178.エルフの産声-2
昼食は林の前にバーベキューセットを広げ、イフリータに焼かせた切り餅。それも一個ずつパックに入った市販のヤツ。きっと秀次叔父さんが持ち込み、備蓄してあったものだろう。
しかし、なぜ切り餅なのか? その理由は料理担当のドライさんが霞に捕獲され、一緒にお昼まで遊んでいたから、なのだ。
お昼過ぎにはエルフのお披露目というイベントが控えているために、急ぎ食べられるものを探すとお餅が見つかったというだけのこと。ただ、初めて目にしたお餅にガイアは興奮を隠しきれず、いまだに食事を続けていたりする。黄な粉を塗したり、海苔を巻いたりと様々なバリエーションを今も試行錯誤しながら……。
うん、僕は何も知らない、何も見ていない。お餅の入っていた木箱が空になっていることなんて一切知らない。
「さてと、お前たち。名前を考えたな?」
「カスミちゃんのも、そろそろ出てくるはずなのよね」
バーベキューセットとガイアを放置して、林の中へと再び入って行く。
霞がエルフ核を埋め込んだ樹木から生まれ、洞の中で成長を続けていたエルフの女の子はまるでシュケーのように木の幹を割り、顔から肩に掛けての部分をその表面に浮き出していた。
その姿はドライさんのように紫掛かった肌色ではなく、血管が透けそうなほどに白いというかちょっと青白い肌の色をしていて、髪の毛は若葉色と呼べばよいのか淡い黄緑色をしている。但し、肩から下、鎖骨の辺りから下は未だ幹の中に閉じ込めれた状態にあり、詳しいことは何一つわからない。
「放っておいても動き出すが、霞が名付けて覚醒させてやれ」
「うん」
僕たちと一緒に遠巻きに眺めていた霞が、一歩前へと出る。
霞はその両手を彼女の頬に当てながら、言葉を紡ぐ。
「あなたの名前は『彩霞』ちゃんだよ。今日から私の娘なの、よろしくね」
少しずつ開かれていく瞼、その隙間から覗く瞳は青かった。霞が選んだビー玉、じゃなくてエルフ核はの中心に存在した何かの色が反映されたものなのだろうか?
一度目覚めたはずの『彩霞』なのだが、再び彼女は目を閉じると木の幹の中へと沈むように戻っていってしまう。
「ありゃ?」
「心配無用よ。名付けを終えたことで何かしらの変化が齎されるだけのことなの」
「ドライも元は白い肌の男の子だったんだぞ。今は見る影もないが」
「……」
「次はアキラちゃんの番なんだけど、どうしようかしら、ね?」
僕の方とはシュケーに抱かれている女の子のことだ。その姿はまだ幼さの残る10歳前後の少女のまま。
「成体とは言い難いのよね」
「だが、もう成長は止まっている。全ての責任は了にあるとして、だ。名付けは済ませておいた方が無難だろうな」
「わかりました」
僕はシュケーの傍らに寄り、エルフの女児を渡してもらい、そっと抱きかかえた。
横抱きにしたのでお姫様抱っこのようだが、他意はない。
「君の名前は『フィグ』、僕の新しい妹だ」
白く透き通るような肌の色は彩霞と同様だ。しかし、赤ん坊の頃は色素が薄かったためか銀色だった髪の毛も、今は目が痛くなるほど鮮やかなショッキングピンクに変わっている。『フィグ』という名が届いたのか、うっすらと開かれた瞳はこれまた金色に近く透明感のある黄色をしていた。
『フィグ』の瞼が閉じるのを確認して、シュケーへと預けた。
「なあ、了。どっから『フィグ』って持ってきた?」
「えっ? えーと、前に母さんがスーパーで買ってきた干し無花果の包装にそう書いてあったのを思い出して……」
「俺も人のこと言えた義理じゃねえが、適当だな」
「秀次叔父さんの1,2,3よりはましだと思いますよ?」
「真剣に考えたのは私だけだった。おじさんもお兄ちゃんも酷いね」
「ちゃんと考えたんだよ。考えに考えを重ねて、シュケーの子供に丁度いいと思ったの!」
「まんまじゃねえか……」
この口論はいけない。秀次叔父さんにとっても、僕にとっても痛い腹しかないのだ。霞のヨーローイーちゃんよりはずっとマシだとは思うけど、今回の霞のネーミングには非の打ちどころもなく、勝ち目すらないのだから。
今は、話題を逸らすことを考えなくては!
「で、変化にはどれくらいの時間を必要とするんですか?」
「そうだな……。霞の方は2時間もあれば完了するだろうが、お前の方はわからん」
「ぐぅぅ」
「お兄ちゃん、ぐうの音は出たね」
「……」
「お前が仕出かしたことなんだから、ちゃんと最後まで面倒看ろよな?」
「わかってますよ! 霞よりも素直で可愛い妹だと思えば、苦でも何でもありませんからね」
「うわっ、ひどーい! お兄ちゃん、私、傷ついたんだよ? 慰めて!」
僕はそっぽを向き、霞からも秀次叔父さんからも視線を外す。
毒入りじゃない素直で可愛い妹に、お兄ちゃんと呼んでもらうのだ!




