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120.温泉郷の領主-2

「申し訳ありません。私、一日ほど日程を間違えておりました」

 応接室で待ち構えていたリリィ様の第一声は謝罪だった。

 やはり僕の勘違いではなく、領主側の勘違いであったのだ。


「お嬢様は同年代のお客様がいらっしゃるということで、大変お喜びになられましてね。わざと間違えられたのではないかと疑っております」

「ちょっとハンナ、お客様の前ですよ!」

 この主従の掛け合いは面白い。しかし、ハンナさんの述べた内容は僕たちからすれば迷惑な話である。まあ、それでも許せる範疇の話ではあった。


「同年代と仰りましたけど、僕たちは人間なので魔族の方とは歳の重ね方が異なるのではないですかね?」

 リリィ様は霞と同年代か、若干年下にも見えなくはない。外見だけの話では、だ。

「魔族の成長も人間と変わりはありません。大人になると歳の取り方が緩やかになるだけなのですよ」

 ということは、リリィ様は見た目通りの年齢だということになるのだろう。

 しかしそうすると、僕たちと変らない年齢にも関わらず領主という仕事をしていることに疑問を覚える。事情は察することは出来るが、訊いておかねばならないような気がした。


「まだお若いのに何故領主を?」

「そ、それは……」

 リリィ様は悲しい表情ではなく、気まずいといった表情をしている。

「お嬢様の祖父に当たる先代から、家督を譲り受けたのがお嬢様であるからです。理由は誠に申し上げにくいことなのですが、お嬢様の父君が家督を継ぐ際に失踪してしまわれたことが原因となっております」

「父は何と申しましょうか、遊び人でして……。領主のような責任の伴う職務を嫌い、どこかへ行ってしまわれたのです」

 聞かない方が良かったか? 遊び人という言葉で、僕は母の弟である秀次ひでつぐ叔父さんのことを思い出した。

「この街のどこかで暮らしているとは考えているのですが、未だ発見には至っておりません」

 話を振っておいて何だけど、物凄く気まずい。

「僕の身内にも似たような方が居ます。心中お察しします」

 ごめん、秀次叔父ちゃん。こんな異世界で話のダシにしちゃって。

 僕は叔父さんのことは嫌いではない、霞は蛇蝎だかつの如く嫌っているみたいだけど。父や母も悪い奴ではないのだが、間違っても良い奴ではないのだとよく愚痴を漏らしていたっけ。


 気まずい空気を換えるために、肘で霞に援護を頼む。

「私と同じ歳くらい? 私、十四だけど」

「私は十五なので、私の方がお姉さんですね」

 リリィ様が話に乗って来てくれたので褒めてやろうとしたのだが、霞は納得のいかない表情で握られた拳はふるふると震えていた。

「お嬢様はまだ十二歳ではありませんか? お客様に対し見栄を張りたい気持ちは分かりますが、嘘は駄目です」

「ごめんなさい、嘘を申しました」

 ハンナさんの歯に衣着せぬ物言いで早くも嘘が露呈してしまう。背伸びしたい年頃であろうリリィ様は、しゅんと大人しくなってしまわれた。反対に霞は、納得がいったようで満足気だ。

 それでも気まずい空気は綺麗さっぱりと洗い流されたので、結果オーライである。



 招待を受けたことの本題が何か不明だが、まずは報酬のこと金貨200枚のお礼は必要だろう。

「昨日、冒険者ギルドより報酬を受け取りました。領主様からも過大なる評価を頂きまして、ありがとうございます」

「素晴らしい活躍をなされたのは、あなた方なのです。例には及びませんよ」

 先程までの雑談と打って替わって、リリィ様の態度がガラリと変る。領主としての顔になったと考えるべきか。

「そう仰っていただけると有り難いです。そこで図々しくも一つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」

 どうやって切り出そうかと考えていたのだが、この機を利用させてもらおう。

「事と次第には依りますが、出来るだけ協力しますよ」

 リリィ様の返事は曖昧な表現だが、恐らく大丈夫だろう。

「この街に図書館や資料室などありましたら、その書物などを拝見したいのですが、どうでしょう?」

「トショカンというものは分かりかねますが、資料室であればこの屋敷に存在します。街の歴史等が記されている程度のものですが、それでよろしいのでしょうか?」

 ハズレか? 街の歴史しか記されていないのであれば、魔王都の議事録と変わりがない。

「それでも構いませんので、一度確認させて頂けますでしょうか?」

「では後程、ハンナに案内させましょう」

 こちら側の要求は済んだ、あとはリリィ様の話を聞くとしよう。


「本日お越しいただいたのは、魔獣討伐の慰労と感謝を示すものであります。軍や他の冒険者の方々も大変活躍されたとは思いますが、お二人の功労に見合う者などは居られないでしょう」

「という建前ですね」

 ハンナさんの合の手の入れ方が凄い、絶妙なタイミングだ。

 リリィ様の領主然とした語りが台無しではあるが、ハンナさんの主張が手に取るように分かってしまう。雑談の続きがしたいということだろう。

「ですから、お二人とお連れの方々には本日はこの屋敷でゆっくりと寛いでもらいたいのです」

 僕たちは特に用があって呼ばれたという訳ではなさそう。領主のような仕事をしているのだ、歳の近いものと戯れ息抜き、ガス抜きといったところだろうね。


 霞は既にリリィ様の近くへと寄り、楽しそうに話をしている。リリィ様の相手は霞に任せて、僕は資料を漁りたいのだが流石にそれは早計か……。

「あの、あのお飲み物をこちらで作っていただくことは出来ますでしょうか?」

 今後の方策を考えていた僕の元へ、ハンナさんが質問を投げてくる。

 コーラモドキか、作るのは簡単だけどどうしようか? このまま手持無沙汰でいるよりは何かしていた方が良い。それに作り終えたら、資料室に案内してもらうのも悪くはない。

「少々時間が掛かりますが良いですかね?」

 炭酸を入れる工程に時間が掛かってしまう。ジルヴェストに圧縮してもらっても、一時間はどうしても掛かってしまうのだ。

「昼食にお出しできればと思ったのですが……」

 遅い朝食後すぐ移動したので、今は十時くらいだと仮定できる。量が不明だけど、カラメル作りに三十分としても十分間に合うかな。

「わかりました。ぎりぎり昼食には間に合うと思いますので、キッチンに案内してもらいましょう」

 ジルヴェストとガイアを連れて、ハンナさんの案内でキッチンへと移動する。


「お砂糖とお水、あとは適当な鍋を、そして入れ物として深い鍋を貸してください」

 砂糖は山盛り、水は甕で、カラメルは大量に仕込めそうだ。

 ふと、見ると黒いレモンのような果実が目に入った。色がおかしいのはこの世界ではよくあることだから気にしないけど。

「これ少し、頂いても?」

「ハーミルですか、酸っぱいですよ?」

 酸っぱいのか、一応味をみてみるも確かに酸っぱい。レモンにライムを混ぜてあるような味がした。でも、これ使えるよな。

 その後、コーラモドキの仕込みは無事に完了した。あとは炭酸が上手く入るのを待つだけだ。

「終わりました。手の空いた時間に資料の確認をしてしまいたいのですが、構いませんかね?」

 ハンナさんの無理を聞いたのだ、こちらの無理も押し通してやる。

「はい、ご案内いたします」

 すんなりと僕の要望は通ってしまった。


「この部屋が資料室となっております。どうぞご自由にご覧ください」

 その部屋は応接室から少し離れた所にあった。部屋の大きさは応接室とそう変わらないが、本棚がみっちりと並べられているために結構な量の蔵書が存在していた。

「かなりあるな。お前ら文字読めないんだよな……」

『悪いな』

『ヨギリ殿を呼んで参ろうか?』

「いや、夜霧も字は読めなかったはずだ」

 霞を呼び出したいところだが、リリィ様の相手をしているのでそれは無理。

 一人で片付けるには多すぎるが頑張るしかあるまい。

 魔王城で執った作戦と同様に、背表紙を確認していくことにした。端の棚から確認していくが、どれもこの街の成り立ちや温泉の調査の資料ばかり。

 残り半分まで来て少し休憩を取り、再び確認作業へと戻る。

 一向に僕の求める情報が記載されていると思われるものは現れない。その代わりに面白いものを見つけた、『魔法使いの基礎』と書かれた綺麗な本。

 興味を惹かれ読んでみると魔力の練り方や運用、初歩的な魔法の行使方法も記載されていた。それに依ると魔法はイメージの具現化とされ、豊かな発想が求められるそうだ。

 子供向けの本らしく文字が大きく挿絵もあり、とても読み易かったが内容もそれ相応に薄いものだった。しかし、魔法の基礎というものは理解することが出来たと思う。

 この資料室で得られたのは、僕の一番欲しいものでは無かったが有益な情報は得られた。


「そろそろ昼食となります、一旦応接室の方へとお戻りください」

 魔法の本を読み終えた後は、残りの書物の確認をしていた。ハンナさんが僕を呼びに来た時にはもう全ての背表紙は確認済みだった。

「アレの処置がありますので、僕もキッチンに向かいますよ」

「そうですね、よろしくお願いします」

 ドライアイスは危険物だ、理解している僕が扱わなければならないだろう。

 キッチンに着いてまず行ったのは、ハーミルと呼ばれる黒いレモンの切り分け。櫛切りにしたハーミルの皮と実の間にナイフを入れ、コップの淵に掛かるよう細工を施した。人化した精霊の分も含め、人数分用意しておいた。

 次いで、コーラモドキを試飲。量が多いので少し弱めだが、無事に炭酸は入ったようだ。

 コーラモドキの入った深い鍋を給仕用のワゴンへと載せた。ハンナさんは大皿に盛られた料理を次々と同じようにワゴンへと運んでいる。僕たちだけ応接室に戻ることも出来るけど、ここはお手伝いするとしよう。

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