103.討伐隊への合流-2
夜霧の飛行速度が実際どれくらいのものか測ったことはない。でも、徒歩や馬車とは比べるまでもないはずだ。
「ルー、距離的にどのくらい掛かりそうかな?」
「少し速度をあげてもよろしいのであれば、陽が沈むまでには到着するでしょうね」
そうか、日が暮れる前には現地についておいた方が安全かもな。
「よし! 夜霧、少し速度を上げようか。シュケーは僕とグスマレヌさんを頼むぞ?」
『はーい』
「グスマレヌさん、速度を上げるので振り落とされないように体を固定しますね」
シュケーの枝が伸び、僕とグスマレヌさんの体に絡みついた。何も知らされないとこの行為は怖いだろうな、食べられちゃうんじゃないかと想像するかも。
案の定、グスマレヌさんは目を丸くして驚いている。先に忠告しておいて良かった、暴れられたら大変だもんな。
「あの、この果実は何でしょうか?」
僕とグスマレヌさんを絡め捕る枝の先に、無花果が幾つか実っている。
『おやつ』
「この子が気を利かせてくれたようです。こうして割ると中の赤い部分は食べれますよ」
おやつという概念は霞が教えたのかな? 夜霧という線も捨てきれない。
胴体を絡め捕られているだけなので、肩から先は自由に動く。僕も無花果をおやつに頂こう。
「お兄ちゃん、ズルい! 私にも頂戴、シュケーちゃん」
『うん』
僕の倍くらいの昼食を食べていたはずの霞、こいつは本当に食べ物に目がないよな。こんな意地汚い子ではなかったはずなのだが……、環境がそうさせてしまっているのかな?
「シュケー、オンディーヌや茜たちにもお願いしていいか?」
『いいよー』
食事が可能な者達の前にシュケーの枝が伸びて行き、その先に無花果が実った。
「オンディーヌ、ガイアに給水してやってくれ」
『お気遣い感謝する』
シュケーが動くと宿主のガイアが干乾びてしまうのだ。土に含まれる養分はどうしようもないが、水分だけは補給してあげないとね。
暫しの間、無言で無花果を貪り食う。ルーには僕の分を分けてあげた。
「ルーちゃんさ、ちょっと大きくなってるよね?」
霞の言葉に反応し、左肩に乗るルーを見る。僕には特に大きくなっているとは思えなかった。
「美味しいご飯をたくさん食べていますからね」
「精霊がご飯食っただけで大きくなるのか? 仮にそうだとしても早すぎる、昨日の今日だぞ」
ルーが食事に興味を抱いたのは、アーミラさんの宿に着いてから夕食の際に、だ。また変異でも起きているのではないだろうな?
「では、カスミ様の勘違いではありませんか? 私自身は大きくなった感はありませんし」
自分の左肩を見ているせいか、首がやたらと疲れる。
昨晩のルーはお腹がポッコリと膨らむまで食事を続けていた、この調子であれば見間違うことの無いサイズまで成長するかもしれない。
「そうなのかな? 少し、ぽっちゃりしてるけど」
ああ、そういう意味なのか。もう一度、ルーの乗る左肩を見た。
「そう言われてみると、確かに肉々しいな。太ったな、ルー」
霞の大きくなったという意味を僕は最初、背が伸びたとかの成長に関係したものと考えてしまった。だが、よく観察してみるとルーの小さな体はぽっちゃりとしているではないか。
ルーも言葉の意味を理解したのか、自らの体を弄って確かめている。
一瞬悲壮な表情をした後、左肩から僕の後頭部へと移動してしまった。
「ショックだったのか?」
「いえ、なんでもありません。心配ご無用です」
女性型とはいえ、精霊だ。日本の女性のようにショックを受けるとは考えない方が良いのか? こいつらは僕の影響を少なからず受けているから、そういった考え方も持っているかもしれない。さて、どう対処するべきだろうか?
「お兄ちゃん、ルーちゃんも女の子なのに。表現がストレート過ぎるよ」
「原因はお前だよ? 霞」
お前がぽっちゃりとか言い出したんじゃないか!
ルーは何も言わず、今も僕の後頭部に貼り付いている。
「高位の精霊とは我々の言葉も理解できるのですね。それに表情も豊かで、まるで魔族や人間ようではないですか」
そこら辺、僕はよく分かっていない。言語理解スキルが曖昧な表現をする為に、高位精霊と上位精霊の違いすら理解できていない。
一応、ルーは高位精霊に属するらしく、他は夜霧も含め上位精霊らしい。それくらいしか分かっていないのだ、それともこれだけ分れば十分なのか?
グスマレヌさんの言葉は独り言であったようだ。よく分からないことを返答するのもどうかと少し考えている間に、グスマレヌさん自身が勝手に納得したようだ。
「ご主人様、あと少しで到着しますよ」
暫くの間、沈黙を守っていたルーが言葉を発した。
「儂にも見えておる、すぐに着くのじゃ」
「予想より早いな」
僕の予想では夕焼けが空を彩る頃に到着するものと考えていた。
「……もう到着なのですか?」
道があるのかどうか分からないけど、その全てを無視して空を飛んでいるんだ。そりゃ早いよね。
「降下に入りますから、ちゃんと摑まっていてくださいね」
ここまで来て落っこちたら馬鹿みたいでしょ?
「旦那様よ、儂の視界を共有してやるのじゃ。どこに降りるか、指示を頼むのじゃよ」
視界の共有とは? と問おうと思った瞬間、僕の目の前に討伐隊の拠点のようなものが映し出された。
「まだ距離はあるな。グスマレヌさん、一番大きいテントの側に降りても大丈夫でしょうか?」
「少し離れた方が良いかと思われます。討伐隊はこちらの行動を予期しておりません、攻撃目標とされる恐れも十分にありますから」
「じゃあ、夜霧。少し離れたあそこに降りてくれ」
「承知したのじゃ」
普段、頭の中で会話しているのと勝手は変わらなかった。降下地点を設定し、夜霧の降下に備える。
軽く左へと旋回しつつ、夜霧は徐々に高度を下げて行く。
下では駐留していた兵士たちが騒ぎ始めていた。しかし、どうすることも出来ないので、このまま降りて行くことになる。
「ははは、兵士たちは大慌てですね。
私は急ぎ指揮所へと話を通しに向かいます。アキラさんでしたよね、ご同行願えますかな?」
「兵に囲まれる前に話をつけたいですね。助けに来たのに攻撃されては、こちらも良い気分ではいられませんからね」
『それなら俺が降ろしてやるよ。婆さん!』
「うむ、了解じゃ」
ジルヴェストが夜霧に声を掛けると、夜霧は降下しおえる間際の地上数mの位置で宙に静止した。ホバリングというやつとは、少し違う気がする。
『降りるから、暴れるなよ。そう伝えろ、主』
「降りるので、驚いても暴れないで下さいね」
「は、は、はい」
既に驚いているグスマレヌさんと僕。
ジルヴェストは風の球で僕とグスマレヌさんを包み、自身と共に浮き上がろうとしている。
『シュケー、枝を解け』
『はーい』
拘束していた枝が解かれると、夜霧の背中から5mほど浮きがる。そのまま横移動をした後、地面へと降りて行く。
『よし、このまま俺も付いて行くからな』
「ああ、頼むよ」
不特定多数の兵士が僕たちを取り囲もうとしている状態にある。ジルヴェストの護衛は有り難くお願いするとしよう。
「はぁ、はぁ、貴重な体験をありがとうございます。それでは向かいましょう」
夜霧に乗ったり、ジルヴェストに運ばれたりで精神的に疲労していると思われる、グスマレヌさんだった。
「止まれ! 所属と名を示せ」
兵士がグスマレヌさんを先頭にして進む僕たちの行く手を阻む。
「ここは私が。
私はミュニレシア冒険者ギルド支部 補佐グスマレヌと申す者。指揮官殿にお目通り願いたい!」
兵士は僕の方を顎で示した、僕にも名乗れというらしい。
「僕は……」
「彼は冒険者ギルド本部よりの精鋭、精霊遣い様です。この度の魔獣討伐にご助力頂けることとなり、お連れしました」
止めて、そんなこと大声で叫ばないで! しかも内容が捏造されてるし……。




