172.ヴュルワーデ-2
婆ちゃんが下の大地を創り出したことは容易に理解できるが、秀次叔父さんが夜霧の住む森のある大地を拡張した意味が分からない。それにそこには魔族や様々な亜人種が存在するというのに、結界によってまるで外部に逃がさないよう囲い込んでいる今の状態も意味がわからなかった。
「秀次叔父さんはなぜ、夜霧の住む大地を広げたのですか?」
「まて、今は霞の権能の話が先だ」
言われて、そうだったと気が付く。まずは霞の『魔物の女王様』スキルのことが先決だと思いなおす。
「レオの主となる権能は、離れた場所から任意に何かを移動させること。移動させるものは有機無機に関わらず、何でもね。
エルサが配置した大地には既に人間や獣たちが住んでいた。それが他の神々の世界からの贈りモノなのは承知しているわよね?」
「人間という括りは幅広い。この場合、巨人、小人、魔人、竜人、獣人、海人、湖沼人、鬼人、木人、只人の10の種族のことを人間と定義する」
「巨人と魔人と獣人はわかるんだけど、あっ、鬼人もなんとなくわかる。でも他のがわかんない。おじさん、教えて」
「巨人はそれはもう大きい人間でな、早々に他の種族を脅威と認識して山岳地帯に逃げ込んだ。小人はドワーフなどの小さな人間たちで手先が器用なのが特徴だ。魔人はお前らが魔族と呼ぶ連中のこと。竜人は闇の大精霊が人化した姿に酷似し、陸地に住み鱗を持つ種族としてリザードマンも竜人に含まれる。獣人は……わかるな? 海人は海生哺乳類をベースにした獣人と魚人を指す。湖沼人は海人と同様の存在だが淡水や汽水を好む。鬼人は霞の連れている鬼やゴブリンのように、皮膚に覆われた角を頭部に持つ者たち。木人はまずお目に掛かることはないだろうが、ドリアードやトゥレントが代表的だろう。ただ魔物っぽいトゥレントモドキも存在するので注意が必要だ。で、只人とはお前たちのようなというと語弊があるが、要は地球人のようなもんだ」
秀次叔父さんの説明で、人間の定義が凄く幅広いことがわかった。僕たちが亜人と呼ぶ種族までもが曽婆さんたちには人間であるらしい。だが、その説明を聞いている内に疑問が湧いた。
僕たちにとっては馴染み深い種族が登場していない。説明を受けたいずれかの種族に含まれるとも考えにくかった。
「えっと……理解は出来ましたけど。エルフが含まれていない気がするのですが?」
「エルフはちょっと事情が違うのよね。どうするのヒデツグ?」
「婆さんの懸念もわかるが、疑問は解消しておく必要がある。こいつらには知らなければならないことが多すぎるからな」
「そう、じゃあ私から話すわね。
エルフとは11番目にある意図に沿って創られた種族なの。その意図とは神の依り代になること。あなたたちにとっては少し信じ難いことでもあるでしょう。
ドライ、あれを持ってきて頂戴」
ただ依り代と言われても、何が何だかわからない。
その間に秀次叔父さんの傍に控えていたエルフのドライさんがホールを出ていく。曽婆さんは何かを取りに行かせたようだ。
「俺やお前らは神の血縁にあるが肉体がある。まぁ俺は半神らしいから微妙だが……。爺さんや婆さんには確固とした肉体は無いんだ。勿論、それは過去のエルサリオーネにも該当する。
となれば、わかるだろ? 依り代という言葉の意味が、な」
「え? でも、さっきのドライさんや森で会ったエルフさんは? それにおじさんのアジトの近くにもボーっとしたエルフさんが居たよ?」
「ドライは俺が必要に駆られて生み出したエルフの一人だ。お前らがあの森で出会ったエルフはドライともうひとり俺が生み出したエルフの子孫たちにあたる。
また向こうの大地に住む自我の薄いエルフは、過去にエルサリオーネが生み出したエルフたちでもう俺にも爺婆にもどうすることもできない存在なんだ」
とりあえず、ドライさんのことは置いておくとしても。あの森のエルフがドライさんの子孫という意味がわからない。ドライさんはまだ若い青年にしか見えない。
それにもうどうしようもないという、神殿近くに住むエルフのことも気掛かりだ。
「秀次叔父さん、あの森のエルフは十数年前に外の大陸から逃げてきたと言ってました。でも、おかしい。あの小さな大陸は結界で覆われていたはず、外から入るには干渉されない結界だったのですか?」
「いや、あの結界は内外に作用する強力なものだ。あのエルフたちは俺とクロンで結界を一時的に一部開き、そこへ誘導することであの大陸に逃がした。あの地は、本来楽園であるはずのこの世界に存在することさえ不可解な避難所だからな」
『楽園に至る道 ヴュルワーデ』という本の題名を思い出す。そして秀次叔父さんの言葉『本来楽園であるはず』『存在することさえ不可解な避難所』。それが意味するところは今現在、この世界は楽園でも何でもないということだろうか? いや、流石に穿ちすぎな気もするけど。
「お待たせしました、エレオノーラ様」
丁度そこへ、何かを取りに行ったドライさんが戻ってきた。




