17.デニス爺の実力
今日は一人でデニス爺の店に来ている、霞はメーシェさんに首根っこを掴まれ庭の草毟りへと連行された。
先日お皿を購入したばかりなのに何故ここに居るのかといえば、商談に訪れているのだリエルザ様が。
僕は一応リエルザ像の報酬の交渉に来ているのだが、正確には仲介役として呼び出されたのである。
自分で言うのも何だけど、僕は商談そのものには何の役にも立たないだろう。
そもそも金銭に関わる専門的な知識もない上、主婦みたいに食材の買付に奔走することもない。だから、今の段階では露天の軽食程度に使う額しか金銭感覚が身に付いていないのだ。
「おはようございます、もう始まっているのですか?」
「遅かったのうボウズ、領主は見学して待っておるぞ」
デニス爺はニヤニヤしている、嬉しそうだ。
「それは申し訳ないです」
「これ以上待たせるのも何じゃ、商談を始めるかの」
僕は全く遅れたつもりは無いのだけど…。
「おはようございます、リエルザ様。お待たせしてしまったようで申し訳ありません」
「ああ、おはよう、アキラ。私が早くに着き過ぎてしまったのだ気にするな」
「商談を始めるそうですよ、奥でデニス爺がお茶の準備をしています、行きましょう」
「愉しみだな、ここの商品はかなり良質のようだからな」
店舗と工房の間にある休憩室のような場所に向かう、今日のリエルザ様は執事さんを侍らせている。
「安い茶で申し訳ないが我慢してくれ」
これは微妙な社交辞令だ、反応に困る。
「遠慮なくいただこう、先に銅像の報酬を決めたいのだが良いかな?」
「構いませぬよ、ボウズのお手並み拝見じゃの」
デニス爺の目が光った。
「そんなに期待されても困りますが、そうですね
リエルザ様の提示額を先に示していただきたいのですが?どうでしょう」
僕の場合は交渉などどいうものではない、貰いすぎるのを防ぐだけだ。
「デニスはあの大きさで500支払ったと聞いている、ならば私は3倍の1,500を提示する」
なんでそうなる?材料費はそちら持ちなのだから、計算方法がおかしいでしょう?
「払い過ぎです! 材料はリエルザ様が用意なさったではありませんか、技術料だけで十分です。
それにギネスさんに頂いた謝礼もはっきり言って多すぎます。ですから、550でお願いします」
たぶんリエルザ様は盛ってくる気がする、控えめにいこう。
「何を言うか! ギネスの像の優に3倍はある大きさなのだぞ、技術料とてその程度で収まるはずがないであろう!」
ほら、きた。僕はチラっと執事さんを見たが、納得したように頷いている。
「まあ、そう熱くなるでない。こういうのはどうじゃ?
こやつら兄妹で仕事を受けたのじゃろ?ならば、一人頭500とすれば良かろう」
どういうつもりだデニス爺、単純にリエルザ様についたように思えないな。
「ではこうするとしよう。アキラに500、カスミに500、これで良かろう?
私には領主としての面子があるのだ、これで頷いてもらうしかない」
当初の提示額から500下がったけど、貰いすぎなのは変わらない。霞なんてモデルしかしてないぞ。
それに僕は必要以上の金銭を与えられることによって、良いように使い廻されることを危惧している。出来る限り金額は抑えたいんだ。
デニス爺の魂胆が少し見えた、ここで僕がゴネてリエルザ様の気分を害することを恐れたんだ、してやられた。
「面子の問題を前面に出されれば、何も言えませんよ。それでお願いします」
今回の取引に裏がないことを祈ろう。
「報酬は本日リグに持たせて帰らせるとしよう。それでは、本題に入るとしようか店主よ」
「そうじゃの、お手柔らかに頼むぞい」
「今度は僕がお手並みを拝見しましょうか」
さて、どうなることやら?
デニス爺は何やかんやと商品をどんどん売り付けていく、それはもう笑ってしまうくらいにだ。
「店主よ、そこはもう少し何とかならんか? 数が必要なのだ、もう少し安くならんか?」
デニス爺のアクションはいちいち大きい、これは態と見せている?ということは、皿を購入した時も…吹っ掛けられたのか!
デニス爺は普段偏屈な老人を装っているが、実はやり手の商人だったようだ。
尚も交渉は続いている、お皿の話に入った。
「店主よこの盾は量産出来んのか?」
「無理じゃな、元々がこの兄妹専用じゃし材料が希少じゃ。作成の手順は簡略化出来んでもないが、やはり材料だの」
「何が必要なのだ?こちらで手配しよう」
デニス爺が更に笑みを深め、白い歯が覗いた。
「魔法金属じゃ、儂は魔王都から仕入れておるの。じゃが元々が希少な上、高価じゃからのう」
リエルザ様は「魔法金属…」と呟いては執事さんと話し合っている、しかし表情は暗い。
「すまぬ、魔法金属に関しては伝手がない。精鋭に持たせる分だけでも作ってもらえぬだろうか?」
「承ったのじゃ、在庫から考えて出来て10といったところかの。これに関しては一切負けられんからの」
「数が10…、価格は如何ほどか?」
「1つにつき80ゴールドじゃな」
うわー凄いボッタクリだ、それにしても上手い?交渉術だな。僕たちの時は10ゴールドだったのに。
「かなり高価なのだな…、しかしあの性能なのだ、致し方ないか?どうだ」
リエルザ様は再び執事さんと相談している。騙されてるよ!リエルザ様。
「店主、それで頼む」
リエルザ様は苦い表情をしたまま言葉を口にした。
「店主よ、本日はとても良い取引が出来たと思っておる。是非期待に応えてもらいたい」
何かを諦めたような表情の主従が一組立っていた。
「儂もとても良い商談が出来たのじゃ、これもボウズのお陰じゃの」
終わってみれば、デニス爺には珍しい好々爺のような笑顔だ。ホクホクだ。
「僕はいい勉強になりました、ありがとうございます」
詐欺みたいな交渉の腕前を見せられたのだ、こう答えるしかない。実際勉強にはなったからね。
その後、リエルザ様と執事さんは馬車で帰って行った。
僕とデニス爺は先程まで交渉していた休憩室にいる。
「それにしたってボッタクリ過ぎじゃないの?領主様相手に大丈夫なの?」
「儂は交渉で勝ったのじゃ、その褒美としてこれだけの儲けが与えられるじゃよ。
所詮面子の問題じゃが交渉に負けて、交渉相手を訴えるようではいい笑いものじゃ。
まあなんじゃ、領主本人じゃ交渉の席についた時点で負けじゃがの」
大人の世界は面子や何やらと大変なんだね、僕はデニス爺に挨拶をして家路についた。




