親戚付き合いも一苦労である
「挑戦とは良い響きである。お話にもあった甘扁桃仁の事であれば、栽培は可能でございます姫公爵閣下」
わが屋敷の応接室。私と義理の姉上と家令親子と奴隷紳士が、揃って大きな鏡を覗いていた。話しているのは隣国である農業大国の学者と名乗る美女、義理の姉上のお知り合いである。学者殿は見事な黄金色の髪を持つスレンダーなひとで、魔術師でもあるそうだ。そもそも農業大国の学者と言えば、魔術師と同意語でもあったりする
学者様は国を離れることができないらしく、魔術を使っての通信となった
「姫公爵閣下のお好きな杏子ですと、自家受粉では良い実にならないので他品種の混植が必要となるのです。もし必要であれば、品種ごとの花の図をご用意しましょう。同じ杏子とはいえ、花の付き方など違う物もありますので」
「我が国の蔵書では杏子は杏子ですものね、詳しい品種のことなどわからないかもね」
姉上がそう言うのであれば、わが国にはそれほど詳しい資料がないのだろう
「ではまずは甘扁桃仁と杏子の資料を……。あ、少し気になったのだが実はどうやって収穫しているのだろうか?はしごで昇るのだろうか?」
疑問に思った私は学者殿に尋ねると、彼女は微笑んでなにかの資料を鏡に映す。どうやら魔法具らしいその物体が絵に記されていた
「なんと甘扁桃仁は実が落下しないので揺すって落とすのです。そこでこの我が国が開発した実落とし機、木を揺すってくれる器具をお勧めいたします。これを使えば実は落ちる・木を傷つけることも最小という素晴らしい器具。今ならお安くしておきましょう、2台買えば割引も可能」
「3台買えば1台タダになるのですかね?」
商談になりそうだと感じた奴隷紳士は話に割り込む、もともとお金が絡む話は彼が交渉することになっていたからだ。何せ私は世間知らずのオヒメサマだったからな。急に話に割り込んできた彼を、学者殿は不敵な笑顔で返す
「送料はタダにしようぞ」
正直まだ商売というより私の道楽感が強いので、そこまで節約しないでもと思うのだがな。道楽だとしても商談はきちんと臨むべきですよとは奴隷紳士の言葉。私はひとまず口を閉じ、彼にこの場を任せることに
「では甘扁桃仁の苗100本とその実落とし機を1台、追加購入の際は割引と送料無料としていただけるという事でよろしいでしょうか。杏子の苗は花をご主人様が確認次第、発注と……。今この状況では口約束のみとなってしまいますが……」
「我が父の名を持って約束をしよう」
結局口約束のままだが、奴隷紳士も姉上も納得されたらしい。一体学者殿のお父上はどんな方なのだろう、多分2人を納得させられるだけの威厳を持つ方なのだろうなと想像する。そういえば自分の父はどんな王様なのだろう、民からはどう思われているのか?他国民からは?
……この出生率の低下した時代に5人の御子をなした国王陛下としか、ピンとこない私。そんな風に思考がずれている間に、話題は変わっていた
「確か蜂に受粉させるのでしたっけ?では養蜂もできるかもしれませんね、姫公爵ブランドで……」
「わお、甘扁桃仁の蜂蜜漬けですか!」
おとなしく見守っていた侍女は歓喜の声をあげる。甘扁桃仁の蜂蜜漬けは私の好物だ、ただし値段が高くてあまり食した事が無い……王家出身なのに。公爵となってからは食べられる機会が多少増えたという、なんとも残念な状態だったりする
「上手くいけば甘扁桃仁の蜂蜜漬け・杏子のジャムを自家生産できますね。余った分は売ってもいいし」
どちらも私の好物である
「そう簡単に農作物を売っても良いのか?」
「加工品ですから私の商会で扱いましょう。ただし農作物に関して姫公爵領での取引は、領主を通さなければ売買は出来ません。もちろん運営しているのは領主たるご主人様ではなく、ご主人様の伴侶殿ですね、ぼろ儲けしていますよ。農家から安く買い入れ、爵位を使って色々なところにねじ込んでいますから」
「そ、そうか……」
「そこをご主人様が掌握すれば、万事解決なのですが。まだそこまで思いきれないご様子、とりあえず今は家庭菜園感覚でいきましょう」
何て壮大な家庭菜園(?)なんだ、まぁ私の領地だからあたらずとも遠からずである
農業大国から杏子の苗木が届いた。時間差で残りの甘扁桃仁の苗木はやってくる予定。わが国でも購入できるのだが、学者殿がわざわざ『薔薇の女王』と言う名の魔法属性を神より賜った聖職者の祝福が宿った苗木を、お友達価格で売っていただいた。『薔薇の女王』とはバラ科の植物全般に祝福を与えられる魔法属性の事で、本当に女王なわけではない
……しかも男性らしい
「言祝ぎ料はタダにしておきましたぞ、姫公爵閣下」
「ははは、言祝ぎ料など徴収していないでしょうに」
「ほほほ、洒落心のわからぬ男よの」
なんて学者殿と奴隷紳士は笑いあう。その様子にちょこっとだけ心が痛んだが、多分気のせいだ。丁寧にお礼を言ってから、まずは公爵直轄領(と言う名の荒れ果てた空き地)に杏子の木を植える。配置は学者殿が考えてくれたもので
奴隷紳士は少し悔しそうな顔をして、これからは農業にも力を入れますと明後日の方向に頑張りをみせてくれた。お前は性奴隷ではなかったのか?
「頑張りどころが違うと思うぞ……」
思わずつぶやいてしまったのが、彼にも聞こえてしまった。彼は目を細めて私の耳元でそっと囁く
「頬を赤く染めて可愛らしいご主人様、私に『頑張らせて』いただけるのですか?」
「こんな明るい日の元で、卑猥な顔するものではないわよ紳士」
「私はそんな顔をしていましたか?ご主人様」
「いや、私ではなく姉上が言ったのだから知らん」
プイとそっぽを向いて侍女の元へと歩いて行った。残された奴隷紳士がどんな顔をしていたかなんて、私は知らない
杏子の次は甘扁桃仁の苗木が届いたので、まずは屋敷近くに農地を持つ者の了解を得、道沿いに何本か植える
祝福が効いたのか、すくすくと育つ苗木たち。貰った資料よりも成長が早すぎるが、かの農業大国の苗木、凄いものなのだろうと無理矢理納得した。なにせ『女王』の木なのだから。奴隷紳士は木の成長具合と日照に関する資料を作成して、道沿いに農地を持つ者の理解を得る為奔走する(性奴隷なのに)。どこになら植えられるかという地図を作成し、いずれは作物の加工販売や観光資源とする事を口説きまくってる
勿論この事業は女公爵である私が元締め(?)だと言うのも忘れずに
「花の時期には観光客を呼びましょう、そこでちょっとした出店を出します。領民から参加者を募ってみてはどうかと考えていますが?」
「植えたばかりで花は咲くのだろうか……」
「そこは神官殿の祝福の木ですから。咲かなかったら灯篭でもぶら下げて夜祭でもしましょう、どちらにしても警備の確保と……」
話はどんどんと進んでいく。最近の私たちはご主人様と奴隷ではなく、駄目な経営者と優秀な経営コンサルタントと言ったところだろうか。まったくもって性の『せ』の字もないときた。いまだお試しだから仕方ないかもしれないが、なんとなく時間が経つごとに『買う』と言いだしにくくなってきてしまったのである
「さすがに実はまだ早いかもしれませんね、収穫祭なんて言っておいて小さい実ばかりでは格好が付きません。ご主人様の手腕が問われてしまうのはいけませから、花祭りだけにしておきましょうか」
「う、うむ……」
そんな感じで花の時期の祭りは決定となった模様、夫モドキに知られると面倒なので秘密裏に。出店の手配などは奴隷紳士の商会の伝手で、王都の有名店が出店してくれる予定。評判が良ければ次回の祭りからは領民から出店者を募ろうと思っている
そして奴隷紳士がまたもや里帰り(?)をしている時に、麗夫人はやってきた
先触れとか何故しない?急に王家の馬車が近づいてきたと思ったら、勝手にのしのしやってきた。あわてて家令が応接室へと案内しようとすれば、勝手知ったる他人の家。私が部屋に付いた時はすでに菓子を食い散らかした後だった
比喩ではなく本当に散らかしていたのだった。菓子のクズがボロボロと……人の家なのに……
今日は麗夫人だけではなく線の細い青白い女性も一緒だった。床の方に視線を向け、出された茶にも口をつけず魂が抜けたようなひと。侍女にしては麗夫人の隣に座っているのだが……って
…………もしやもしかして恐らく多分
「お前の母だ、これを連れてきてやったのだから奴隷を見せるがいい」
いや、頼んでいない
もう十何年も見ていなかった母親、正直あまり私と似てはいないようだ。もう少し、こう、親子の情とかいうやつで出会った瞬間わかり合えるかと思ったのだが。そんなのは幻想だったよ、母よ。そもそも麗夫人の巨体の衝撃がすごくて、「あ、いたの?」と言ってしまいそうだった程の陰の薄さ
その辺は親子なのかもしれない
「……どうも」
「……ぁ」
もちろん、感動の対面になんてならなかった
お目当ての奴隷紳士がいないとわかると、先日の様に麗夫人は勝手に一人で帰っていってしまった……そう一人で!
何故国王陛下の側室を置いていってしまうのだ。ちゃんと連れて帰れと思ったのだが、こちらはこちらでぼんやりとしたまま、最初のあいさつ以降一言もしゃべらず。え、何がしたいのだ?もしかして王宮からお払い箱なのか第4妃よ?
なんて思っていたら急にしゃべりだした第4妃、しかし視線は合わず虚空に彷徨わせている。え、大丈夫なの母よ?
「おおきくなった、あのひとのこ」
「まぁ、成人しましたから」
「あのひとに、よくにている」
「そうですか」
国王陛下を『あのひと』扱いしていいのか母よ、そしてそれ以降うんともすんとも言わなくなった母。……ど、どうしたらいいのだろうか?
一先ず王妃陛下にご相談だろうかと家令を呼ぶと、義理の姉上が今別室で待っていてくれるとの事。どうやら王妃陛下も麗夫人が第4妃殿を連れだした事に気が付いたらしく、身軽な姉上に後を追わせたと。姉上は魔術師だから、魔術を使ってこっそりと王宮へ連れ帰ることも可能だからである
「『紳士』はお出かけ中かしら?」
「えぇ、里帰り中なのです。……なんだか里帰り中に限って、麗夫人殿がうちに来るんですよね。なんですか、狙って来ているのでしょうか?」
と言っても普通いる時に来るだろうから、何を狙っているのかいまいち不明の麗夫人
「……ねぇ、姫さま。麗夫人の正式な立場を知っておられるかしら?」
いいえと答えると、やっぱりなんてため息をつかれてしまった。世間知らずでスイマセン。義理の姉上いわく……
「麗夫人はある家に降嫁なされた時に、王籍を返上しているのね。だから王族ではないの。そして出戻った訳だけれども、王籍は余程の事情がない限り復帰することは出来ないのよ。例えば王の直系が絶えてしまった……とかでもないと」
離婚したくらいでは王族復帰はあり得ない。しかし王妹として放り出すのも忍びないという事で、領地無しの一代限りの爵位を与えられたそうだ。その爵位とは、王家が管理している……
「は、伯爵位ですか?元王族にしては低くないですか、それ?」
「だってあの方何も出来ないから、女公爵も女侯爵も、女伯爵さえも名乗れなかったの。治める領地もない、称号だけの『伯爵夫人』なのね。だから……」
「王妹である麗夫人と同じくらい何も出来ない王女たる私が、どうして女公爵に叙されたのでしょうか?」
「あら、気になるところはそちらなの?姫さまは初婚だし、伴侶として領地経営できる人がいたから。実際は領地経営はしていても、姫さまをないがしろにしているクズだったというわけだけれども」
国王陛下は王女をないがしろにする貴族がいるとは思っていないらしい。王妃陛下と王太子殿下は苦言を呈していたらしいけれども、国王陛下は聞く耳持たなかったと。なぜなら夫モドキの父親は、国王陛下のご学友だったから
……どうやらアレの父親は王家を敬い忠義心厚い人だそうだ
その王家を敬い忠義心厚い立派な義父に、一度も会った事はないのは何故だろう。夫モドキが会わせないのか、ポンコツ元王女なんて王族だと思っていないのか……。まぁ、今更どうでもいいが
「だから麗夫人が紳士を見たいと言ってきても、それを拒否できると言いたかったの。ただ、まだお試しなのでしょう?姫さまの焦らし技術はなかなかのものだけれども、欲しいものは早めに手に入れておいた方がいいと思うわ」
「いや、焦らしているつもりは……」
そんな技術は持っていない
「お金が足りなかったら、王妃陛下が援助なさると仰っているわよ」
「わ、私が性奴隷を買おうとしていることが……」
「ばれているわよ。麗夫人にばれているのだもの、王妃陛下にばれない訳ないわよね?」
うふふと艶やかな笑顔で早く買ってあげなさいなと義理の姉上は言い、第4妃と共に王城へと帰っていった。




