112.新たな精霊-1
「明日から作戦に変更を加える。だから、今日はもう討伐には向かわないよ」
昼食を終える間際に現れたヒルダ大佐にお願いされたのだ。
「アキラたちが合流する前の討伐数であれば問題はなかった。嬉しい誤算とでもいうべきか、お前たちの討伐する魔獣の数では運搬が間に合わずに腐らせてしまう恐れが出てきたのだ。
そこでだ、申し訳ないのだが何か案はないだろうか?」
「あの氷塊での保存、あれを利用するのはどうでしょう」
ヒルダ大佐の述べた問題に対し、マイデル大尉はそのように回答した。
「スノーマンは討伐の方に携わっていますが、これは作戦を変更するしかないですかね」
「申し訳ないが頼めるだろうか」
「わかりました。今日の討伐は一旦中止にして考えてみます」
折角、食肉用にと時間を掛けて討伐したのに腐らせてしまっても勿体ない。それどころか、僕たちの、精霊たちの苦労が台無しになってしまう。
「あっ、それと話は変わるのですが。大佐、本日の昼食の試食は絶対に行っておくべきかと」
「なに、そんなに旨いのか?」
「彼らの料理が旨いのは今更のことでしょう。そうでは無く、その材料に着目すべきです。試食後にでも、ハチ軍曹にそれを問い質してみてください」
マイデル大尉は僕に視線を合わせると、ニィッと笑ったのだった。
まぁ、こんな感じの相談を受けた。作戦の変更としては、スノーマンを前線基地待機とすることくらいだな。
しかし問題がない訳でもない。ひっくり返した後に固定しなければ、ジルヴェストの風の刃の命中率が下がり、討伐時間自体が伸びてしまう。
上方修正したばかりの一日の討伐数は、早くも下方修正しなければならなくなるだろう。
「そこで僕が考えた案は、新たな精霊の召喚だ」
単純に考えればスノーマンと同じ氷を操ることが出来る精霊を呼べば済む話。でもそれでは芸がなく、面白みにも欠ける。どうせなら精霊たちのバリエーションを豊かにしたい。
「ちび共を増やすのは反対じゃの」
『俺が世話するのは、あいつらだけで十分だぜ』
『うむ、そうじゃ、そうじゃ』
最近こそ成長して聞き分けの良くなった、スノーマンとイフリータ。それまでに手を焼かされた精霊たちは苦言を呈してくる。
僕だってその辺は承知している、手を焼かされたのは同じだからね。
だから今回は、少なくともシュケーくらいの精神年齢を想定して呼ぶつもりだ。
「じゃあ、始めるぞ」
頭の中に思い描くのは雷。存在するかどうかは気にしない。存在していれば反応が返ってくるはずで、居なければそのままなのだ。
『雷の精霊、電気の精霊、静電気でもいいや。聞こえていたら、返事をもらえるかな?』
……返答はない。夜霧の時を考えれば、一回で諦めては駄目だろう。
『雷の精霊、電気の精霊、名前をあげるから、僕に力を貸してくれ』
『あたしで良ければ力を貸すよ』
突如、姿を現したのは最初の頃のルーのような薄黄色い光の球。その球の表面ではバチバチと電気回路がショートしているかのよう。
良い感じに電気の精霊だと思われる。
『名前を考えるから、そのままで少し待ってもらえるかな?』
『可愛いのがいい』
反応の感じから、シュケーよりも大人だと思われる。夜霧たちの要望は満たしている、問題は無いな。
名前はどうしよう? 僕はてっきり男性型の精霊が来るものと思って、格好いいのを考えてたんだよね。ライトニングとか、武御雷とか……。
でも実際に現れたのは女性型の精霊というか、女性のような言葉を使う光の球だった。
雷を連想する名前で、可愛いのなんて想像が出来ない。ここへ来て無理難題もいいところだが……、何かあったはず。
考えろ、考えろ、確か丁度良い感じの名前があるはずなんだ。
『ペレ、ペレでどうだろう? ペレ』
『ペレ……うん、可愛いね。あたしはペレ』
良かった、納得してくれた。夜霧みたいにゴネられたらどうしようかと思った。
『少し待って、変わるから』
変わるって、ああそうか変異するのか。
『暫くしたらもう一度呼ぶよ。そうしたらお願いね』
『はいよ』
言葉遣いから想像するに明け透けな性格っぽい。ジルヴェストと似たようなものだな。
「上手くいったよ。今、変異しているみたいだから、もう少し待ってね」
「ふむ、どのような者が来るのじゃろうの?」
「性格はジルヴェストによく似てるかな」
『俺か?』
魔力の色は名前を考えるのに忙しくてよく観察してはいないけれど、単色ではなかったような気がする。あれ? おかしいぞ。この世界のものは全て魔力が単色のはず……。
「もうそろそろ、よろしいのではないですか?」
「ルーはもっと掛っただろ?」
「私は高位精霊ですから」
小さい癖に胸を張る、ルー。ただ仰け反っているだけにしか見えない。
「まあ、いいか。じゃあ、呼ぶぞ! おいで、ペレ」
雲も少なく晴れていたはずの空に黒い雲が湧き始める。これ、僕の頭上なんだけど、嫌な予感がする。
「やばい、少し離れるぞ。お前たちもだ」
ゴロゴロと鳴り始めた雲の中から、一筋の稲妻が先程まで僕の立っていた場所へと落ちた。
その稲妻は消えることなく地面に刺さった槍の如く、その場にあり続ける。稲妻は少しずつ変形し、人に似た形へと変わる。あくまで人に似た形だ、その体表面には電気が走っている。
『お待たせ』
「ああ、よく来てくれた。次からは居りてくる場所は、僕から離れた位置にしような」
あんなの直撃したら死んじゃうよ!
『そうなの? なら任せるよ』
「彼女はペレ、雷の精霊だな。ペレ、ここにいるのは僕の精霊たちだよ。仲良くしてね」
「ペレだ。よろしくな!」
ジルヴェストよりも更にサッパリとした性格らしい。
いや、待て待て待て待て! 今の人語だったぞ。
『よろしく頼むのじゃ、妾はオンディーヌ』
『俺はジルヴェストだ』
既存の精霊たちが自己紹介をしている中、夜霧は何故か難しい表情をしていた。
「どうした、夜霧?」
「旦那様よ。お主、新たな精霊を創ったやも知れぬの」
「あれは何なのですか、ご主人様」
何のことだかは想像がつく、ペレの魔力の色彩のことだろう。
「前にも言うたがの、この世界のあらゆる存在は魔力を一つしか持たぬのじゃ。
しかしあれは二つ、否、三つは持っておるの」
「複数の魔力が混ざり合い、あの子を作り出しているのでしょう」
そんなこと言われてもな、僕にだって謎なんだよ。
「呼んだら、応えてくれたんだよ。……もしかするとなんだけど、茜やマリンのように僕が創り出した可能性は否定できない。
でも、夜霧やルーだってこの世界の全てを知っている訳でもないだろう?」
咄嗟に出た考えだけど、それが一番可能性としては高そうな気はする。僕が創り出したという可能性。
「そもそも雷の精霊など、見たことも聞いたこともありませんよ?」
「それには儂も同意じゃの。じゃが、旦那様が生み出したのであれば、受け入れぬ訳にもいかぬの。言ってみれば、旦那様の子じゃからの」
それを言うなら、夜霧以外は全員僕の子供のようなものだ。僕もまだ子供だけど、そう思うよ。
「ペレのことはこれから先、少しずつ解ってくるだろう。だから、よろしく頼むよ」
「わかっておる」
「わかりました」
夜霧とルーに依れば、ペレの正体が謎らしい。それは僕も同じか。
「父さん」
「なに、その父さんって?」
「父さんは父さんだろ? あたしは気が付いたら父さんが目の前に居て、それ以外のことはこの体の動かし方しか知らなかった。父さんから流れ込んで来た様々な知識で、父さんがあたしの父さんであると知ったんだ」
ペレは流暢な日本語を話している気がする。夜霧たちの言葉とは若干だけど、イントネーションが違う。
「ちょっと待ってろ、霞! 急いできてくれ!」
肉を捌いていた霞を大声で呼び寄せた。
「なーに、お兄ちゃん、どうしたの?」
「こいつはペレ、先程呼び出した精霊なんだけど。少し話をして思ったことを僕に教えてくれないか?」
僕は混乱している。僕だけでは判断が難しいので、霞に頼ることにした。
「へんなお兄ちゃん。初めましてペレちゃん、私はお兄ちゃんの妹で霞って言うの」
「ええっと父さんの妹だから叔母さんで合ってる? 霞叔母さん」
「え? う、うん、お父さんの妹なら叔母さんで合ってるけど、どういうこと?
ちょ、ちょっとお兄ちゃん?」
霞まで大混乱に陥ってしまったようだ。霞には悪いけど、少し考える時間を稼いでもらおう。




