20.カチコチ魔獣の処理
「あれはクインジャガーだな。しかしあれはもっと北の方にいる魔獣のはずだ」
そんな言葉を発したのはリグさんだ。
僕たちはメーシェさんの提案で、昨日討伐した魔獣を見物に来ている。
冒険者ギルドの正面に、横に連結された荷車に載ったクインジャガーという魔獣が置かれている。未だにカチコチだった。
「あの岩の道をどうやって運んできたのか、不思議だね」
霞の言う通りだ、足場の悪いあの道では荷車を引く訳にはいかないだろうな。
「冒険者をかなりの数投入していたようだぞ、何らかのスキル持ちも居たのではないか」
リグさんの説明だ、運ぶだけで大仕事だな。
「それにしても見物人が多いわね、はぐれないように気を付けないとね」
確かに多くの人が集まっている、特徴的なリグさん夫妻なのではぐれることはないだろう。
「おーいたいた。お前たち、すまんが手を貸してくれ」
ダイモンさんが手を振りながらやってきた。
「どうしたんですか?」
「いやなに、この一件は一応領主からの依頼でな、これから練兵場の方に運搬するのだ」
「俺はそんなこと聞いておらんぞ?」
僕とダイモンさんの話にリグさんが介入してきた。
「あ、兵士長は非番なんだろ? ついさっきお達しが来たところなんだよ」
「そうか、なら俺も付いて行って平気だよな」
「構わないだろ。それで兄妹に頼みたいのはだな、あれを解体していのだが硬くてなどうにもならん。
あの岩場も大勢で引き摺ってきたのだが、傷一つ付いちゃいねえし、何とかしてくれねえか?」
不思議に思っていた運搬方法は、原始的なものだったようだ。
ダイモンさんのお願いにどのように対応するか、霞と話し合うことにした。
「霞、どうしたら良いと思う? イフリータだと火が通ってしまいそうだし」
「レンジでチンだよ」
「いや、うん、原理がよくわからないよ。何を呼び出せばいいのかも分からないし」
「ん~、水に浸けるのは? お母さんがよくやってたよ」
「流水で解凍するってやつだな、水だと凍ってしまいそうなんだよな」
「ならお湯にしようよ」
「そうするか、水の精霊って言ったらウンディーネかな?」
「新しい精霊さん呼び出すの? お兄ちゃんまた紹介してね!」
早速ダイモンさんに話そう。
「ダイモンさん、何とかなるかもしれません」
「本当か? 良かったー、では運搬するから付いて来てくれ」
ダイモンさんはそう答えると、荷車の方へ駆けて行った。
その後、荷車の後を追うように通い慣れた練兵場に到着する。
練兵場には、領主であるリエルザ様、冒険者ギルド代表のギネスさんとアニタおばちゃんがいた。それを取り巻くように兵士さんたちが大勢いるっといった具合だ。
「なんだリグまで来たのか、呼んでないぞ」
「興味本位で来ただけですが、兵士長の私に秘密にするなど…」
「久しぶりの休みに手間かけさせるのも何だしな、招集しなかったのだ」
「わかりました」
招集されなかったリグさんが拗ねているようだ。
「これが例の魔獣だな? 何という魔獣か分かるかギネス」
「クインジャガーですね。本来は魔王都の北方に住むと言われる魔獣です」
ギネスさんへの質問だったけど、アニタおばちゃんが答えた。
「何故こんな南に現れたのか疑問だな、魔王都に問い合わせてみるとしよう」
「冒険者ギルドの方でも、何か無いか手配しておきましょう」
ギネスさんは先程から無言なんだけど、喧嘩でもしているのかな?
「それで、これはどうするのだ? 見たところ凍っておるようだが」
「それはこちらの兄妹にお任せすることになりました」
そう答えたのはダイモンさんだ。
「ならは、早くやってくれ」
「それじゃあ、僕がやりますね」
「アキラがやるのか…大丈夫だろうか」
僕は信用が無いな、泣いちゃうぞ。
「お兄ちゃん頑張って」
ありがとう、霞。
僕は群衆から離れて、荷車の方に近づいていく。今日はあくまで見学のつもりだったので、盾を持ってきていない。
水の精霊を頭の中で想像する、可愛らしいというよりも美しいと言った方がいい容姿に。
「さあ、おいでオンディーヌ」 『呼んだかの?』
ゆっくりと空中に水の玉が現れる、その水が渦巻くような形になり一瞬収縮したかと思えばその中心に美しい精霊が顕現した。
「初めましてオンディーヌ」 『初めましてじゃの、主よ。名を感謝するぞ』
オンディーヌはちょっと婆くさい喋り方だ。
『今何か不穏なことを考えたじゃろ?』
バレてる。
「そんなことはないよ。それでお願いなんだけど、アレ解凍することは出来るかな?」
『あの魔獣じゃな、出来るぞ、お任せあれじゃ』
「それじゃお願いね」
オンディーヌが両手を広げると、大きな水の玉が現れカチコチ魔獣を包み空中へ浮き上がる。
大きな水玉の中は規則的に水流が発生しているようだ、カチコチ魔獣の氷が剥がれているのが見て取れる。
『もう一息じゃ』
オンディーヌが一言呟くと水流の勢いが増した。
カチコチ魔獣の表面はすっかり解凍され、水の中で毛並みが動いている。
『ほうら、仕上げじゃ』
その言葉と共に大きな水玉は弾け飛んだ、魔獣は荷車の上に落ちる。水玉はどこへ弾き飛んだのか消えてしまった。
「素晴らしいオンディーヌ」 『そうじゃろう、そうじゃろう』
「よくやってくれた、また何かあれば頼むよ」 『任せよ主、妾は主の精霊ぞ』
オンディーヌは弾けるように消えていった、どこに帰っていったのやら。
「解凍おわりましたよ」
振り返り、見物人の代表たちの元に戻った。ダイモンさんは魔獣の元に駆け寄り、確認しているようだ。
「やれば出来るではないかアキラ」
「僕この前も銅像作りましたよね?」
「そうじゃった、そうじゃった。炎の竜巻が印象的でな、ハッハッハッ」
笑って誤魔化す気だな、リエルザ様。
「悪いなぁアキラ、手を煩わせてしまったぁ、この分は報酬に上乗せするからなぁ」
今日初めて口を利いたギネスさん、元気がない様だ。
そんな大人達を放置して、霞やリグさん夫妻の元に戻った。
「休みの日まで大変ねえ、あなたたちは」
「そうだぞ、たんまり報酬をぶんどってやれよ」
「とても綺麗な精霊さんだったね」
「そう、本当に綺麗だったわね」
霞やリグさん夫妻が労ってくれるだけで僕は満足だ、向こうにいるズルい大人達とは大違いだ。
「解体は見学するの? 余り見たいものでは無いのだけど」
血が飛び散ったりするのだろう、メーシェさんも見たくなさ気だし帰ろうかな。
「僕は少し疲れましたので、帰りましょうか?」
「そうね、そうしましょう。帰って遅めのお昼ご飯にしましょう」
我が意を得たりとメーシェさんは帰ろうと促し始めた。
「お昼ご飯~」
「そうだな、腹も減ったし帰るとするか」
霞とリグさんも同意を示したので、僕たち4人は帰ることにした。




