103.討伐隊への合流-3
「私は魔王軍ミュニレシア駐留部隊 ヒルダ・ビオール大佐であります。
魔獣討伐隊へご助力頂けるとのこと、心よりの感謝を申し上げます」
「そう言って頂けると、こちらとしても肩の荷が下ります」
夜霧にて乗り付けた討伐隊のキャンプ地。当然のように警戒されたがグスマレヌさんの機転のお陰か、無事に指揮所の偉い人物と話す機会は得られた。
この軍の中で最も偉い人物はヒルダ大佐、赤黒い魔力を持つの魔族の女性と思われる。
「そちらがあの巨大なドラゴンをも従える精霊遣い殿ですかな、お名前を伺っても?」
「僕の名は、アキラ・コニシです。それと本人というか本龍の耳に入ると厄介なので先に訂正をしておきますね。
彼女はドラゴンではなく古き龍、知己のある研究者はエンシェントドラゴンなどとも呼んでおりました。ドラゴンと同一視されることを殊の外嫌うので、十分に気を付けてください」
「「エンシェントドラゴン……」」
僕はヒルダ大佐に忠告しただけなのに、グスマレヌさんまでが固まってしまった。何がいけなかったのだろうか?
『主よ、婆さんはもう地上に降ろしても構わないんじゃねえか?』
「ああ、そうだな」
『夜霧、もう降りても大丈夫だぞ。ここの一番偉い人との話はついたからね』
『了解じゃ、そちらに向かえば良いのかの?』
『そうしてくれ』
夜霧たちは今頃、兵士たちに取り囲まれていることだろう。でもあの巨体だし、威圧しているのは夜霧の方だろうね。
ヒルダ大佐とグスマレヌさんが現実へと回帰する間に、霞たちは指揮所のテントまで案内されてやって来たそうだ。
「ヒルダ大佐! 精霊遣い様のお連れの方々、到着いたしました」
「ご苦労、大尉」
先程までその口をあんぐりと大きく開いていたとは思えない、きっちりとした態度で部下へ応対しているヒルダ大佐。
「アキラさん。ヨギリさんがエンシェントドラゴンであると、私には前もって教えてくれても良いではないですか」
あー、だから一緒になって固まっていたのか。
グスマレヌさんが夜霧をドラゴン呼ばわりしなかったのは、奇跡みたいな確率だったんだな……。危ない、危ない。
「彼は私の副官でジュアル大尉という。何かあれば、彼に申し付けて欲しい」
ヒルダ大佐は副官であるジュアル大尉に対し、一つ頷いた。
「只今紹介に預かりました、ジュアル大尉であります。早速ですが、現状のご説明をさせて頂きます。
今回大量に発生した魔獣はグローズダラン。動作は緩慢ですが非常に大きな体躯をしており、その一撃は十分に脅威となります。また外殻がとても頑強な為、有効な攻撃を加えることが困難となっております」
知らない魔獣の名だ。しかも、大きくて硬いらしい。
「討伐隊本隊は現在地より10エイル先に展開し、グローズダランの侵攻を抑制することには成功しております。しかし彼我の戦力差を鑑みるに、非常に厳しいものと捉えざるを得ません」
エイルって単位が分からないままなんだよな。ここまでミュニレシアから340エイルという話だったけど、kmというよりはマイルに近いのではないだろうか。
そして、やはりというか、苦戦を強いられているということが判明した。
ジュアル大尉の話が終わったのか、ヒルダ大佐が引継いだ。
「相手がグローズダランであるから、基本的に夜戦は考えていない。本日はこのキャンプで休んでもらい、明日から討伐に参加して頂こう」
「では、皆さまのお使いになられるテントまでご案内します」
僕が指揮所に入る前には無かったはずの大きいテントが新しく設営されていた。
「このテントをご利用ください。食事は今用意させておりますので、少々お待ちください」
大きなテントは指揮所の予備か何かだろう。それでも精霊たちを全員収めるには小さ過ぎた。
「この隣の空き地は使っても良いのでしょうか?」
「は? 何をなさるのか存じませんが、問題はないでしょう」
「別に何か派手なことをするつもりは無いので、大丈夫ですよ。ガイア、頼む」
『承知』
一応許可は得たので問題ないだろう。いつものようにガイアにドームを作ってもらうことにした。
ガイアは土を板状にと延ばしつつ、半球状のドームを形作っていく。ドームの内部は少し掘り下げた感じになるのは、土をその場から供給しているからだ。
綺麗な半球状のドームが完成した、設営されたテントの約3倍はあるだろうか。
「派手なことはしないと仰ったのでは?」
「旅の途中ではこんなものは日常茶飯事です。どこも派手ではありませんよ」
グスマレヌさんの質問に真顔で返す。僕の感覚とグスマレヌさんの感覚には齟齬があったようだが、それは今更なので気にしないことにしよう。
周囲に居たテントを設営してくれた兵士さんたちとジュアル大尉は、ドーム製作の一部始終を目撃し無言で立ち尽くしていた。
「グスマレヌさんはテントを使ってください、僕たちはドームを使います。
食事はドームの方で一緒に食べましょうか」
「アキラさんは、会報の記事通りの性格をしているようですね」
僕はあの会報の記事そのものをちゃんと読んだ訳ではないので、どんな評価がされているのか分からなかった。文末のクリスさんの名前しか見なかったことを若干だが後悔した。
「お食事をお持ちしました」
食事を運んできてくれた兵士さんたちの手には、3人分の食事しか用意されてはいなかった。
「儂は飯を食うなということかの?」
『妾も同様のようじゃぞ』
「私も数には入っていないようですね」
人化している3体の精霊が騒ぎ始める。
「お前たちはワニの肉とペトラさんに貰った肉でも食べるか? 僕が準備してやるよ」
「儂は旦那様と同じものが良いの」
『妾もじゃ』
「私はご主人様に分けて貰うので大丈夫ですね」
もう、面倒くさい連中だな。
「じゃあ、僕と茜とマリン。それに夜霧たちはワニ肉にしよう。
グスマレヌさんは用意された食事を召し上がってください」
霞は自由に選ばせるとしよう。
焼くだけで食べられるバーベキューの準備を整えていると、ジュアル大尉が再び顔を出した。
「お食事はお持ちしたはずですが、これは……」
「それはですね。食事の数が足りませんでしたので、アキラさんが自前で準備している最中なのですよ」
僕が忙しく動き回っていたので代わりにグスマレヌさんが説明してくれた。
「それは申し訳ありません。すぐにご用意します」
「いいえ、ここまで準備したので今夜はもういいですよ」
夜霧と茜とマリンの分が無かったのは、どうかと思う。でも他の精霊たちがご飯を食べるとは考えもしないだろうから仕方ないよね。
「軍で温食が出るというのも贅沢だと思いますけど、やはり質素な食事でした。
もしよろしければ、私にも少し分けて頂けませんか?」
グスマレヌさんは支給された食事を食べ終えたというのに、バーベキューが気になるらしい。
「一人くらい増えても問題ないですから、気にしないで好きなだけ食べてください」
興味を示しているのにお預けでは可哀想だからね。
ドームの外でやっているバーベキューだから、どうしても兵士さんたちの目に触れてしまう。そうするとやはりというべきか、兵士さんたちが集まってきてしまった。
しかし、ワニ肉もペトラさんに貰った狼っぽい魔獣の肉も大量にある訳ではない。
ガン見しているところ申し訳ないけど、兵士さんたちにまで分けられる余裕は無いのだ。
「これは少し困りましたね。ちょっと私がジュアル大尉を呼んで来ますよ」
グスマレヌさんはそう言うと、お皿を置いて指揮所へと向かって行ってしまった。
「お前たち、客人の食事の邪魔だ。各自のテントへと戻れ!」
グスマレヌさんが呼んで来たのはジュアル大尉ではなく、ヒルダ大佐だった。
「いやあ、大尉が留守でヒルダ大佐しかいらっしゃらなかったのですよ」
結果オーライなので、別に文句はない。
「申し訳ない、食事の数が不足していたとの報告を受けた。明日からは必ず用意させるので、ご容赦願いたい」
「突然押し掛けた身ですからね、今日は仕方がないと思いますよ」
色々と思うところはある。だが、仕方なしと思える部分もあるので我慢するとしよう。




