106.魔獣討伐-2
「無理、だな」
「相手になっておらぬの」
『うむ、どうしたものじゃろうか』
『効いてねえよ』
先行し左翼へと辿り着き、亀の魔獣を相手にしているのは茜とマリン。
しかし彼らの攻撃に対し亀の魔獣はというと、何の痛痒も感じていないのかその歩みを止めようとはしなかった。
エイッとかヤーッとかの掛け声が響く中、茜とマリンは亀の魔獣の体に取り付き、殴ったり蹴ったりを繰り返している。
「あのデカイ甲羅が硬いのは言われずとも理解できるけど、他の外皮も相当硬いようだね」
「儂の鱗と同様とまではいかぬが、それなりに硬そうじゃの」
そりゃ、夜霧と比べたらね。
『もう良いじゃろう、主様』
『やるだけ無駄だぜ』
努力は認めるけど、実力が全く足りていないのだ。
「霞! もういい、止めさせよう」
「でもまだ何も!」
「今はまだ反撃されてないから良いが、一撃を食らえばタダでは済まないぞ」
怪我をしてからでは遅いのだ、そのことを理解してほしい。
「……わかった」
残念そうに俯いた霞は鬼たちへと指示を出し、戦闘行為を中断した。
「面目ありません」
「カスミ様、申し訳ございません」
「二人はよく頑張ったよ。でも、うーんと、訓練が先だったね」
「相性の問題、だな。今回は相手がデカイ上に硬い。お前たち向きではない相手だったということさ」
茜とマリンの落ち込み様を見て、慰める必要を感じた。
「「相手が何であろうと私は!」」
先程の一件で鬼たちの実力不足は歴然だった。幾ら意気込んでも、それは解消されないのだ。
「お前たちは霞を護る為に居るのだろう? 攻撃は僕に任せれば良いさ」
「お兄ちゃん」
いつまでも暗い顔をされて居られても困る。出来ないことは無理せず、出来るものに任せる方が良い。適材適所だ。
僕だって、僕自身が戦闘する訳ではない。精霊たちに丸投げしてしまうのだ。
僕たちの前方は亀の魔獣だらけ、見渡す限り亀の森だ。小高い丘がたくさん並んでいるかのようだ。
「まずは一匹だな。ジルヴェスト、どの位硬いのか調べてみてくれ」
『おうよ』
ジルヴェストは一筋の風の刃を亀の魔獣へと飛ばした。風の刃は亀の首筋を浅く切り裂くに留まった。
『主の想像通りに硬ぇぜ』
僕の頭の中でのイメージは既に精霊たちに伝えてある。背中の甲羅が非常に硬いという、一般的な亀の持つ特性やらを説明したのだ。
この世界では、この魔獣の他に普通の亀の存在が知られていないみたいだった。普通の亀の存在が認知されていないにも関わらず、魔獣では存在するのだから面白いよね。
「じゃあ、作戦通りに行こうか」
『吾輩とシュケー殿の出番だな』
『やるよー』
ガイアとシュケーは共に亀の魔獣の前へと躍り出た。ガイアは亀の腹の真下にある地面を隆起させ、シュケーはその間亀の魔獣に枝を絡め身動きを封じる。
動きを封じられた亀の魔獣は腹の下から隆起した大地に押されることで体勢を保てず、見事にひっくり返った。
「ご主人様、成功です」
「次に移ろう。スノーマン、ジルヴェスト、手際よく頼むよ」
『はーい』
スノーマンはひっくり返り、どうにか元の体勢へと戻ろうともがく亀の魔獣の甲羅と地面を凍らせて固定した。これであの亀の魔獣はもう自力で元の体勢へと戻ること出来なくなった。
『俺の番だな、いくぜ』
ジルヴェストは、甲羅と大地が凍結された後ももがき続ける亀の魔獣の四股を強めた風の刃で切り裂いた。外皮の硬さを調べる為に用いた風の刃ではあの程度ではあったが、ジルヴェストが本気を出せばこの程度造作もないのだ。
「大成功です、ご主人様」
僕も同じものを見ているから、分かってはいるけどね。
「儂らの活躍の場がないの」
『うむ、残念じゃ』
活躍の場はあるんだよ、でもまだ少し早いかな?
「お前たちの役割も説明するぞ。
まずはオンディーヌ。見て貰えば分かるだろうが、問題はこの血だ。洗い流し、薄めて大地へと帰すこと。
イフリータは、オンディーヌが洗い流した地面を適度に乾燥させること。
最後に夜霧は魔獣の運搬だな」
ルーには割り振る仕事がない為に僕の補佐をさせている。
『地味な仕事じゃ』
『やるよー』
「儂が一番地味じゃの、元に戻らぬといかぬの」
そう、夜霧には人化を解いて元の姿へと戻ってもらう必要がある。そうでないと運べない大きさだからね。
僕が夜霧たち後片付け組へ説明をしている間に、ジルヴェストらの戦闘組は既に二匹目の相手をしていた。
「お兄ちゃん、凄いね」
「良いかい、よく聞くんだよ。僕も戦闘には参加してない指示を出しただけなんだ。
茜もマリンも霞も自分の今出来ることを精一杯やれば良い。今出来ないことは無理してやらなくていいよ、次の機会に出来るように努力すれば良いのだからね」
「はい、兄上」
元気よく返事をした茜に対し、霞とマリンは小さく頷くだけだった。
「それと霞、ちょっとおいで」
「なーに?」
「霞の精霊魔法でこの辺りを切れるかな?」
霞を一匹目の亀の魔獣、既に息を引き取っているその魔獣の側へと連れて来た。
僕の側に居る精霊たちの力を使うのではなく、霞が自然に利用している精霊魔法の力でこの外皮に傷を付けられるのか疑問だった。
「ジルヴェストちゃんじゃなくて?」
「お前が普段協力してもらっている、小さな精霊たちで可能なのかどうか?」
下位精霊とか、低級精霊とかいうヤツ。言語理解スキルの翻訳が曖昧なので、正確な呼び名は判明していない。
霞はボソボソと何かと会話している。声に出さなくとも頭の中だけで処理できるのだけど、慣れって怖いね。
「うわっ、あぶね!」
「お兄ちゃん、ごめんなさい」
霞の右手から僕の顔の真横へと風の刃が放たれたのだ。
風の刃の通った先を目で追うと、亀の魔獣の前足の指の付け根に小さな傷を発見した。
「霞、もう一度だ。今度はここを狙ってくれ」
今度は指ではなく、腕の辺りを目標とした。
霞の右手から勢いよく放たれる風の刃は、強靭な亀の魔獣の腕を浅くはあるが切り裂くことには成功した。
「これならイケるか。やるかどうかは霞に任せるけど、これ捌くか?」
まだ亀の鍋を食べる気なら、ジルヴェストの代わりに霞に亀を捌いてもらうしかない。ジルヴェストは狩りの途中だからね。
「やれることをやるんだよね? 任せて! 晩御飯の準備は私がやるから」
若干暗かった霞の表情に明るさが戻って来た。これなら任せてしまっても大丈夫だろう。
「運搬は夜霧に頼んであるから、一緒に行動すれば良いさ。茜やマリンも、ね」
「うん、ありがとう」
僕たちから距離を取り、人化を解いた夜霧が近付いてくる。その夜霧と共に霞たちは亀の魔獣を一匹運んで行った。
「ご主人様はお優しいですね」
「そんなんじゃないさ」
いつまでも近くで暗い顔をされてたら、こっちまで気分が暗くなってしまう。あくまでも自分の為だよ。
『これを洗い流せば良いのじゃな?』
「そうだ、ガイアたちはもう三匹目か。結構の仕事量だけど大丈夫だよな?」
『妾に任せるが良いわ、ついでにチビにもじゃがな』
『まかせてー』
オンディーヌもイフリータも問題なく仕事をこなせそうだ。戦闘組も順調に討伐が進んでいるようだし、僕はこちらを監督するとしよう。




