結婚するのも一苦労である
宛がわれた夫は、逆から見れば私を宛がわれたという事。父である国王陛下からの勅命を拒否できる者はいない、可哀想とは思う
私の婚姻と共に、弟殿下こと王太子殿下の婚姻も発表された。殿下の華々しい結婚式の裏側で、私の地味な式も行われてしまった。おかげで私は殿下の式には出席できず、女公爵家代表として夫が参列したらしい……。そう私は一人で神殿へと出向き(侍従親子も一緒だったが)、用意された書類にサインをして屋敷に帰ったのである
式じゃねぇ……と、やさぐれつつも屋敷で初夜を待っていたのだが
「殿下……、いいえ閣下。閣下は成人したばかりでまだ子供と言っても過言ではない、全ては自分にお任せくださればよい」
「……そうか、わかった」
という訳で初夜は中止。所謂『旦那様にお任せしなさい』と言うやつなのかと思ったらまさかの中止、まさかの展開。私の為と言いつつ見下されるその視線は、残念ながら幼少期から散々向けられてきたものと同じで慣れている。わが領地を経営し家さえそこそこに存続できるのであれば、私に文句はない。……そう思っていた時期もありました。しかし宛がわれた夫は酷かった、多分酷いと思われるのだが時世の流れに疎くて断言はできない
すでに恋仲である女性が存在していたのは知っている、私を宛がわれたためにその人が愛人となってしまったことも知っていた。囲っているのも知っている、初夜にそちらの別宅で泊まった事も知っている。こういう場合、初夜くらいは仕込んでいくものだと思っていたのだが、そうではない場合もあるらしい。斬新だ……
そこまで回避したいのであれば、とっとと既成事実でも作って断ればよかったじゃないかと思う
夫は某貴族家の長男であるが、その家では代々長子が当主となっているそうで夫の姉が家を継いでいるらしい。……多分、女公爵の配偶者としての地位の魅力に逆らえなかったのかもしれない、ただの部屋住みから見たら逆玉の輿と言うやつだ
だからこそ向こうの女性も腹立ちながらも、金の為に容認しているのだ。……と思ったら、どうやらその女性庶民だそうだ。部屋住みと庶民か、身分違いでも十分結婚は出来るはずだ
やっぱり地位と金なのかと一人寂しく夕餉を食して(通常通り)、就寝前の一時に侍女からがま口の作り方を習っていた。チクチクと針を動かしながら、侍女が仕入れてきた情報を得る
「あちらのひとが癇癪起こしまして、いわく『初夜の晩、私の元に来なければ別れてやる』と言ったそうです」
「そう言う情報をどこから仕入れるのだ」
「別宅の侍女情報です」
主の秘密をばらしていいのかと思ったのだが、その『別宅の侍女』の主は私だったな一応。領地にある屋敷、通称別宅は本来であれば本宅となるのだが、私が王都にある屋敷に住んでいるのでこちらが本宅となっている。と言っても領地は王都のすぐ隣なので、別宅までは馬車で数刻行ったところにある屋敷
その別宅ではわが公爵家で雇った侍女が労働中、使用人をまとめている侍従改め家令が送り込んだスパイらしい……、いつの間に……
「姫さまがぼんやりなさっているからですよ、爺にお任せあれ。証拠を集めていずれは……ククク」
急にキャラの替わった侍従改め家令であった
そんなこんなで子供ができた
向こうの愛人に
勿論私にできる訳ないのだ、仕込んでいないからな。向こうの愛人は私と夫がそういうことをする事さえも許さない、大変嫉妬深い女人だという(侍女情報)。まぁ、王命で迎えた妻などに愛情なんてもてなかったのだろう夫も、忙しいとか、私が子供だからと理由をつけて避けまくっているし
というか少々産み月早くないか、結婚前に仕込んだ計算だぞ?少しは遠慮しておけよと思う
その上夫は領地経営で財をなし、着々と着服して、あまつさえ領地の一部の所有者名義まで書き換えたそうだ
確かに国王陛下に認められるだけあって、非常に優秀なやり手だなと感心すると家令親子に怒られた。私が何も言わないからって、やりたい放題で感心したのだよ。このままではあちらの子供が、いつの間にかわが公爵家の跡継ぎになっているかもしれないぞ?凄いやり手ではないかと言うと、やはり家令親子に怒られた
しかし土地問題は家令にバレバレな為、書き換えた際の書類を確保して承認に待ったをかけている。非常に優秀な家令は下手に文書を偽造したりするとこちらが不利になるので、承認の判子を押させない状態にしている。実はその判子を押す人物が家令の知り合いらしく、忙しさを理由に後回しにしてもらっているのだ
非常に灰色な手段であるが仕方がない。公爵家の財産をなんとか自分の物に書き換えようとする夫と、家令の水面下の争いは続く……これなら家令を夫に迎えた方が良かったのかもしれない、なんて言ったら
「何言っているのですか。姫さまにあんなジジイは似合いませんわ。だからと言ってあの似非領主代理が似合うとも思っていません。ぼんやり系の姫さまには、こう、包み込んでくれる包容力ありすぎな、美男子紳士がよろしいかと思う訳ですよ!!」
「ジジイだなんて、自分の親をそう言うものではないぞ侍女よ。さすがに私を義母と呼ぶのはキツイだろうが……」
「義母と呼ぶのはともかく。父は完全なジジイですよ、娘の私から見たって、どう見たってジジイ。……まぁ、年取ってからの子は可愛いのでしょうね、……良い父親な事は……間違いないですわ」
頬を染めてもじもじと照れる侍女。彼女の産みの母(侍従の妻)は早くに亡くなっているので、父親に育てられていて彼女はいわゆるファザコンであった、しかも《4の国》の言葉で言うところの素直ではないタイプのファザコンと言うやつだ
彼女を見てそう思う訳ではないけれど、父親という存在はとても大切だ。私は身内から贈られる愛情と言うものが、どういうものなのか想像できない。強いて言えば王妃陛下の温情か、弟殿下のやさしさか、血の繋がらないお姉さまの気遣いか、侍女の素直じゃないファザコンか
……見内と言えば身内だが、弟殿下以外血が繋がっていない悲しさである
「それに近年出産率の低下が叫ばれていて、ほとんどがひとりっ子、多くて2人きょうだいのこんな世の中。枯れているジジイの種では期待できません!」
「枯れているかわからぬではないか」
「身近で済ませ過ぎです姫さま、せめてもう少し若い男にしましょう。もっと目標は高く!!なんでしたら新たに降臨なされた神様の神殿に、お参りに行きましょうか?」
「かみさま?」
神様と言えばこの世界が生まれた際に、共に産まれた王冠の女神様(全世界的に4柱いる、全員が『王冠の女神』という名である)である。先日この荒んだわが国に新たにご降臨なされた、女神様の従属神がいらっしゃるらしい
真夜中、王冠の女神神殿にご降臨された灯は王妃陛下(国王陛下ではない)と司祭長に見守られながら、魔術姫によって隣にある神無き神殿に移された。そして神託により集まった女性が数人、彼女らは『神の娘』として世俗から切り離された……とは侍女の談
聖職者として女性が選ばれたということは、その従属神様は男性神なのだろうと推測される
想い合い子を望む夫婦や恋人たちは、『愛を見守る儀式』を受け次々と子宝を授かっているという。ただし想い合わない、愛のないものはそこへ立ち入ることも許されないらしい
愛が無いから私には縁のない場所だ。神頼みは出来ず自力で頑張らなければいけない私が世間知らずで駄目な分、父親に人格者を望んだ方が早いなと思った。家令だって人格者だろうが、身近過ぎる(そして年が離れすぎている)と侍女。なので誰か人格者の愛人を得なければと考えていたところに、あちらの方が出産したと聞いた。男の子だと言う事で危機感を感じ、家令に相談する
……人格者が愛人と言う立場になってくれるかはともかく
「では性奴隷を購入してはどうでしょうか?」
「……人格者が奴隷になるとは思えないぞ」
「まれになったりするのですよ、姫さま」
家令いわく、借金奴隷の中には罪を擦り付けられ、借金を背負わされ、『血』を売る事でしか先の見えない人間がいるらしい。ずるく立ち回れない性格を見抜かれてしまい、性奴隷に堕ちてしまうのだと。ちなみにわが国における性奴隷の定義とは繁殖を目的とした奴隷で、ただ単に性行為を目的とするだけではないという
いいや、ちょっと待て
「『血』を売買しているのか?『血』の力は祖先の努力の賜物、そんな風に金に換えてしまっては女神様の加護が消えるのではないだろうか?」
大丈夫なのかそれ?と思い問うと、だからこそですと彼は言う。『血』の力は必ず出るわけではない、むしろ出ない方が普通だと言う。それでも『血』の力が欲しい貴族は、あの手この手で入手しようとするのだと。例えそれが犯罪行為だとしても、貴族と言う名のもとに行われれば、それすなわち大義だと
あぁ、これこそが『そうとう心が荒れ果てている』ということなのだなと理解した。そりゃあ神様もご降臨なさるほどの荒れ様である、まだ見捨てられていないだけましか?
「《3の国》は地位と役割の国、役割を得る為ならば地位を利用するのです。貴族がその役割を果たすために必要な『血』を得る為ならば、たとえそれが非公認の人身売買であろうと、強姦であろうとも構わないと……。恐ろしい事に強姦は男女問わず、です……」
「そんな……、それは女神様の教えを曲解しているのではないか?貴族として恥ずべきことであろうに……」
「爺もそう思います、しかしこれが現実なのですよ。だからこそ姫さまは、婚姻相手として誰にも望まれなかったのです。こんなにお優しく愛らしい姫さまを、第4妃様の家系が能力無しだからと」
「ぽ、ぽんこつって……」
父王に愛されていないうえに、側室方から憎まれ、母の実家はポンコツ……。確かにそんな事故物件、誰も欲しがらないか。というか、ポンコツなのに何故憎まれるのだ、理不尽である
しかも夫モドキは愛人のところに入り浸り、そちらの人と子を生した。良い子供を望めない私よりも、愛する女の元に居たいか。あぁ、なるほどね。私よりも、真の家族と一緒にいたいのであろう
そんなこと私も同じ気持ちだ、私だって私だけの家族が欲しい!!
種提供者が誰であろうと、私が産んだ子は私の子。私が産めば男の子であろうと女の子であろうと、次代の公爵である。上手く孕めて男の子だったら私の嫡子となるのだから大丈夫だと思うが、油断していると年上だからと夫モドキの息子に爵位を奪われるかもしれないのが心配だ。女の子だったらさらに悪いことが起こるやもしれん、一応あちらもギリギリ貴族(爵位はないが)、大義名分でなんて
……いやまて、そもそも私の命が危なくないか?これは早々に離婚を考えた方がいいのかも
そんな困難ありまくりな未来を予想するが、ともかく種が無くては始まらない。そういう訳で私は、奴隷購入を決意したのだった
神頼みはさすがに図々しいかと思い、遠くから参拝させていただいた。それを参拝と言えるかは謎だが……。