表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
117/186

117.風呂上がりの一杯の為に

「遅くなりました」

「ああ、よかった。あんたたちだけ顔が見えないから、心配したんだよ」

「それは申し訳なかったです。少し用事が出来てしまい、それを片付けていました」

 久方ぶりに宿へと戻った僕たちを迎えてくれたのは、この宿の主であるアーミラさん。霞は何も説明していないのか、僕やルーの心配をしていたらしい。


「妹ちゃんたちが今お風呂だから、入浴は後にするのよね?」

「そうですね。部屋に荷物を置いたら、食堂で少し実験をしたいのですが良いですかね?」

「実験? 何をするのか分からないけど、物を壊したりしないなら良いわよ」

 もう疲れてくたくただから早くお風呂に入って寝たいのだけど、少しだけ試してみたいことがある。ヒルダ大佐に会いに酒場へと行った時に思いついたのだ。


 以前に使っていた部屋へと向かい、荷物を置いた。リュックの中身はだいぶ減り、かなり軽くなったものだ。

「ジルヴェスト、ここに居たんだな」

『なあ、俺も人化ってやつしてみたいんだ』

 何を言い出すかと思えば、ジルヴェストまで人化したいだと? 討伐隊に参加した時に陥った食料危機、それを踏まえると安易に許可は与えられない。

 しかし、今まで頑なに人化しようとしなかったジルヴェストがそれを望むのだ。

「うん、わかった。いいよ」

『主の許可はもらったぜ。あとで婆さんに教えてもらうわ』

 ジルヴェストは性格の割りに律義なんだな。僕の許可など関係なく人化して、なし崩し的に許可を得ることも出来ただろうに。


「夜霧に教わるなら、あいつらが風呂を出た後になる。それまで僕の実験に付き合って欲しいんだけど」

『何するか知らねえがいいぜ』

「それじゃあ、下に行こう。ガイアも」

 温泉に入らず部屋で待機していたのは、ジルヴェストとガイアに茜だけだった。幼少組とシュケーは霞たちと一緒に温泉に入っているのだろうね。


 階段を下りる途中で気付く。

「ルーとペレも霞たちに合流して温泉に入ったらどうだ?」

「父さんの一緒じゃ駄目なのか?」

「私は小さくてお人形のようですし、ご主人様と一緒でもよろしいのではないでしょうか?」

「いやいやいやいや、駄目だよ。もしそんなことを許してみろ、僕が霞や夜霧に怒られるんだからな」

 ルーはよくもまあ自分で人形みたいと言えるものだ。こんなに動いて喋る人形、怖くて押入れの奥にしまっちゃうよ。

「仕方がありませんね。ペレ、お風呂に向かいますよ」

「父さんと一緒は駄目なのかよ」

 おっかなびっくり階段を降りる僕と茜を余所に、精霊たちは宙を歩くように階段を下りて行く。ああ、でもガイアは別かな。僕と茜の後をゆっくりと壊さないよう降りてきているね。


「アーミラさん、お砂糖を少し貰って、竈を借りますね」

「見てても良いかい?」

「ご自由にどうぞ。見ていても解らないと思いますけど」

 ルーとペレは連れ立って温泉へと、お風呂へと向かって行った。ペレが電気を流さないことを祈りつつ、僕はキッチンを借りて実験をする。


「ジルヴェスト、僕が今から竈で火を使うからさ。僕の足元に降りていくであろう空気を集めてもらえるだろうか?」

『よくわからねえけど、やってはみるぜ』

 ミルクパン程度の片手鍋に砂糖と水を入れ加熱する。イフリータではないので、火の加減をするのが難しいな。

「砂糖を焦がしているのかい?」

「まあ、そうですね」

 この世界の砂糖は茶色い。しかも薄い茶色ではなく、濃い茶色。真っ白い砂糖などは望むべくもないのだろう。

 いい感じのカラメルで出来上がったら火から下ろし、更に水を加えた。

 大きなどんぶり一杯分の少し薄いカラメルの出来上がりだ。


「ジルヴェスト、その空気を逃がさずに圧縮できるか?」

 両手の指を開いた状態で合掌しジェスチャーで伝えてみたけど、うまく伝わってくれない。頭の中で空気を圧縮する機械のようなイメージを作り出し、それを伝えてみた。

『できるかもな』

 そもそもがどういう原理で圧縮しているのかすら、僕は知らない。知らないけど圧縮するとドライアイスが出来るのは知っていた。理科で習ったような覚えがある。

 そしてまあ、なんとか、いびつではあるが形にはなったドライアイス。

 密閉できる容器が欲しいけど、この世界にそんなものがあるとは思えないのでガイアに作ってもらおう。

「ガイア、こんな感じの箱を作ってくれないか?」

『承知』

 日本の家で普通に使っていた密閉容器を作ってもらう。材質がどうしても金属に近くなってしまう為、厳密に密閉とは呼べないものが出来上がった。でも、それでいい。

「このカラメルとそのドライアイスを箱の中に入れよう。ジルヴェスト頼む」

 ドライアイスを触る訳にもいかないので、ジルヴェストに箱へと入れてもらった。

 蓋を閉じる。隙間から蒸発した白い二酸化炭素らしき何かが漏れ出しているが、これで良いのだ。

「ジルヴェスト、この状態でもう一度軽くで良いから中の空気を圧縮してもらえるかい?」

『ああ』

 本当はドライアイスと食品を同じ容器に入れてから丸一日くらい掛かるのだと教わったのだけど、風呂上がりに間に合うようしたい。


『もういいのか?』

「うん、これで置いておけば面白い飲み物が出来上がるんだよ。僕たちがお風呂から出る頃には丁度出来ているかもね」

 あくまでも実験なので丼一杯分しか作っていない。成功した場合は奪い合いになりそうだけど、失敗した場合に目も当てられなくなるよりはマシだろう。

「ワクワクするねえ」

「アーミラさん、この箱には触れないで下さいね。とても危険ですから」

 ガイア謹製の箱はほぼ何かの金属でできている、と思われる。それはドライアイスの温度をそのまま伝え、触れると凍傷になってしまうだろうからね。

 一応、邪魔にならないようにキッチンの隅の比較的涼しい場所に置いておいた。


 その後、霞たちが風呂から上がり、食堂へとやって来たのを確認した。

 箱を置いたのはキッチンなので、霞たちに気付かれることは無いだろう。

「あっ、お兄ちゃん。遅かったんだね?」

「まあ、色々とあったからね」

 僕は霞たちと入れ替わりで温泉へと入ることにした。ジルヴェストは早速夜霧に人化を習っている。


『見ろ、主よ。俺にも実体が出来たぜ』

「わかった、わかったってば。どうせだから、温泉にも浸かれよ」

 ガイアとジルヴェストは温泉初体験となる。ジルヴェストは良いとしても、ガイアは温泉で溶けたりしないよな? 掃除するの大変だし、配水管が詰まったりしたら大事だ。

 心配は心配だけに留まり、ガイアもジルヴェストも温泉では何も問題は起こらなかった。

『これが温泉かあ、水に浸かるのがこんなに気持ちの良いものだなんて、な』

『うむ、これもまた良いな。癖になりそうである』

 温泉に感動する二体の精霊は放置して、僕と茜は湯の中で静かに体を伸ばす。

 ああ、極楽、極楽。

 お湯の温度は結構高めなので、茜は元から赤いこともあり、茹蛸となっている。


「兄上の作られたあの水はどのようになるのですか?」

「成功するか解らないから、出来てからのお楽しみだね」

『俺も気になるぜ』

『吾輩もである』

「恐らく上手くいくとは思うんだけど、一杯しか作ってないからさ。この四人とアーミラさんで分けるとしても、少しずつになるだろうね」

 実験に協力してくれたジルヴェストとガイア、設備を貸してくれたアーミラさん、茜は毒見役しておこう。仲間外れは可哀想だからね。

 今回の実験の成果に関してはこの四人プラス一名のみで試飲する。霞たちが文句を言いそうだけど、言わせておくに限る。


「さて、そろそろ出るか」

『食事も楽しみである』

『俺もだぜ?』

 食事に嵌まってしまったガイアとそれに興味を持ってしまったジルヴェスト、碌なことにならない気がしてきた。

「私はまた食事の後に温泉に入ります」

 茜は温泉が気に入ったのだったな。

 精霊も鬼もその個性は豊かなものだね。


「お兄ちゃん、先に食べててごめんね」

「うむ、待っておれんかったのでの」

『すまぬのじゃ、主様』

 少しくらい待っていてくれても良いと思うな、僕は。

「そうか、残念だよ。お前たちがそういうつもりなら、僕にも考えがある」

 本当は食事の後にこっそりと飲むつもりだったのだが、アレを試してみよう。見せつけてやるのだ!


「ガイア、箱を持って来てくれ」

『承知』

「アーミラさん、コップを五つお借りします」

「好きに使いな」

 丼一杯分と言っても1リットルはあると思う。五人で分けても十分に足りるだろう。

「なにかの、その箱は?」

 外野の質問になど、応じはしない。

「開けてくれ」

『うむ』

 ジルヴェストの作ったドライアイスは殆ど蒸発してしまったらしい。白い気体は箱の中に残ったもの以外は外に漏れだしてはいなかった。

 布巾でカラメルの入った丼を包み、コップ五つに分けて注ぐ。

 シュワシュワパチパチと炭酸特有の音が奏でられた。

「あーっ、コーラ! コーラだよね?」

 霞の叫び声にすら、あえて反応は示さない。


「それじゃ、ちょっと温いけど乾杯!」

 実験の現場に居合わせた者達の前に置かれたコップ、その中身はコーラモドキ。

「エールのようにシュワシュワしているのに、酒じゃないねこれは」

『パチパチしてるぜ』

『珍妙な感じである』

「兄上、美味しいです」

 様々な感想が得られた。僕も味見をしてみる。

 薄い! けど、コーラによく似ている。もう少しカラメルの割合を増やせば、それなりの味には出来そうだ。


「ズルい! お兄ちゃん、ズルい! 私もコーラ飲みたい!」

 厳密にはコーラではなく、それに似た何かでしかない。

「残念だが、実験しただけでもう無いんだ」

 作り方自体は確立できたので、今後作れるようにはなるのだけどね。

「ふむ、儂も飲んでみたいの」

「ご主人様、私たちを温泉へと追いやったのにはそんな理由があったのですね?」

「そんな……父さん」

『まあ、待つのじゃ。主様にも何か考えがあるのじゃろうて』

 何だこの流れ……。しかも執り成したのがオンディーヌなんて、どんな奇跡だよ?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ