150.ニールにて-1
冒険者ギルドニール支部のギルドマスターであるギネスさんは、呼びに行ったアニタおばちゃんと共に酒場へとやってきた。
「いよぉ、ボウズ共ぉ。元気そうだなぁ。おーい、適当に酒もってこい」
「何言ってんだい、仕事中だろ? 一杯にしときな」
「……はぁ、まあ元気でやっています」
仕事中だからお酒はダメとは言わないのね。頼む方も頼む方だけど、許す方も許す方だと思うな、僕は。
「それでぇ、今日は何の用だぁ?」
「ただ顔を見に寄っただけなの。でも、アレを見ちゃうと気になるっていうか」
「そうですよ! なんで腕が捩じ切れてるんですか?」
様子を見に来たのは本当のことだけど、そんな些末なことより重要な案件があった。
銅像が何故壊れているのか? 誰がどのようにして壊したのか? そんな疑問が尽きない。
「それなんだけど、聞いとくれよ! この馬鹿がね、ポーズを変えるとか言い出して、首や腕を捻っていたらポキッとね。折れちゃったんだよ。
今では一応、ここのギルドの顔みたいになってしまっているから、見栄えが悪くてね。困っていたのさ。
プラム、私にもエール頂戴な! 思い出したら、腹立ってきてわ」
「そう思えばぁ、ちょうど良いタイミングゥだよなぁ。俺の自腹でぇ金は払うぜぇ、是非とも直してくれぇや」
熊そのもののダイモンさんに比べると可愛くは見えるけど、ギネスさんはそもそもが筋肉お化けだもの。ありえないとは言い切れない、この世界の人間は性能がおかしい。いや、ギネスさんは魔族だったか。
それでも驚くことには変わりなく、僕や霞はもとより、茜など目を真ん丸に見開いている状態なのだから。
「ううむ、さすがは冒険者ギルドかの。規格外がおるの」
「規格外か、確かに」
「お兄ちゃん、どうするの? 修理する?」
「するしかないだろ。今日はこの後、リエルザ様の所に向かう予定なので、明日以降で良いですかね?」
「修理してくれるなら、いつでも構わないよ。ただ忘れないでいてくれたら、それで十分だよ」
いや、忘れはしないだろう。インパクトがありすぎるもの。
ハチさんたちのことをすっかり忘れていた僕だけど、今回のこれはちょっと忘れられそうにない。
それにポーズ云々という話の内容だったから、溶かして作り直すことになりそうなのが気掛かりだ。間違いなく、半日は潰れるだろうから、余裕をもって予定を組まないと。
「今日は到着したばかりで疲れているので、また来ます」
「おぅ、楽しみに待ってるぜぇ!」
「びっくりだよ! ギネスのおじちゃん、力持ちだね」
「僕もびっくりだけど、絶対修理だけで終わらないからな、アレ。
とりあえず、リエルザ様の館に行こう。話聞いてるだけで疲れたし」
懐かしい道のりを皆で歩いていく。大きな町ではないけど、それなりに栄えているので繁華街などは賑わっていた。
「防具屋さんとか、懐かしいね」
「デニス爺の所は明日にしような。あの爺さんも話が長いからさ」
「うん、早く領主のお姉ちゃんの所に行こ。お腹減った」
『ふふふ、ルーめ。こちらにも旨い飯があると知ったら、怒るじゃろうな?』
「オンディーヌ。お前、腹黒くなったな」
『妾のお腹は透き通っておるのじゃ。主様は目が悪いのじゃ』
「オンディーヌよ。ルーは魚介を堪能しておるはずじゃが、の」
『……なんということじゃ。妾も貝を所望するのじゃ!』
何言ってんだ、こいつ。内陸部のニールでは海産物など望むべくもない。流通すらしていないというのに。まあ、ルーの陰口を快く思わないから、夜霧も焚きつけたんだろうけど。
「私もお魚食べたい!」
「そんなこと大声で言ってると、その期待に応えて小骨の多い川魚が出てくるぞ。
僕はアレ、唐揚げだったら好きなんだけど。煮物は勘弁だな」
「あっ、うん、私も唐揚げなら大丈夫だけど、やっぱりお肉が良い!」
まだ道中なので色々と言ってはいるけど、出された食事には文句はつけないよ。だって、失礼だもの。
それに食わず嫌いで終わるには勿体ない、口にしたら美味しいこともしばしばあるのだ。色や形の妙な野菜や果物然り、カラフルで毒々しい色合いの料理然り、と。
「これはお懐かしい。精霊遣い様ではありませぬかな?」
「はい。近くに来たものでリエルザ様にご挨拶をと」
「では、直ちに館に知らせを走らせましょう。少々、お待ちくだされ」
領主館につくと、以前よく見た門番に会うことが出来た。お陰でスムーズにリエルザ様との面会は叶いそう。
「おお、これはこれは。お懐かしゅうございますな。
主人の元へ、即ご案内いたしましょう」
「ありがとうございます」
執事さんも懐かしい顔で、今日もパリッとした糊の利いた服装をしていた。
館に入り、案内されるままに執務室へと向かう。館内の構造も良く覚えている。
執事さんのノックに反応するリエルザ様の声は、以前と何ら変わりがなかった。
書類に集中したままのリエルザ様は、上の空で返事をしたようだ。
「お客様をお連れしました」
「うむ、少々お待ちいただこう。あと少しで片付くのでな」
執務室へと入ったのは僕と夜霧の組み合わせに、霞はモーちゃん連れているだけだ。その他の面子というと、数が多いので宴会場へと詰め込まれている。
先に食事の用意をしていただけるという話だったので、皆喜び勇んで宴会場へと入っていったのだ。夜霧は少々悔しそうにしていたが、僕のお供をしてもらう。
「ほぅ、アキラにカスミではないか! 事前に予定のない面会で何かと思えば」
「お連れ様方には食事を準備しております。暫しご歓談ののち、そちらへと合流なさいませ」
「うむ、ご苦労。下がってよいぞ」
執事さんは部屋に備え付けられた道具で僕らにお茶を入れた後、静かに退室していった。出来る執事、実に格好いい。
「近くに来たものでご挨拶に伺いました。ご無沙汰しております」
「本当はね。お泊りさせてほしいの!」
おい! それはこれから交渉しようと考えていたのに、僕の段取りが台無しじゃないか。
「そうか、そうか。構わぬぞ、客室など有り余っておるからな」
「えっ、いいの? あのね、お姉ちゃん、たくさん居るんだけど」
霞、お前……。あれだけすっぱりと言い切ったのに、ここで渋るのかよ。
まあ、実際にたくさんの連れが居ることに変わりはなく、総勢20名を超える集団なのだ。そこをどう説明しようか。
「魔王都からダイモンがやってきて、お前たちの情報を伝えておるのでな。
以前も確認しておった精霊に、数多くの亜人を引き連れておると聞いておるよ」
「ああ、うん、そうなんだけど、また増えたんだよね。お姉ちゃん、驚くかもしれない」
「増やしたのは、主に霞なんですけどね」
「殿下、その仰り方は……」
「事実だからな」
甘やかしてはいけない。霞が調子に乗るとシャレにならないのだ。
言うべきところはしっかりと抑える必要がある、と僕は最近になって悟ったのだ。




