170.爺婆
「よーし、今から爺婆の元に向かう。
先方に着いたら、たぶん、恐らく、間違いなく、了と霞は驚くことになるだろう。なので、驚くであろうを覚悟しておくように。それじゃ頼むわ、クロン」
「我は息災であると伝えよ。では送ろうぞ」
秀次叔父さんの号令で部屋の中央に固まると、時の精霊クロンが魔法を発動する。
部屋の床に広がる魔法陣は今までに見たことのない形式で、らせんを描くかのように回転している。その中心部に居る僕たちを取り囲むかのように変形すると、辺りの景色が一変した。
「無事、着いたな。ここはまた上空だが、地図でいえば右のページにあたる」
「ということは、あの大きい大陸の空の上ということですか?」
「そうだ。で、目指すはあそこだ」
「おじさんの神殿のある大地は草も碌に生えていないのに、こっちはお花もたくさん咲いてて綺麗だね」
秀次叔父さんの神殿がある大地はもう酷いもので、荒野と呼んだ方が良いもんな。それに比べるとこちらは緑豊かな大地で、僕たちが最初に目覚めたニール傍の草原のような景色であった。
「あ、ああ。向こうはドワーフの住処をそのまま流用しているから、仕方ねえんだよ。俺だって好きで、あんな寂れた土地に神殿を移したわけじゃねえんだ」
「神殿は移設したのなら、元はどこにあったんです?」
「元々はここにあったんだが、事情があって移すことなってな。つか、あの本を読んでおけばわかる話なんだぞ?」
うっ。墓穴を掘ったらしい。秀次叔父さんは何かにつけて、あの本を読めという。それほどの何かがあるのだろうが、辞書をじっくりと読むというのは気が引けるのだ。
「おじさんもお兄ちゃんも行くよ。ここでお話しててもしょうがないでしょ」
「ほら、了。行くぞ」
「はい」
霞に仕切られるというのはなんて言うか納得がいかない。
秀次叔父さんの示した目指す先には、白地に黄色で縁取りされたような可愛らしいお城が建っている。曽爺さんと曽婆さんの住んでいるお城ということで良いんだよね?
「お待ちしておりました、ヒデツグ様」
「ドライ、お前ここに居たのか?」
「ええ、昨日に突如呼び出されましてね」
城の門扉の外側で出迎えてくれたのは肌の色が青紫色をした、たぶんエルフだと思われる耳の尖った短髪の男性。秀次叔父さんは『ドライ』と呼んでいるので、たぶんそれが名前なのだろう。
「こちらが噂の?」
「ああ、俺の甥と姪だ。で、あれは?」
「ええ、かなりそわそわと落ち着かないようです」
「まあ、いい。中に入ろう」
出発前に驚くことを覚悟しておくよう言われているのだが、今のところそのようなものは何もない。ということは、ここから先に驚くべきものがあるのだろう。
「おーい、ババア来たぞー」
門扉を潜り抜け、城のエントランスも通り抜け、少し広めのホールらしき部屋に入る。そこには椅子に腰かけた一人のご婦人が存在した。
「待ってたのよ、ヒデ。この子たちね、エルサの孫というのは?」
「慌てるな、いいから落ち着け。こいつらに驚く時間をやれよ」
驚愕した。普通の驚きというものとは隔絶した驚きがそこにはあった。
女性は曽婆さんなのだろう。秀次叔父さんもそのように呼んでいるから間違いはないはず。ただ、その女性はとても若い。見た目だけなら母よりも若く見える。
そして一番驚くべきことは、一応人間らしい形をしてはいるのだけども、腕が両肩からもう2本ずつ生えていることだろうか。夜霧の最初の人化やモーのような亜人でも基本は人間を模していて角や尻尾があろうとも、牛の頭が生えていようとも、腕が6本も生えているという人の形として逸脱していることはなかったからだ。
母に似た若く綺麗な女性に腕が6本も生えているという、ある種悪夢のような光景なのだ。
横を見れば、勿論その驚きが僕だけのものではなかったことがわかる。霞も同様なのか目を真ん丸に見開き、それでもキラキラとした瞳で曽婆さんの姿を見ていた。
「あ、あの。小西 了です。初めまして、曽お婆様」
「妹の霞です。初めまして」
「丁寧なごあいさつをありがとう。私たちはエレオノーラであり、レオノールよ。
今は私の時間だから、エレオノーラでいいわ」
「「?」」
曽婆さんが何を言っているのか、さっぱり意味が分からない。もしかすると名前が複数あるとか……そういうことなのだろうか?
「婆さん、その説明ではわからねえよ、普通」
「曽お婆ちゃんもおじさんも、わかるように説明して」
「ヒデに最初にあった時と同じなのね。それじゃ説明するわよ。
私エレオノーラと夫のレオノールは同じ体を使っているの。この世界は疑似的なものだけど、お日様の出ている時間帯は私が。お日様が沈むと夫が体の支配権を得るの。支配権のない間も勿論意識はあるわ。だから、挨拶では二人名乗ったのよ」
「曽お婆ちゃんなのにお母さんより若くて綺麗なの」
「それはクソババアの両親だから、神様ってことが免罪符になるだろうぜ」
「なるほど」
若干、人の形と異なることとその若作り加減は、神様ということで片付けられてしまうらしい。いや、まあ、実際にそうなのだろうけど。
「それで、僕たちが呼ばれた理由というのは?」
「それは私たちがあなたたちに会いたかったからよ」
「それだけですか?」
「ええ、それだけね。マサユキさんも大変よね、あの娘はアレだから」
仮にも自分の娘をアレと呼ぶ親もある意味凄い。ちなみに正行とは爺ちゃんの名前。
「婆さんに会わせる前に簡単な知識だけでも叩き込もうとしたんだが、こいつら遊びが先行して本の中身を読んでねえんだ。だから、爺婆から適当に話を聞かせてやってほしい」
「まぁ、そうなるわよね。あの本、読むのは退屈だもの。いいわ、私たちで幾つか話しておきましょう」
「こいつら、数日置いておくから、俺だけでも送ってもらえねえかな?」
「あなたも久しぶりなんだから残りなさいよ」
「あぁ、はいはい、わかりました」
今日から数日ここでお世話になることが決定した。僕たちを置いて帰ろうとしたした秀次叔父さんも巻き込まれながら。




