115.温泉郷ミュニレシア-5
前線基地から後方の駐屯地を経て、僕たちは軍の馬車に揺られながらミュニレシアの街へと帰ってきた。
駐屯地のキャンプは畳み、前線基地だけを残す算段らしい。駐屯地を統括していたジュアル大尉がそのまま前線基地の指揮を引き継ぐそうだ。
前線基地はあくまで一定期間の監視任務に努めるという仕事があるのだと、ヒルダ大佐から伺った。
それと元はモカル少佐がヒルダ大佐の副官であり、ジュアル大尉は官僚が強引にヒルダ大佐へと押し付けた副官であるのだと密かに教えられた。こんな所にまで魔王都の悪しき慣習が影響を与えているのだと、僕は驚きを隠せないでいた。
「精霊遣い様、休暇も必要でしょうから三日後に屋敷へと招待いたします。馬車を手配しておきますので、宿泊されている宿をお教え願えますか?」
「宿の名前は存じませんが、温泉ギルド所属のアーミラさんの宿です」
「ではこちらで調査した上、当日は馬車でお迎えに伺いますね」
領主のリリィ様は丁寧に挨拶をすると、部下を伴い屋敷へと帰って行った。
「それではどうしましょう。明日にでも冒険者ギルド支部にお願いできますでしょうか?」
「そうですね。僕も会報の中身を早く確かめたいので、明日お邪魔しますよ」
報酬の件は置いておくとしても、クリスさんの記事に何が書かれているのかを確かめなくてはならない。
「わかりました。それでは支部長と共にお待ちしています」
それだけ言い残して、グスマレヌさんもまた帰路へと就いた。
「アキラ、本当にご苦労だった。こんなに早く魔獣討伐が済んだのも、お前たちのお陰だ。
私は明日にでも魔王都へ発つつもりだ。どこかで顔を合わせる機会があれば、その時はまたよろしく頼むぞ」
「えっ、明日はいつ頃、ご出発されるのですか?」
「朝一で発とうと考えている」
明日の朝ではクリスさんへの苦情の手紙が間に合わない。
「あの、お願いしたい手紙があるので、今夜どこに泊まるのか教えてもらえますか?」
「日が暮れても暫くは酒場に居るだろう。そこらの兵を捕まえれば、私の所在などすぐに分かるだろうよ」
「では酒場にお伺いすると思いますので、よろしくお願いします」
「なに、私も例の御仁への紹介状が欲しかったところだ。こちらこそよろしく頼む」
あっ、そっか。口頭で説明するより、書面があった方が好ましいのか。
「それでは急ぎますので、ここで失礼します」
「霞、こいつら任せて良いか? 僕は冒険者ギルドに行かないといけなくなった」
「うん、任せて。みんな、温泉と食事が待ってるから早く行こうね」
「あたしは父さんに付いて行ってもいい?」
「私も行きます」
「ルーとペレが居れば安心じゃの、儂らは宿へ向かうかの」
食いしん坊共め! 僕も温泉と美味しいご飯は恋しいけど、今はそれどころではない。
「じゃあ、お前ら、大人しくしているんだぞ」
僕は走って冒険者ギルドを目指す。
「どうなさったのですか、明日という話でしたが」
「事情がありまして、会報を拝見しても?」
「わかりました、すぐにご用意します。こちらへどうぞ」
グスマレヌさんはどういった事情かは訊かずとも察してくれたようだった。
「この会報は一応部外秘とされているので、ここでのみ閲覧可能となっております。持ち出しは出来ませんのでご理解ください」
「はい、大丈夫です」
こんなもの外に出されては困る。僕の悪評が立ってしまいかねない。
まずは一読しよう、考えるのはそれからだ。
その後にグスマレヌさんはお茶を二名分持って来てくれた。ルーには僕のを舐めさせればいい。
会報の内容は魔王都での夜霧を呼んだ出来事のようだ。夜霧の正体など詳細は伏せられているが、僕に対応する職員に対しての警告文となっていた。
そこにはダイモンさんから得たと思われるニールの練兵場で行われた、炎の竜巻の絵が添えられている。
こんなことを書かれてしまっては困る。一応だが、反省はしているのだ。
これから先、訪れるであろう冒険者ギルドで警戒されてしまうのは、こちらとしても本意ではない。この文章は誤りなのだと、訂正してもらわなくてはならない。
そういったことを会報を読みつつ、手紙に認めた。
「グスマレヌさん、ありがとうございました。僕は行くところがあるので、明日また伺いますね」
「はい、お待ちしております」
冒険者ギルドの書庫のような場所に置いてあった紙とペンに似た棒は司書の方に借りてきてある。明日帰す予定だと話して借りたものだ。
このまま酒場へと向かおう。
冒険者ギルドの建物を出ると丁度そこを通る兵士の姿があった。装備からして僕たちと共に魔獣討伐から戻った兵士たちだと思われる。
「すみません。ヒルダ大佐はどの酒場へ向かえば会えますかね?」
「精霊遣い様! 大佐はこの先を右に入った、少し奥まった所にある酒場に居られると思います」
「ありがとうございます」
礼を述べ、僕はまた走り出す。
「ここか?」
「どうでしょうか?」
「入ってみたら判るよ、父さん」
三者三様に考えたが答えは出ない。ペレの言う通り、入ってみるしかない。
建付けの悪くなっている扉を開けた。
「いらっしゃい? 子供はお断りだぞ、ボウズ」
「いえ、あの……」
「私の客だ、通してくれ」
渋々といった感じで酒場の店員は僕を通してくれた。
良かった、間に合った。
ウイスキーか何かと思われる濃い茶色をした酒を飲んでいる、ヒルダ大佐。
「まず、これは冒険者ギルドのギルドマスターへの手紙です。僕の苦情諸々が書いてありますので、絶対に渡してください。
紹介状は今から書きますね」
「お前も大変なんだな」
酒臭い息を吐きだすヒルダ大佐の顔は既にほろ酔いだった。
「おぉアキラ殿」
「モカル少佐もご一緒だったのですか?」
「潰れた大佐を宿へ届ける任務が待っているからな」
「余計なことは言わんでいい!」
殴ろうとしたヒルダ大佐の拳は空を切った、モカル少佐が軽くかわしたのだ。
酔っ払いの喧嘩に巻き込まれるのは堪らない。さっさと紹介状を書きあげてしまおう。
先程ヒルダ大佐に渡した手紙と共に、紹介状はモカル少佐へと託し直した。既にただの酔っ払いとなりつつあるヒルダ大佐では心配だからだ。
「えーとこちらがティエリさんへの紹介状です。印象がそれなりに良くなるように書いておきました。
それでこちらが僕からギルドマスターへの苦情の手紙です。これは必ず渡してください、お願いしますね」
「気合が入ってるな。私も明日一番で大佐と共に発つからな、必ず渡すと約束しよう」
これで安心だ。肩の荷が下りたとはこのことだろう。
「それでは僕は宿へと帰ります。見送りにいけるか、自信がないのでここで。道中お気を付けて」
「ああ、ありがとう。大佐にも伝えておく」
酒場の店員さんにも軽く頭を下げて、僕は店を出た。
「帰るか」
「温泉とご飯です」
「あたし、温泉楽しみなんだ」
ペレって温泉に入っても平気なのだろうか? 電気風呂で収まるのか、それとも他の者が感電してしまうのか、微妙に判断が難しい。
「ペレ、その姿なら電気は発生していないんだよな?」
「そうだけど」
「それなら問題ない。お湯の中で電気は流すなよ、大変なことになるから」
軽く感電する程度なら何とかなるだろうけど、感電死はマズい。
僕と茜は平気だが、一緒に入ると思われる霞とマリンが心配だ。オンディーヌもある意味で電気がよく流れそうだから危ないかもしれない。
そんなことを考えながら、アーミラさんの宿を目指し歩いていく。




