105.魔獣討伐-1
「まずは最前線へご案内することとしましょう」
「馬車を準備してあります、こちらへ」
朝食は軍の大型テントで各自トレーを持ち並ぶ形だったので、数が足りないということも無かった。
朝食後、指揮所へとやってきた僕たちは早速現場を見に行くことになった。
「お兄ちゃん……」
「ああ、分かってる。馬車だろ?」
霞は大の馬車嫌い。だからといって、我儘が許されるような場面ではない。
「オンディーヌ、霞を頼むぞ」
『いつものことじゃ、気にするでないわ』
『主殿、吾輩は重くないだろうか?』
ガイアはハニカム構造で軽量化しているから平気だろう。それに馬車は街中で利用しているものより丈夫そうだしね。
「大丈夫。あんな大きな馬車だよ、馬だって6頭も繋いである」
問題が発生したら、その時に考えれば良い。この魔獣討伐のを主導しているのは軍のようだしね。
「大尉、キャンプの管理は昨晩話した通りに頼む。私はお客人の案内を兼ね、現場の指揮につく」
「はっ、了解です」
あれ? 現場まで一緒に向かうのはジュアル大尉ではなかったのか?
「それでは皆様、参りましょう。馬車を出せ」
馬を6頭も繋いだ大型の馬車はガイアの重量などに構うことなく、安定した走りで目的地へと向かって行く。
「現場までは約1時間で到着するでしょう。その後、現地の部隊と顔合わせをする予定でいます」
おい、言語理解スキル! 1時間という言葉、この世界の人から初めて耳にしたぞ。
『時間』という単位は日本の、地球のそれと同じと考えても良いのかな?
『エイル』とかいう距離の単位は、日本や地球には存在しない単位だから上手く翻訳されなかったのかもしれない。
共通して存在するものは翻訳され、無いものはそのままなのかもな。
「キャンプ内には冒険者の姿が見受けられませんでしたから、現場の方に居る可能性が高いですね」
「そうだ、戦闘向きな冒険者は既に前線へと配置してある」
ミュニレシアの冒険者も魔獣討伐には参加しているという話だったな。
「それと昨晩の件を改めて謝罪したい。
部下に責任を擦り付けるようで心苦しいのだが、ジュアルは魔族至上主義者なのだ。異種族を認めない風潮の家柄で彼もそれに染まりきっている。
部下を統制しきれないのは、私の不徳の致すところである。本当に申し訳ない」
そういうのって、どこにでもあるんだね。
「……えっと、僕と霞は人間ですよ?」
「そうなのか? だとすれば、その事実に気が付いていないのだろうよ。間抜けにもほどがある、結局奴らの目は節穴ということだ」
乾いた笑いを漏らす、ヒルダ大佐だった。
それからも暫くの間、打ち合わせや雑談をしていた。1時間という時間は長いようで、存外に短かった。
「ここは前線基地。戦闘が行われている現場には、ここから徒歩で向かってもらうことになる。
まずは現場の指揮官と引継ぎをしなければならない。少々、お時間を頂くがよろしいかな?」
よろしいかな? と問われても頷くことしか出来ないのだ。
「彼はモカル少佐、最前線の指揮を任せていた部下だ。少佐、こちらの方々は冒険者ギルドからの増援である」
「ご紹介に預かりました、モカル少佐であります」
見事な敬礼と糊の利いた制服が物凄く似合う、中年風のおじさん。僕の父よりも若干若く見える。
簡単な自己紹介などを済ませると、ヒルダ大佐とモカル少佐は作戦の擦り合わせをするとかで机の上の地図と睨めっこを始めた。
「アキラさん、うちの冒険者とも顔合わせが出来れば良いのですが……」
「冒険者は既に最前線という話ですし、現場に向かえば会えるのではないですかね?」
グスマレヌさんは僕たちに気を使ってくれているのか、それとも支部の冒険者が心配なのか、両方かな?
「えー、アキラだったな、最前線へご案内しよう。モカル、お前も来い」
ヒルダ大佐とモカル少佐の打ち合わせは済んだようだ。これからすぐに現地へと向かうらしい。
モカル少佐まで連れて行って、この基地の指揮系統は大丈夫なんだろうか? まあ、僕の心配することではないな。
「茜くんとマリンちゃんは武器とか要らないの?」
「必要ありません。私たちはこの肉体こそが武器なのです」
マリンの答えに茜も同意するように頷いている。
「相手が分からぬ状態じゃしの、無理をするでないぞ。お主たちはまだ幼体なのだからの」
茜とマリンは、確かに若いというよりも幼い感じがする。昔話に出てくる赤鬼と青鬼なのだけど、まだ子供のようなのだ。
「そうだな、無理も無茶もするなよ」
出来ることを出来る範囲でやって欲しい。無理も無茶も必要ないのだ。
「お前たちはどうするかな? いつも通りにやるか」
「儂らには旦那様が居るからの、指揮は任せるの」
『主に任せるからな、派手にいこうぜ』
「いや~、ジルヴェストが派手に暴れたら、全部片付いてしまいそうじゃないか?」
『それもそうじゃ』
僕たちだけなら問題は無いが、現場には他にも兵士や冒険者が存在しているのだ。上手く精霊たちをコントロールしないと、怪我人を出してしまう恐れがある。
どんな魔獣か確認してから、もう一度考えよう。
作戦会議のような雑談をしつつ、てくてくとヒルダ大佐の後を付いて行った。
「あそこに見えるのが大量発生した魔獣だ。見えるか?」
ヒルダ大佐の指さす先、そこには魔獣の姿がある。
その姿は、亀。ただ途轍もなく大きい、夜霧の龍の姿の半分くらいはあるだろう。
「亀だよ、お兄ちゃん! あのお肉、亀だったんだね。亀ってあんなに美味しいんだね?」
霞のテンションがやばい。肉が絡むとなんでこの子は、こんなになってしまうのか?
「父さんが前に忘年会ですっぽん鍋食べたとか言ってただろう? だから、美味しいんだよ」
「お父さんの目がギラギラしてた日のことだよね?」
「う、うん、そう」
一週間くらい元気を持て余していた父を思い出した。
「よーし、今夜は亀鍋だー! 茜くんもマリンちゃんも夜霧ちゃんもオンディーヌちゃんも、いーっぱい食べようね!」
ああ、駄目だこいつ……。
「ヒルダ大佐、討伐した魔獣のお肉は頂いても?」
「もうやる気になったのか。あの大きさだ、食べ切れるものではないので構わないさ」
一番偉いヒルダ大佐の言質は取った。確かに食べ切れるとは思えないけど、こいつらならあり得ない話でもない。
「どれ? どれやったら良いの?」
「霞、落ち着きなさい。冷静にならないと怪我をするよ」
霞の頭の中は既にお肉のことでいっぱいなのだろうな。
「現在、我が部隊の兵と冒険者が共同で布陣しているのは正面です。有力な増援という話ですし、左翼を任せるのはどうでしょう?」
「良いだろう。ではアキラ、左翼を任せよう」
モカル少佐とヒルダ大佐が共に指し示す方向には、魔獣のみがただゆっくりと歩いているだけだった。
「あそこだね。茜くん、マリンちゃん行くよ!」
茜が霞を担いで走り出し、その横をマリンが並走する。いつの間に、あんな連携が取れるようになったのだろうか? 魔物の女王様、おそるべし。




