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121.温泉郷の領主-3

 昼食に用意されたご馳走はアーミラさんの料理とは異なり、色合いや盛り付けまで綺麗に工夫されていた。勿論、味の方も申し分なくとても美味しかった。

 キッチンを借りて作ったコーラモドキと黒いレモンことハーミルは抜群に相性が良く、甘ったるいカラメルの味を引き締めサッパリとした後味に仕上がった。その効果もあり、リリィ様は大層お気に召した様子。


 食後の歓談の際には霞の旅の話もネタ切れを起こし、話題が尽きてしまったようだ。場を繋ごうと必死に日本での話までし始めた霞だが、リリィ様の方が理解できていなかった。

 その様子を見ていたハンナさんの判断により、本日はそこでお開きとなる。

 別れを惜しむリリィ様にお礼の挨拶をした後、僕たちは馬車で宿へと送って頂いた。



 半日以上潰れてしまったけど、本来の予定ダラダラと過ごすことはまだ可能である。昼寝と称しベッドに潜り込む霞を横目に、僕と茜はお風呂へと入った。

 真昼間に入る風呂とはなんと贅沢なものだろう。

 体の力を抜き湯船に大の字に浮かびながら、そんなことを考えてしまう。

 ポカポカと体の芯まで温まると茜をおいて風呂からあがり、コーラモドキを飲みに食堂へと向かう。

 

「お客さんが見えてるよ」

 お客さん? アーミラさんのその言葉に疑問を抱く。

 食堂は宿の規模もあり、それなりの広さがある。扉を開けて入ったばかりの僕の視界には映らなかったが、右を見ては誰も居らず、左を見ると……。

「お邪魔しています」

「な、なんで?」

 そこに居たのは、つい数時間前に別れたはずリリィ様とハンナさん。

 どう考えてもおかしいよ、ちゃんとお別れの挨拶もしたんだよ?

「ちょ、ちょっと、どういうことですか?」

「日を改めてと申しましたのですが、お嬢様が駄々を捏ねまして仕方なく参った次第です」

「このお飲み物はここでなら味わえるとハンナが言ったのでしょう?」

 ああ、大体分かった。コーラモドキが気に入り過ぎたらしいな。

 それにしたってハンナさんは僕たちの帰りの馬車の御者も務めてくれた訳で、更に往復したってことだよね。

 

「まさか領主様にお越し頂けるなんてね。あんたたちのお陰だよ」

 僕たちというか、アレ飲みに来ているだけじゃん。

 しかし困った、これではダラダラ出来ない。それに資料室で読んだ本の復習も兼ねて、ちょっと魔法の練習をしてみようと考えていたのにな。

「私共のことはお構いなく、適当に寛いだら帰りますから」

 そうは言っても、な。


『ペレ、部屋に居るよな? 霞を起こして、食堂に来るように伝えてくれ』

『叔母さんを食堂に向かわせるのね、わかったよ』

 困った時の霞頼みだ、丸投げしてしまえ!

「それじゃ、お言葉に甘えて僕は部屋に戻ります。すぐに妹が来ると思いますので」

「カスミ様とはもっとお話ししたかったので嬉しいです」

 リリィ様にも喜んでもらえているし、霞に任せて正解だな。


 食堂を後にした僕は階段で霞と鉢合わせ。

「あれ? お兄ちゃん」

「霞、後は頼む。お風呂あがりにアレ飲んで良いからな」

「えっ、お風呂? 食堂じゃないの?」

「とりあえず食堂へ行けば分かるよ。一緒にお風呂に入るってのもありかなってね」

 霞は可愛い素振りで首を傾げていたが、僕の用事ではないと理解したらしく階段を下りて行った。あ、いけね、茜忘れてきた。


 部屋に戻ると、明らかにおかしな精霊たちに目がいった。

「お前たち、食い過ぎでまだ動けないのか?」

 ベッドに寝ころんだまま、唸っているのは夜霧とジルヴェスト。

「……う、む」

『俺も腹が重い』

『妹御の真似は心地よいのじゃ』

 要するにゴロゴロしていたいのだな。

「まあ、今日は別にいいさ。好きにしたらいい」

「珍しくご主人様が優しいです」

 心外だな、僕はいつも優しく接しているつもりなんだけどな。


「ガイアは何してんだ?」

『シュケー殿にも養分が必要であるから分けておるのだ』

 ガイアは夜霧に乗っている訳でもないのに、シュケーを寄生させていた。

「シュケーは何だったら、庭に出てもいいぞ」

 庭なら地面は剥き出しだ。シュケーは大人しく、幼少組と違い妙なことを仕出かす恐れもないからね。

『おじちゃんから貰う方がいいの』

 ガイアは随分とシュケーに懐かれている。ジルヴェストが幼少組に好かれているのと同じように。

 その幼少組は、寝転がる人化したジルヴェストにイタズラして遊んでいた。


「父さん、マリンとお風呂に行ってもいいかな?」

「茜が入っているかもしれないから確認してから入ると良い」

「ありがとうございます。行こう、ペレさん」

 ペレは言語理解スキルを持っている。茜やマリンとも会話することが可能で仲良くなったみたいだね。精霊たちと鬼たちの会話となると今までは僕か霞が常に通訳していたけど、ペレの登場でその役目も必要なくなったのかもな。


 皆の確認は済んだので、僕は魔法の基礎という本で読んだ内容の復習を始めることにした。

 魔力の練り方というのは、ルーに教わったことの言葉を変えたもののように思える。だから、ルーの指導の要領で魔力を右手の指先へと延ばしていく。

 魔法の運用の所に書いてあった初歩の魔法を試してみるのだ、指先に炎を灯すだけの簡単な魔法を。

 えーと、魔法はイメージの具現化だったから、炎をイメージする。指を蝋燭に見立てて、その爪の先に炎を灯すように。

 詠唱は具現化の為の暗示に過ぎないのだと、本には記載されていた。リエルザ様やティエリさんのように詠唱をする必要は無いということになる。大事なのはイメージなのだ。


 おっといけない。扱うのが火だから、ベッドに腰掛けたままというのは危ないかもしれない。部屋の中で一番広々とした場所へと移動する。失敗しても物や精霊たちを巻き込まないようにと、一応気を付けておく。

 で、イメージするところからやり直す。

 右手の指を二本立てて、目を瞑る。蝋燭の本体を指、芯を爪と仮定した。

 そこに炎を灯す。魔力は溶けた蝋、それに火を点ける。


――ドォゴオオォォン


 ……爆発した。


「なんですか!」

『主様!』

 僕は状況が飲み込めず混乱している最中、オンディーヌが僕の足元へと滑り込んできた。

『何やってんだよ、主』

 オンディーヌごと僕を宙に浮かせたのはジルヴェスト。

 見上げると天井が無かった。それどころか壁も石で出来たはずの柱も、下を見れば床もない。


『何をしておったのじゃ?』

「領主の屋敷で魔法の本を見つけたから、それを試していたんだ。指に炎を灯す程度の、初歩的な魔法のはずだったんだけどなあ」

 周囲が凄いことになっているのを認識したら、急に落ち着いてしまった。

 元からボロかった建物は、先程の爆発で木っ端微塵だ。

「ご主人様は魔力量が莫大なので、細かい制御は困難を極めるとお教えしたではありませんか?」

「いや~まさか、ここまでとは思わなかったんだよ」

 初歩的な魔法でまさかこんなことになるなんて、ね。


「さっきの音はなんだい?」

「お兄ちゃん!」

 アーミラさんと霞が様子を見に一階の廊下を走っている。足元は二階部分をも破壊し、一階部分まで吹き抜けとなっていた。パラパラと爆発で飛び散ったと思われる木片が雨のように降り注いでいる。

 あっ、アーミラさんが卒倒した。建物の右半分が消失したのだから、当然か。

「お、お兄ちゃん、何したの?」

 一階から見上げた霞が問いかけてくる。

「見ての通り、爆発した」

 勿論反省はしているのだが、事実は事実として伝える必要がある。


 それにしても建物がこんなに破壊されているというのに、僕自身も精霊たちも一切傷付いてはいない。これはどういうことだ?

「なあ、ルー。僕が傷すら負っていないのはなんでだ?」

「それは簡単です。ご主人様の魔力に依る事象ですから、ご自身が傷付くことはありません。またご主人様の魔力を得ている私たちも同様ですね」

「そうか、ありがとう」

 意図していなかったとはいえ、僕の起こした爆発だから僕には被害が無かったと。


「ジルヴェスト、下に降ろしてくれ」

『綺麗に消し飛んだな』

 既に一階へと降りていたガイアたちと合流した。ガイアと夜霧は下りたというより、落ちたようだが。

『主殿、ご無事で何より』

「お兄ちゃん! どうするの、これ?」

「どうするもこうするも弁償するしかないだろ」

 幸い、魔獣討伐でお金はたんまりとある。問題はアーミラさんがどうするかだ。

「凄い大きな音がしたと思えば、これはまた……」

 ハンナさんだ、リリィ様は口を押え言葉もないらしい。

 建物の外、宿の周りにも爆発音を聞いたと思われる野次馬が集まって来ていた。


「風呂と食堂は無事だったんだな?」

「マリンちゃんとペレちゃんがお風呂入ってるけど、のぼせてた茜くんは食堂に居るよ」

「とりあえず、アーミラさんを運ぼう。食堂でいいか、ガイア頼む」

『承知』

 既にシュケーと分離していたガイアにアーミラさんを運んでもらう。

 アーミラさん、目を覚ましたら怒るだろうな……。

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