110.亀の鍋-2
強い緑色の光を放ち続けるシュケー、それをガイアは魔法なのだと僕に説明した。
しばらくの間、光り続けるだけだったが大地に変化が訪れた。
たくさんの小さな芽が顔を出した、何かが芽吹いたのだ。頼んだのが米だから、稲が芽吹いたのだろう。
その小さな芽は、まるでシュケーが顕現する時のように急速に成長を始めた。
「シュケーちゃん、凄いね。お米を見つけてくれたんだね」
「そうみたいだ」
まだ成長を続けている稲は穂を豊かに実らせ始めている。徐々に重くなる稲穂により、稲は傾き始めた。
「んん? なんだか少し形が違う気がしないか?」
「どうだろ」
五円玉の稲にはよく似ている気はする。祖父母の家の付近の田んぼで観られる稲にも似てはいる。が、少し違うのだ。
日本の米は品種改良されているから、こっちの世界にあったとしても形が異なるのかもしれない。
そうして観察している間に稲は完全に育ち切った。
『あるじー、これー?』
「凄いな、シュケー。偉いぞ」
『えへへ』
シュケーが植物の精霊であることは一目瞭然だけど、こんなことが出来るとは知らなかった。
「お兄ちゃん、これ、お米じゃないよ」
育ち切りよく実った穂を手に取り、検分していた霞は言った。
「どれ?」
僕も確かめてみる。
その穂の形は、父の飲んでいたビールの缶に描かれた大麦にそっくりだった。
「これは大麦だな」
「大麦……。大丈夫! 麦ごはんにしているやつだよ、お米みたいに食べられるよ」
麦ごはんって小中学校の給食に出てたアレか? あれは普通の米に潰した麦が混ざっていたような?
「どうやって食べるかよりも、まずは脱穀と脱稃だっけ? ジルヴェスト、こんな感じでこの中身だけを取り出してくれ」
『細かい仕事だがいいぜ、任せな』
穂から一粒取り出し、籾殻を剥がした。これをジルヴェストに全部やってもらうつもりだ。
大麦を育てたシュケーはその場を離れているので、ジルヴェストは気にすることなく作業出来るだろう。あとは任せたぞ。
「どうしよう、結構粒が大きいよ? 炊くと膨らむかもしれない」
「炊飯器がないから炊くのは難しいんじゃないか? キャンプの飯盒って難しかっただろ」
「じゃ、お粥か、お雑炊だね」
粥か雑炊にするのは決まりだな。それは別としても、粒が大きいと食べ辛そうではある。
「麦ごはんの麦って、押し麦という名前だったよ」
「押し麦ってことは、潰すのかな? ガイア、ジルヴェストの作業が終わったら頼むぞ」
『うむ』
イメージを送るとガイアは返事こそしたが、亀の鍋に貼りついて食事を続けていた。ガイアまで完全に食事の魅力に囚われてしまったようだ。
ジルヴェストは、籾から外した大量の大麦を風により宙に浮かせて運んで来てくれた。
「結構あるな。ちょっとそのままで待ってろ。
……この袋に入れてくれ」
リュックの奥から取り出した麻っぽい植物で編まれた袋へと、零さないように入れる。
「ガイアー」
『うむ』
空返事だった。
「おーい、ガイア。オンディーヌとイフリータも頼む」
「旦那様が呼んでおるぞ、ガイアよ」
『うむ、仕方がない』
何が仕方ないだよ!
「ガイアはまず大地をこの位の高さで、平らにしっかりと固めてくれ」
『承知』
ガイアには作業台を作り、表面を硬くしてもらった。
「オンディーヌは綺麗に洗って、イフリータは表面を乾燥させて」
ガイアが作った作業台を清潔にしてもらう。
『おわったよー』
イフリータの乾燥が終われば、作業の始まりだ。
「ガイア、この袋の中身をこのように潰してもらえるかな? まあ、やり方はお前に任せるけど」
『押しつぶせば良いので?』
「そうだ。だけど、力を込め過ぎると砕けてしまうかもしれないぞ」
『加減しよう』
ガイアは人化した姿のままで作業をするらしい。その手で袋の中身全てを潰すつもりなのだろう。
やり方は任せると言った以上、文句をつける訳にもいかなくなってしまった。
「お兄ちゃん、押し麦出来たやつ、入れちゃってもいい?」
「もう少し待って、僕まだお肉そんなに食べてない」
シュケーの魔法に見惚れていて、僕はまだ殆どお肉を食べていなかった。そんな暇は無かったのだ。
他の皆は精霊たちも含め、かなりの量の肉を食べていたようだけど。
なんとか、僕も満足できる程度にはお肉を食べた。
「いいぞ、霞」
『主殿、完了した』
「ご苦労さん、お前が作ってくれた押し麦で〆にするから少し待とう」
ガイアの作業は想像よりもはるかに早く済んだようだ。
「シメとは何かわからぬが、期待できそうじゃの」
「もうお腹いっぱいです」
ルー、体形が変わるほど食べるなよ。また妊婦みたいになってるぞ。
茜やマリンは霞の手伝いをしていた。あいつらも満足できていたら良いのだけど。
「出来たー! ちょっとボソボソするけど、お雑炊だよ」
霞はちゃんと味見も済ませているみたいだね。芯が残っていたりしなければ、十分だと思うよ。
「ああ、確かにちょっとボソボソするけど、肉の出汁を吸ってて美味しいじゃないか」
お米じゃないから、どうしてもこうなってしまうのだろうね。
それでも十分に食べられるし、美味しい。お米ではなかったけど、それに近い形で食べられるのは、それだけで嬉しいな。
「うむ、これは旨いの」
『肉を食べ損ねた甲斐はあった』
『食べやすいのじゃ』
「お腹いっぱいなのに、止まりません」
人化した精霊たちも美味しく食べている、問題はなさそうだな。それにしてもガイアは皮肉まで口にするようになったか……。
「カスミ様のお料理は最高です」
「お兄ちゃんとシュケーちゃんのお陰だね」
今回はシュケーの手柄だよ。まさか、魔法で植物を育てられるとはね。
でも、あれなんだよな、お米が存在しない可能性が出て来た。シュケーが間違えたのか、それとも存在しないのかまだ分からないけどね。頑張ってくれたシュケーに、今はこれが違う物だと告げたくはなかったのだ。
「残りのスープまで無駄にせず、全て平らげる。この調理法は全く以て素晴らしい」
「兵站担当はマイデルだったな? 明日からここに配置するよう手配せよ」
「了解であります」
モカル少佐、敬礼しているのに木皿持ちっぱなしじゃ格好つかないよ。
「アキラさんと一緒に出向いてきて正解でしたよ。ミュニレシアでは見たことも無い料理ですからね」
グスマレヌさんのように普通に喜んでもらえるのは、僕としても嬉しい。
「霞、雑炊は残らなそうだな?」
「皆、凄い勢いで食べてるからね」
明日の昼も鍋では芸がないな。
「明日の昼は、ホルモン焼きでもするか? 胃と心臓だけでもまだ残っているんだろ?」
「うん、下処理の終わったのはスノーマンちゃんの中に入れてあるよ」
亀の魔獣の大きさを考えると、スノーマンの体の大きさではかなり無理があるのではないだろうか? スノーマンは僕より若干大きい程度でしかないのだ。
そう思い周囲を確認するが、スノーマンは見当たらなかった。
『おーい、どこだー?』
『ここー、ここだよ~』
頭の中でスノーマンを呼ぶと返事と共に、大体の位置情報が送られて来た。
「凄いことになってるな。これ、お前がここにいなくても平気じゃないのか?」
『あっ、そーだね。あるじー、もっとはやくおしえてよ』
スノーマンは食事をしていたテントの前ではなく、テントを挟んだ反対側で龍の夜霧サイズはありそうな巨大な雪だるまとなっていた。
「魔王都で作ってた氷像みたいにしっかり固めれば、大丈夫だろうな」
『うん、そーするー』
大方、霞にお願いされたのだろうが、霞もあれで抜けているからな。




