23.出発
リグさんは日が暮れてしばらくした後に帰宅された。昨日の晩にも一応街を離れることは告げてあるのだが、もう一度きちんと挨拶したいところだ。
メーシェさんはリグさんの帰宅に合わせて夕食を準備していることだし、食後に話すことにしよう。
食事中は雑談をしながらの賑やかなものだった、そして食後のことである。
「お前たち、明日は早いのだろう? たっぷり眠っておけよ、道中は色々あるだろうからな」
頃合いを見計らってか、リグさんの方から話題を振ってきた。
「朝一番で冒険者ギルドの方へ向かい、恐らくそのまま出発となるでしょうね」
「お兄ちゃんは今日お寝坊だったから、明日も心配だなぁ」
霞に妙な心配をされている、普段自分の方が寝坊助のクセに。
「明日は私たち二人揃って見送りに行くからね」
「領主から許可も下りているからな、俺も見送りに行けるのだ」
リエルザ様が気を利かせてくれたのだろう、有難いことだ。
「お二人には本当にお世話になりました。
僕たちのような右も左も分からない子供に親切にしていただき、本当にありがとうございます」
「何を言うか、俺達夫婦にも今までにない賑やかな生活が訪れて、短い間だが幸福だったとおもう」
リグさんの言葉に涙が零れてしまった。
「そう言って頂けるとこちらとしても有り難いです、この先ここでの生活は僕たちの支えとなるでしょう」
「その言い方だと戻っては来ないつもりなのね?」
この先どうなるか本当にわからないので、確かなことは何も言えない。
「正直な話わかりません。僕たちが生まれ育った場所に帰ることが出来たなら、お二人にお会いすることは出来なくなるでしょう。
しかしそう簡単に帰れるとは考えていませんので、また顔を合わせることもあるかと思います。
今回は急ではありますが、良い機会だと思っています。魔王都でどのような扱いを受けるのか不安ではありますが、帰り道を模索するのも良いかなっと考えています」
魔王都と呼ばれるなら多少の知識は集まっているかもしれない、僕たちの世界に戻る手段ももしかしたら。
「故郷には帰りたいだろうな。無理に戻って来いとは言えないな」
「私達の我儘で戻ってきなさいとは言えませんね。でも、無理をしては駄目よ」
僕にとって二人は、親戚の叔父叔母くらいには思える方たちだ。もう少し良く云えば、この世界での両親と云うべきか。
とても大きな躰をした僕たちの大切な人たちだ。
「そんなに悲しそうな顔をしないでください、ある日ひょっこり顔を出すのも躊躇ってしまいそうです」
冗談で場をなんとかしようと頑張ったけど失敗した気がする、霞なんか泣いてるし。
「ハッハッ、そうだな。落ち込んでいても仕方あるまい、この子達の門出として見送ってやるとしようか」
「そうですね」
リグさんたちも目元が赤い、涙を堪えているように見える。僕も泣いてしまいそうだ。
「二人ともありがとうございました」
霞は泣き顔のままメーシェさんに飛びついた、メーシェさんは余裕をもって受け止めたが泣いてしまったみたいだ。
こうなると僕も涙を堪えるのは無理だった。別れの辛さは今日の涙で流してしまい、明日は笑顔で出発しようと心に決めた。
四人で泣いたり笑ったりしながらも、夜が更けたので休むこととなった。
翌日、僕たちは四人揃って家を出て冒険者ギルドへと来ている。
冒険者ギルドでは朝早くから職員の皆さんが動き回っていた、僕たちの出発の準備をしてくれているようだ。
ダイモンさんが手を振って呼んでいるので近寄ってみると、馬を一頭繋いで飼い葉を与えているところだった。
「「おはようございます」」
「おはよう、馬に荷物を積んでしまうぞ」
僕のリュックは詰まっていてかなり重いので、馬に任せられるなら願ったり叶ったりだ。早速、ダイモンさんへと手渡し馬の腰に載せてもらった。
「ギルドの中に入れ、幹部職員とルートの確認をするぞ」
返事をしてギルドのロビーに足を踏み入れる、そこにはギネスさんとアニタおばちゃんが職員に指示を出す姿があった。
「おはようございます」
「おぅ待ってたぞぉ、早速だがルートの最終確認だぁ」
ギネスさんは壁に貼ってある大陸の地図を棒で指し示す。
「今回は急ぎということで、森を抜けるルートを選択しました」
アニタおばちゃんが説明するようだ。
「森を抜けるんですか?」
僕は質問する。この街ニールから北上すると、かなり大きい森があると地図には示されていた。
「急ぎでなければ、森を迂回する形で近隣の町を馬車で移動できたのだけどね」
アニタおばちゃんは質問に答えてくれた。
「だからこそ森を突っ切って進むルートを選択したんだ、ルート自体は確立されているが人通りはほぼ無い。
オレも幼い頃に親父に連れられて、一度だけ通ったことがあるがよく覚えてはおらん」
ダイモンさんが詳しく教えてくれる。
「しっかりと確認しておけよぉ、森の詳細な地図はこれだぁ失くすなよぉ」
ギネスさんが森の地図をダイモンさんに手渡した。
「森に入ったら北上しつつ目印となる小川を探しなさい、小川はすぐに見つかるはずよ…………」
ダイモンさんはアニタおばちゃんと道程の確認をしている。
「お前たちにはこれだ、本部への書状になる。それとこれは領主から預かった書状だ、これに関しては困ったら使えという話だ」
書状を何通か預かり、霞のポーチの中に入れた。貴重品は霞に持たせることにしたのだ。
「困ったら?」
「あれでも一応領主なのでな、向こうの貴族共に顔が利くのだよ」
あー、うーん、紹介状みたいな感じ?
「ありがとうございます」
よくわからないが便利そうなので、お礼を述べておく。
「あ~あなた達ここに居たのね~」
ミランダさんだ、なんだろう?
「どうかしたんですか?」
「餞別に食料を馬に括り付けておいたから、後で確認してちょうだい。またあとでね」
伝言だけしてどこかへ行ってしまった、食料また増えたの?お馬さん平気かな。
「確認は終わったぞ」
ダイモンさんが宣言し僕たちを手招きした。
「出発だね、おじちゃん」
「オレはまだおじちゃんという歳ではないんだぞ」
「じゃあ、お兄ちゃんたちだね!」
ダイモンさんが霞にやられている。
「よし、最後に挨拶を軽く済ませて出発だ」
「「はい」」
軽く済ませないと、また泣いてしまいそうだ。
冒険者ギルドの建物を出ると、ワッと歓声が上がった、知っている人も知らない人も多くの人が居る。
「おい馬が大変だぞ、誰だこんな積み方したのは」
ダイモンさんの悲鳴が聞こえた。先程ミランダさんがそんなことを言っていたなと見る。
「山になってるよ、お馬さん頑張って」
歓声が上がるほど人が集まっているのに、台無しだった。やり直したい。
一度荷を解き、再び荷を括り付けるという無駄な手間を食った後、もう一度周囲を見回し一礼した。
先日に挨拶は済ませてある、個々の挨拶も必要ないだろうと手を振り出発することにした。
「魔王都に向けて出発だ!」
ダイモンさんの掛け声で再び歓声が上がる。
みんなが見送ってくれている、道中を無事に魔王都に着けることを祈ろう。




