101.温泉郷ミュニレシア-4
食事を終え、廊下を壊さないように部屋へと戻った。
茜は一人で大浴場へと向かうそうなので、居眠りには十分に気を付けるよう注意しておいた。
「明日、僕は冒険者ギルドで調べものが可能かどうか訊いてくるよ。霞はどうするんだ?」
「わたしは街の中を散歩してみるよ」
「それなら、スノーマンを連れて魔獣の肉を買っておいてもらえないか?」
「魔獣のお肉が売ってるの?」
こいつ、先程のアーミラさんと僕の会話を聞いてはいなかったのか。
「魔獣が大発生したとかで、その肉が安く出回ってるらしいんだよ。だからこの機会を逃す手はないだろ?」
「そっか、魔獣のお肉だからあんなの美味しかったんだね。わかった、適当に買っておくね」
霞の適当がどれほどの量を差すのか、少し怖い気もするが任せてしまおう。
「儂は妹御に付き添うかの、実体を持つものが付き添った方が良かろうよ」
怪しい、何か下心のようなものを感じる。どうせ途中で何か食べさせろとか、そんな話だろう。
「まだ茜とマリンだけでは少し心配だし、霞は夜霧に任せるよ。僕の方は残りを全員連れて行くかな」
『ババアが居らんと張り合いがないのじゃ、妾も妹御の方に行くのじゃ』
オンディーヌ、お前もか? ルーとジルヴェストが僕に付いてくるのであれば、まあ良いだろう。
「それじゃ夜霧とルーは、霞の方を頼むよ。それと、買い食いは程々にしろよな」
咄嗟に目を逸らす夜霧とオンディーヌ。非常に分かり易いよ、お前ら。
明日の予定も決まったし、今日はもう休むことにしよう。とっくに日は暮れているのだが、魔道具の街灯が照らしているお陰で往来を歩く人々も見受けれる。
この街は魔王都の中央区と同じで、発展しているのかもしれない。
そうであるならば、図書館なり資料室なりが存在する可能性は高い。少し期待が持てそうだ。
「ただいま戻りました」
「おかえり、茜くん」
茜はただでさえ赤い肌が温泉に浸かった為、一段と赤く染まっている。魚屋さんの店頭に並んでいる、茹蛸のように綺麗な色をしていた。
「茜が出たんだから、お前たちも温泉に入りたいなら行っても良いんだぞ?」
「私はお腹が裂けそうだからやめておくよ」
「儂も無理じゃの」
『妾は意味がないから入らんのじゃ』
お前は水の精霊だから、確かに無意味だな。溶けてしまわないか、心配になるよ。
「あ、あの私」
「マリンちゃん入りたいなら行ってきていいよ」
「そうだぞ、遠慮するな」
「ありがとうございます」
もじもじとしていたマリンだが、霞からの許可が出るとすぐに行動を起こし部屋を出て行った。
「マリン遅いな。霞、様子を見てきなさい。僕は先に寝るから、後は任せるね」
無責任な気もしないではないが、鬼たちの管理は霞の仕事だ。
「じゃあ見てくるよ。おやすみ、お兄ちゃん」
「おやすみ」
状態が心配の種だったベッドは、朝までぐっすり出来る程には頑丈な造りであった。
4つあるベッドには僕と霞で一つずつ、夜霧とオンディーヌでもう一つ、残りは茜とマリンが共に使う形になっていた。ルーは僕の枕元に寝ている。
人化していない精霊たちは眠ってすらいないようだ。
『起きたか主、飯が出来ているとかで主人が呼びに来たぜ』
「こんなに早く食事の準備が出来てるのか。ガイア、シュケーでもいいや、霞たちを起こしてくれ」
『はーい』
『承った』
温泉に浸かって疲れを癒したつもりだったが、体が痛い。かなり歩いたから筋肉痛かな?
眠っていた面子を叩き起こし、朝食の為に食堂へと降りて来た。
「朝だからね、軽めにしておいたよ」
「軽め?」
霞、その疑問は僕にもあるが、口には出さないのが優しさというものだ。
夕食の半分程度の量には抑えられているけど、これは軽くないよ。
「今日は予定通り行動するから、朝食はしっかりと摂ろうな」
「私は買い物だね。お姉ちゃん、魔獣のお肉はどこへ行ったら買えるかな?」
「市場に行けば買えるけど、温泉ギルド員しか入れないよ」
それは初耳だ、どうしようか?
「どうしよう、お兄ちゃん」
「冒険者なんだから魔獣なんて狩ってきたら良いじゃないの? まだ魔獣は退治しきれていないみたいで、領主や冒険者ギルドは大変らしいしさ」
「そうなんですか? それなら霞も一緒に冒険者ギルドへ行くか」
「じゃあ、そうする」
街での買い食いを目論んでいた夜霧とオンディーヌは悔しそうにしているが、霞は僕と共に行動することにしたようだ。
「獲物は冒険者ギルドが買い取ってくれるだろうけど、余ったら私にも売って貰えないかな? 少しだけど、宿代を安くするよ」
「覚えておきます」
宿代が安くなるは結構なことだが、どんな魔獣かも不明なので何とも答えにくい。
まずは冒険者ギルド支部にて情報収集に努めた方が良いだろう。
朝食と食休みを済ませてから、僕たちは全員で冒険者ギルド支部へとやってきた。
「あの、こちらへ。支部長が待っています」
「ああ、そういうの結構ですから」
ロビーに入った辺りで職員の人に奥へと誘われたが断った。
あの支部長の話を延々と聞かされたのでは堪らない。
「魔獣の話をお伺いしたいのですが担当の方はいらっしゃいますか?」
「はい、すぐ呼びますので、こちらへどうぞ」
結局、カウンターの奥へと案内されてしまった。
「お待たせしましたね、私はこの支部の補佐でグスマレヌと言います。北の魔獣の件にご協力頂けると考えてもよろしいのですかな?」
補佐とはこの支部のサブマスターだろうか? ティエリさんも確か最初は補佐と名乗ったよね。言語理解スキル、曖昧だなあ。
僕は調べものに専念したいところなのだが、霞にだけ任すというのもな。
「今日は僕も付き合いますが、僕は他に調べたいことがあるのです。なので、長引くようなら妹に任せることになるでしょうね」
茜とマリンの実力を測る良い機会でもある。僕もそれは確認しておく必要があるだろう。
「では、そのように考えさせていただきます。
この街から北に340エイルの辺りに発生した魔獣の討伐が当初の目的でありました。魔獣の数は非常に多く、この街の兵と冒険者では手が足りておりません」
340エイルのエイルって訳されてないぞ。よく分からないが距離のことだろう。
そして兵士まで動員しているのに手が足りていないとは、一大事じゃないか!
「ランクの高い戦闘力のある冒険者は本部に多く所属している為、地方の支部では冒険者よりも兵士の方が質が高いのが現状となります。
うちの所属内でもランクCが筆頭に存在するだけで、他は戦闘に向かない冒険者ばかりなのです」
どこも都会の方が好まれるのかな?
筆頭のランクCの冒険者は、兵士さんたちと一緒に頑張っているということになるよね。
「そこで精霊遣い様の参戦は嬉しい誤算となり得ます。
既に領主の兵と冒険者は北に布陣しています。本日より移動するとなれば馬車で5日、早馬でも2日は掛かるでしょう。しかし早馬では騎乗者も消耗を抑えられませんから、馬車での移動となってしまいます」
「移動手段に関しては問題はありません、1日も掛からずに到着できますよ。
可及的速やかに現地へ向かう必要がありそうですし、現場との繋ぎをとれる方を連れて今からでも移動しましょう」
現場が危機に瀕しているかどうかは、正直なところ分からない。しかし苦戦しているというのは事実らしいし、早く現場に向かうのは悪い判断ではないはずだ。
「夜霧、一人部外者を乗せるが構わないだろう?」
「喫緊の事態ということで我慢してやるかの」
夜霧の了解は取れた。
「昼食の後、街の門の辺りで待ち合わせましょう。僕たちも準備が必要になりますからね」
「わかりました。では、私が共に向かうことにします」
どこでも補佐という役割の人は有能だねえ、判断も早くて助かるよ。




