169.帰ってきた、おじさん
翌日の早朝に、秀次叔父さんとリリンさんは空の神殿へと戻ってきた。
「お前ら、俺の話をちゃんと聞いていたのか?」
「地図も一応、本だよ。おじさん?」
「俺は中身を読めと言ったんだ! それが何故、地図で遊ぶことに繋がる?」
「いや、あの……その、ごめんなさい。すっかり忘れてました」
すっかり地図の機能を使うことに熱中し、本の中身に目を通すことを忘れていた。その上、見つけたお米と納豆に夢中になったことは言うまでもない事実。
秀次叔父さんが怒る理由も十分に理解できるというもの。
「お兄ちゃん、謝る必要なんてないよ! だって中身チラっとだけ見たけど、これ辞書だよ? 普通、読むような本じゃないもん」
「……確かに辞書だが、索引を用いれば良いだろ? クロンだって居るんだから」
「そう怒るでない、ヒデツグ。我が索引でもあることをこの子たちは知らぬのだ。
それはお主の説明責任でもある」
「ちっ。爺婆との待ち合わせは今日なんだぞ? 少なくとも知識としては詰め込んでおくべき事柄だというのに……」
爺婆と聞こえたが、つい先日婆ちゃんとは会っている。それも秀次叔父さんと婆ちゃんは仲が良くないはず。
「爺婆?」
「あ? ああ、お前たちから見れば、曽爺さんと曽婆さんになる。エルサリオーネの両親なんだが、両親と呼んでいいのか? あれは……」
「あのお方について、お主たちの感覚では何かと微妙であろうな」
「あれと会う約束が今日なんだよ。だからお前たちには姉貴たちの行動くらいは知っておいてほしかったんだが。仕方ねえか」
一体、母さんはこの世界で何をしたのだろうか? 秀次叔父さんが自身の口から語りたくもないような、そんな大それたことをしたとでも?
母さんは婆ちゃんとは違い、浮世離れした価値観を持つようなこともなく、至って現実的な性格をしている。少なくとも、僕の記憶ではそうだ。
「ドラゴンに乗るという稀な経験ができたかと思えば、空に浮かぶ大地と神殿に招かれるとは驚きなのだが。しかし、いざ到着してみれば放置されるだけとは」
「うるせえ、お前は隅っこに引っ込んでろ! 今は家族の話し合いなんだ」
「秀次叔父さん、その人は?」
「どっかで見たことがある気がするよ? お兄ちゃん」
「これは随分な御挨拶だな、アキラにカスミよ。私だ、ペトラだ」
「「はぁ?」」
珍しくも霞と同時に頭の上に疑問符が浮かぶかのような声をあげてしまった。
アイザック村の観察途中でペトラさんはリリンさんの背に乗り、秀次叔父さんと共に空へと舞いあがったのを確認している。ただ、今僕たちの目の前に居るペトラさんを名乗る女性の姿と、僕たちが知っているペトラさんの姿とでは大きな違いがあったのだ。
「話の腰を折りやがって、まったく。
こいつはな、母親と同じ年代の姿を嫌うんだ。母親と並ぶと親子ではなく、しまいに見られるからな。だから敢えて、普段は子供の姿に化けているんだよ」
「連行される途中の結界で術を解かれてな、戻されてしまった」
「もうひとつ、付け加えると。こいつはヴァンパイアなんかじゃねえ、俺やお前らと同じ地球人だ。ただ生活していた時代が少し違うだけのな」
「何をいうか? 父母は確かに地球人だが、私はヴァンパイアでもある」
「あの、秀次叔父さん、意味がわからないんですが」
「だからこそ、その本の中身を読んでほしかったんだよ」
「それを言い出すと堂々巡りだよ? おじさん」
「少しも悪びれずによく言うな、霞」
「えへへ」
ごめんなさい、秀次おじさん。最近の霞は平気で毒を吐くんです!
「分かり易く説明すると、だ。こいつは俺たちからすれば未来人にあたる。んで、ちょいと特殊な実験の被験者でな。この世界で保護することになってんだ」
「向こうの神さんとやらが父母を逃がしたとは聞いているよ」
「まあ、そういうことだ」
秀次叔父さんは机の上の本をトントンと指で叩きながら、そう答えたのだった。
要するに詳しい内容はこれを『読め』ということだろう。
でも、おかしいよね? 夜霧がヴァンパイアと区別したというのに。
その疑問もまた本を読むことで解消するのだろうか?
「で、だ。もう説教をしている時間は無い。
了と霞。それに連れてきた精霊たちに、そこの斧も一緒に出掛ける支度を整えろ。
リリンには悪いが、この馬鹿の世話を二日ほど頼みたい。連れてはいけないからな」
「となると、移動は我か?」
「ああ、帰りは爺婆に頼むさ。お前たち、支度が整ったらここへ戻ってこい」
急かされるように宿泊している部屋へと戻ると、昨日追加されたことで多少重くなった荷物を持った。何も全部持って行かなくても良いだろうけど、準備というならこの荷物くらいしかないのだ。
「お米も持っていく?」
「いや、食料は最初に持ち込んだ分だけにしよう。というか、必要か?」
「何が要るか、わかんないもん」




