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119.温泉郷の領主-1

 今日は特に予定もないのでゴロゴロしたり、温泉を楽しんだりしよう。

 そう考えていたのだが……、アーミラさんが閉じた扉の前で問いかけてきた。

「なんか馬車が宿の前に停まったけど、約束でもあったのかい?」

 馬車? おかしい、領主との約束は明日だったはず。

 だからといって無視する訳にもいかず、確認しに表に出ることにした。


 豪華な馬車が二台、宿の入り口付近に停車していた。

 アーミラさんと共に馬車の様子をみる。

「どこの馬車ですかね? 領主との約束は明日のはずなんですけど」

 確かにリリィ様は三日後を指定したはず、僕の日の数え方が間違っているとも思えない。

「明日は領主様と約束しているのかい? それは大変だ、急いで掃除しないと」

「屋敷に招待されているんですよ。ここで会うという約束ではないんですって」

 アーミラさんの勘違いを正していると、馬車の御者らしき人物がこちらへと歩み出てきた。


「領主リリィ・アールタイドの命によりお迎えに参りました。どうぞ、馬車へご搭乗ください」

 御者はメイド服をかっちりと纏った女性であった。丁寧なお辞儀をしてくれているところ申し訳ないのだが、僕には状況が把握しきれていない。

「あの失礼ですが、約束の日は明日ではありませんか?」

 ギギギと軋む音がするかのようにお辞儀から姿勢を戻す、メイドさん。

「お嬢様から本日お迎えに伺うようにとの指示を頂いております」

 僕か領主のどちらかが勘違いをしているということになるのだろうけど、どうしたものか?


「アーミラさん、お茶を淹れてもらえますかね? 今日は何の用事もないとはいえ何の準備もしていませんし、少し時間を稼いでください」

「領主様の所のメイドさんなんて面白いお客さんじゃないか、アーミラお姉さんに任せておきな」

 アーミラさんはまだ一応午前中だというのに、非常にテンションが高い。

 アーミラさんにメイドさんを押し付けた僕は部屋へと戻る。大方、領主の勘違いだと思うのだけど、特に用事の無い僕たちだから今日お邪魔してしまっても問題は無いのだ。そのための支度を整えよう。


 まずは珍しく惰眠を貪っている霞を起こすところからスタートだ。

「ペレ、ちょっとビリっとするくらいの電気で霞を起こしてくれ」

「いいの?」

「お願い」

 精霊たちは人化の有無に関係なく、僕の起床に合わせて動き出している。

 ペレは霞の肩に触れ、電気を軽く流すようだ。

「うわあああああ! はぁはぁはぁ」

「起きたな、霞。領主から迎えの馬車が来ているんだ、予定では明日だったけど今日行くぞ」

 ペレを目覚ましをお願いしたのは成功だ、一発で起き上がったよ。

「ちょっと、お兄ちゃん! びっくりしたんだからね!」

 お冠の霞だが、朝食を食わせればその怒りも冷めることだろう。

「そんなことはどうでも良いから、出掛ける支度をしよう。支度が済んだら朝食だ」

「あ、うん、お腹減った」

 朝食という言葉だけで怒りは消し飛んだらしい。何と現金な妹なのだろうか……。


 支度を終えた僕たちは食堂へと降りて来た。

「お待たせして申し訳ないです。朝食が済み次第、出発しましょう」

「いえ、そのご様子ですと、やはりこちらの勘違いということもあり得ますし、本日はこれで失礼しようかと」

 間違いなく領主側の勘違いだと考えられるのだけど、それは今更だ。

「今日は宿でゆっくり過ごすつもりでしたので、他に用がある訳でもありません。ですから、予定を繰り上げて領主様の招待に応じることにしますね」

「ありがとうございます」

 今日お引き取り願っても、明日同じように迎えに来るのだろう。それなら僕の方が譲歩するのも悪い話ではないと思うんだ。


「お客さんにはあんたのアレを出しておいたよ。気に入って貰えてようだし、良かったじゃないか」

「あっ! コーラ出来てるの? 私も飲みたい!」

「儂もじゃ」

『妾もじゃ』

 ああ、コーラモドキか。昨晩、霞に強請ねだられて仕方なく深い鍋に一杯作っておいたのだった。

「アーミラさん、朝食をお願いします。霞、コーラモドキは一人一杯だからな」

 深い鍋といっても、この世界の物だとそれほど大きくもない。業務用の寸胴鍋でもあれば別なのだが。

 今日の朝食もまたアーミラさんのお手製で、大量に用意されていた。朝食は軽めで良いと前に伝えたような記憶があるのだけど……。


 食事を終えた僕たちは、馬車に乗り込む為に外に出ようとした。

「あの、このお飲み物ですが、お嬢様に持ち帰ることは可能ですか?」

 どうだろう、馬車に揺られることで炭酸が抜けてしまうのではないか? そうしたらただのカラメルを薄めたものでしかない。

「あれはここで飲まれた方が良いでしょうね。あのプチプチシュワシュワしたのが無くなってしまう恐れがあります」

「そうですか、残念です」

「どうしてもというのであれば、僕たちの滞在中に宿にいらしてもらうしかないでしょうね」

 それだけ告げ、移動を開始した。


 綺麗でしかも大きな馬車が二台用意されている。霞はオンディーヌとシュケーに鬼たちを連れて後方の馬車へと乗り込み、僕は残りの精霊たちを連れて前の馬車へと乗った。

「屋敷は街の奥まった場所にありますので、しばらくは馬車の旅となりますことをご了承ください。申し遅れました、私はリリィ様付きのメイドでハンナと申します」

 自己紹介をするには若干遅いのではないだろうか。だが、そんなこと一々指摘するのもな。

 領主の屋敷は馬車の窓からも、御者台に繋がる小さな窓からも視認できないそうだ。余程、奥まった場所にあるのだろう。

 問題は霞の馬車嫌いだけど、オンディーヌを連れて行ったことを考えると心配するだけ無駄なような気もする。


「ここまで高級な馬車というのは初めて乗りました。全く揺れませんね」

 揺れないことは良いのだが、高級感があり過ぎて僕には居心地が悪かったりする。

「そうでしょうね。この馬車は、馬車の揺れが苦手なリリィ様のために作られた特別製ですからね」

 領主は霞と同じように馬車の揺れに弱いのか。それ故に霞も今頃はこの馬車を気に入っているかもしれないな。


 揺れのほぼ感じない馬車に乗ること、体感で一時間余りだろうか。漸く領主の屋敷の門へと辿り着く。

 精霊たちは時間に頓着しないので大人しいものだが、霞はどうなっていることやら。

「このまま馬車で門を潜り、エントランスに乗付けます。もう少々、お待ちください」

 御者台に繋がる小さな窓からは森というか林、木しか見えない。ここから屋敷までもまた距離がありそうだ。


 そこから再び十分程移動した後、馬車は停まった。

 馬車を降りると、そこには領主のリリィ様自らが歓迎のために待っていてくれた。

「ようこそいらっしゃいませ、精霊遣い様。道中は問題ありませんでしたでしょうか?」

「こんなに揺れない馬車に乗ったのは初めてで驚きました」

「ご気分を害されたのでなければ、十分ですね。ハンナ、精霊遣い様ご一行のご案内をお願いね」

「はい、お嬢様」

 日付を間違えているのでは? という質問はあえて控えることにした。僕が言わなくてもハンナさんがそれとなく伝えてくれるだろうからね。


 全員が馬車から降りたことを確認し、ハンナさんの案内で屋敷の中を進む。リリィ様は最初の挨拶をした後、屋敷の中へと入ったのだろう。姿は見えなかった。

「応接室へとご案内します」

 この屋敷はかなり広いように感じる。リエルザ様の屋敷も相当広かったと思うけど、それ以上だ。街の規模は領主の屋敷の大きさにまで比例しているかのようだった。

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