ目を覚ますのじゃ』

「もう朝か? 全然寝足りないんだけど」

 眠気眼を擦りながら窓の外に目を向けた。

「オンディーヌ、まだ外は真っ暗じゃないか!」

『エルフ共は動き出しておるからの、起こした方が良いかと思ったのじゃ』

 なんてこった、かなり朝早く起こされてしまった、折角ゆっくり眠れると思っていたのに。

「仕方ないな、僕はもう少し眠るから警備を頼むよ」

『わかったのじゃ』

 オンディーヌは気落ちしたような声で返事をした。



「お兄ちゃん、早く起きて、朝ごはん持ってきてくれたよ」

「うんん? さっき寝たばかりなんだよ」

「何寝ぼけているの、早く起きなさい!」

 霞が僕の入っている寝袋を乱暴に転がす。お前は知らないだろうけど、早朝に起こされているんだよ?


「アキラ早く起きろ! 飯が冷めてしまう」

「そうだよ、お腹減ってるんだから」

「わかったよ、今起きるってば」

 お盆に載った食事を持ったまま棒立ちしている女性が3名待機していた、急がなければ。

 僕が寝袋から抜け出ると、食事の載ったお盆を床に置き女性たちは立ち去って行った。


「オンディーヌ、顔を洗って」 『任せるのじゃ』

 オンディーヌに頼むと僕の顔目掛けて水玉が飛んでくる、水玉には円を描くような水流があり顔を洗いあげてくれた。

 リュックから手拭いを取り出し顔を拭う、口を開くと今度はうがい用に水を放り込んでくれる、クチュクチュしてから窓をあけてペッと吐き出した。

 オンディーヌはもう朝には欠かせない存在だ。

「アキラ、精霊を便利に使い過ぎじゃないのか?」

「そうですかね? 二人も準備してください。オンディーヌ2人分追加」

『任せるのじゃ』

 ダイモンさんと霞の顔目掛けて水玉が飛んで行った。

「あ~さっぱりしたー、ありがとうオンディーヌちゃん」

 霞が礼を言いダイモンさんはお辞儀をする、一連の流れが旅の間の習慣になっている。

 顔を洗い終え、朝食を摂る。今朝も豆とキノコの料理ばかりだ、パンもどきのナンのようなものがついてきた。


 朝食食べ終えまったりとしていると、キリエさんが入って来た。

「おはようございます」

 特に親しい訳でもないので、会釈だけで返した。さて、どういったご用向きだろうか?

「長老の方からお客様をお呼びするようにとのことで、お迎えに参上いたしました」

「ダイモンさん、長老と話が出来るようです」

「そうか、わかった」

「こちらは問題ありません。案内して頂けますか?」

 ダイモンさんに報告してから返事をした。

「はい、それではご案内いたします」

 僕たち3人と精霊3体は、キリエさんの後に付いて行く。

『主、俺が脅して話を終わらせてやるぞ?』

「駄目だよ、なるべく穏便に済ませようと思っているんだから」

『シュケー戦いもできるよー』

「だから駄目だってば」

『妾も必要ならいつでもやれるぞよ』

「いや必要じゃないから、お前たちは大人しくしていてね」

 全くひとの話を聞かない精霊たちだ。会話が聞こえているのか、キリエさんは肩をビクつかせていた。

「あそこの建物が長老の住居となっています」

 どれも自然の中にある掘っ立て小屋といった感じなので、立派なのかどうか見分けがつかない。


 長老の住居の前には見張りらしき見た目の若いエルフが立っている、キリエさんが話すると扉を開けてくれた。

「どうぞ、こちらへ」

 彼女の案内により僕たちは建物の中へと入ることにした。

 中に入ると、人間であれば僕の両親くらいの容姿をした人物が迎えてくれた。

「ようこそいらっしゃいました、お客人」

 笑顔なので歓迎はされているようだ、今回も霞はダイモンへ通訳をしてくれている。

 僕はまた交渉役でいいのだろうか、それにしてもどう話を切り込むか分からないな。

 僕が迷っていると、キリエさんが長老に耳打ちをしていた。

「私は、キールと申します。この集落の長老を務めています」

 なんだろう? 長老キールさんは若干焦っているように見受けられる。

 これはさっきの耳打ちの効果なのかもしれない、ならば精霊から話をさせるのもアリかも。

「僕はアキラといいます、今回の交渉役と考えてください」

 勝手に交渉役を名乗ったが、霞は元よりダイモンさんにも異論は無さそうだ。


「早速で申し訳ないのですが、結界は今すぐ解く訳にはいかないのです」

 何か事情があるのか? それとも強気の交渉姿勢なのか?

「僕たちは魔王都からの召喚に基づき、そちらへ向かっている最中なのです。

 急ぎで向かうように促されている以上、余りに遅ければ先方はこの森を捜索させると思いますよ?」

 こちらも負けずに強気でいってやる、但し他力本願だけど。


「それは非常に困ります。私たちはこの森に越してきて10年程しか経っておりませんが、ずっと隠れ住んでいるのです」

 やはりどこからか引っ越してきたみたいだね。

「それはそちらの都合でしょう?」

「その通りでございます。ただ私も長老と呼ばれてはおりますが、若輩ゆえに言葉に耳を貸さない者もおりまして」

 ふ~ん、そういうこと言うのか。

「魔王都から冒険者ギルドの精鋭がこの森に捜索に入っても僕たちは関与出来ませんよ? 何せ誰も知り合いが居ませんからね」

 僕たちを早く解放した方が身の為だと考えてもらいたい、見付かって困るのはそちらだろう。

「なんとか説得します故、2日いえ1日だけでも猶予を与えて頂けないでしょうか?」

 僕は横のダイモンさんの顔を見た、彼が頷くのを確認すると口を開く。

「わかりました。ですが、約束を違えるようならこの子たちに一仕事してもらうことにしますね」

 駄目押しで脅しをもう一個突っ込んでおく。

『主よ、一暴れして良いのだな?』 『シュケーもやるー』

『約束を違えたら? と主様は申したのじゃぞ』

「早とちりするなよ、ジルヴェスト、シュケー。ありがとう、オンディーヌ」

 長老は頭を何回も上下に揺らしている、脅しが利き過ぎてしまったようだ。


「そ、それではお客様は滞在場所にお戻り頂こう」

「お父様、私がご案内いたします。さあ、皆さまこちらからどうぞ」

 あら、長老の娘さんだったのか、可哀そうなことをしたな。

 その後、僕たちは監視付きの家に戻ることとなった。

「あ、あ、あの是が非でも話を通しますので、精霊様の件は穏便にお願いします」

 キリエさんビビリ過ぎだよ、僕がそんなことする訳ないじゃないか。やるとしたら、ジルヴェストが勝手にやるんだよ。

「それはそちらの出方次第ですかね?」

 デニス爺ならもっと上手い交渉が出来たかもしれないが、僕には脅し一辺倒が関の山だ。

「急ぎ戻って話し合いをしてきます、もう1日お待ち頂けますようお願いします」

 キリエさんは足早に戻って行った。



「アキラ、ちょっと脅しすぎなんじゃないのか?」

「怯えてたよ、あの人たち」

「僕も実際やり過ぎだと思ったのですが、引くに引けなくて」

「それでもアキラのお陰で交渉は上手くいったな」

「流石はお兄ちゃんだよね」

「はぁぁぁ、気を張っていたから疲れちゃったよ」


『主様はお疲れかの、妾がウォーターベッドとやらになってやろうぞ』

「お兄ちゃんズルいよ、私もやってほしい」

『これこれ妹御よ、これは主様にしか出来んからの』

 オンディーヌの水分には謎が多く、触れてても水気が移らないといったことも出来た。なので試しに一度やってみたら、寝心地の良いウォーターベッドが出来上がったのだ。そしてこれは何故か僕にしかやってくれない。

「じゃあお願いしようかな」 『ふふふ、任せるのじゃ』

 オンディーヌが僕を後ろから抱っこしたまま、仰向けに寝そべった。

「ベッドで眠れるなんて久しぶりだ、そういうことで僕はお昼寝します。おやすみなさい」

「アキラ、まだ昼にもなってないぞ」

「ズルいよ、お兄ちゃん!」

 僕は交渉を頑張ったので、早朝の分を取り返すべく惰眠を貪ることにした。

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