臣下に下るのも一苦労である
※作中に『育種家』と言う表記がありますが、実際の育種家とは全然違います。そう自称しているだけの話です、ご了承ください。
※この時代のこの国における性奴隷とは、繁殖を目的とした性行為を行う奴隷の事でいわゆる種馬に近いものとなっています。
近くて遠い4つの世界のお話
世界の始まりはスープ皿に満たされた粘度のある命の水
天から落ちた滴りが水面を押し出し、それは王冠へ、王冠から神へと変化し
波紋は大地となった
波紋から成った大地は、大きな大きな輪の形をしていて
それを四柱の王冠の女神達が、それぞれ守護している
これはそんな世界の《3の国》の話
のちの世の人々からは『恥ずべき時代』と言われる事になる、この時
忠誠と深秘の国、王を頂点とした国
王族・貴族・騎士・魔法使い・神官・庶民が生きる国
《3の国》といっても、さらにいくつかの国に分かれていて、そのなかでも2・3を争うほどの栄えた国が私の産まれてしまった国。地位がものを言う国で私は最高位とも言うべき王家の女、国王陛下の第4子第3王女として生まれた
のだが……
生母は地位の低い子爵家出身の第4妃、そもそも子爵家の令嬢が何故側室となれたのかはわからない。普通下位貴族からの側室入りなんて、王に熱望されてでもなければあり得ないこの国。しかしそれほど熱愛されている訳でもない母、そして溺愛されているわけでもない王女たる私。あまりにも無関心な国王陛下の態度に、政略結婚さえもお呼びがかからない状態の私だったりする
腹違いの姉たちは生まれたすぐ側から、売約済みとなったのに。大した後ろ盾のない私の血は、誰も欲しがらなかったと第3妃様は語る
「魔力も微弱、魔法属性もなし、容姿も平凡、貧相な体つき。王の関心も薄く、持参金も望めない……。その割には第1妃や2妃からの嫉妬と恨みはた~くさん。そんなあなたを嫁に貰いたい家なんて、無いってことね。お可哀想に……」
「……そうですか」
そんな風に言う第3妃様も、目が笑っていませんけれどね。目の前の方は憎しみの灯る目を向けながら、口調だけは甘くさえずる。器用な事だ。国王陛下の生誕祭、普段華々しい催しには全く招待されない私に珍しく席が用意された。私に宛がわれた貴賓室で、もちろん一人で儀礼剣術を観覧中だったのに、
そこへ突然第3妃がやってきたのだった
すごく招かざる客だなと
彼の方が何故に放置気味の私に会いに来たのかと思ったら、私の今後の身の振り方を伝えに来た模様……。普通そういうお知らせは側室ごときが使者となるべきものではない、普通は王妃陛下か宰相が来るだろうに
それほどまでに私を愚弄したいのだろう、お暇な事で
「でもよかったじゃない、そこそこの領地を頂けて公爵位を名乗れるのですもの。ついでに領地を経営させるために優秀な夫まで貰えるなんて、とてもうらやましい」
「…………そうですか」
変わってあげてもいいですよとは、さすがに言えず
第3妃様が仰るとおり、適齢期を迎えたにもかかわらず嫁ぎ先が見つからない私は、臣下へ下って新たに公爵家を興すこととなったのでした。その心は、姉である私が片付かないと腹違いの弟殿下が結婚できないからである。何せ弟殿下は王太子であり次代の国王陛下となられるお方、成人と共に婚姻の儀式を行いたいらしい。別に先に結婚したっていいのにと思うが、世間体が悪い……ようだ
臣下に下る際に賜ったものは、公爵位と引退間近な侍従とその娘である侍女。そして領地経営させるための名ばかりの夫……愛人付き
最初で最後の公務となった生誕祭。狭い王城からやっと抜け出せるのかと、近衛騎士達の羽根飾りが揺れるのをぼんやりと眺めていた
臣下へと下る為王宮に賜っていた私室の荷物を片付ける、と言ってもそれほど私物がある訳でもない。手伝ってくれたのは侍従の娘である侍女と……
「こちらの装飾品の分類をいたしますね、わざわざ王家由来の目録だけ届けるなんて。手伝う気全くなしなのね、ここの女官は。職務怠慢だわ、後で潰しちゃおうかしら、うふふ」
そう怖い事を言いながら、すばやく分類して下さった義理の姉上。国王陛下の公妾の連れ子で、仮の『姫』となっている方。血の繋がりは全く無い彼女だけは、私の引越しの手伝いをしてくれているとても美人で親切なひとである
むしろ血が繋がらないから、親切にしてくれるのかもしれないなんて卑屈になってしまう私。いけないいけない、義理の姉上は親切で手伝って下さるのにこんな気持ちでは駄目だ。反省しなければ……、そんな風に気持ちを切り替えている間も、作業は粛々と続く
「殿下、ドレス類はいかがいたしましょう。一応全部持っていっていい……みたいですが」
「そうね王女殿下方のお下がりですから、どうせ公の場には着れません。処分しなさい」
王女様方が一度袖を通したドレスなんて着れないし、着て行く場もない。わざとだろう微妙な汚れや綻びが地味に笑える、そこまでして私を笑いたい姉上方はすでに降嫁してもう王宮にはいない
「あ~、姫様、処分なさるのであれば、いただいてもよろしいでしょうか」
侍女は姉たちのお下がりと言う名のごみを欲しがった。何故かと訊ねると、上等な布なので小物を作りたいのだという。侍女はこんな感じの物を作るのが趣味でと、お仕着せのポケットから小ぶりなガマ口を出してきた。それに興味を抱いたのか義理の姉上が近寄って来る
「あら可愛らしいわね、何が入っているのかしら?」
「小さめの化粧道具です、ちょこっと直すのにわざわざ控室まで行かないで済みますから」
「へぇ、いいわね。売り物になりそうなほど、しっかりした作り、縫い目も綺麗だわ」
私も興味をひかれて、それを覗き込む
「……こんな趣味があったの?しかしドレス生地を再利用は止めておきなさい。後で難癖付けられて、賠償請求されても困るから」
女公爵となる私よりも家格が下になる姉上方は、そんな些細な事で追い落としにかかるかもしれないしと言うとそうでしたと侍女。生地なら新たに購入して、私にも作り方を教えて欲しいと言うと侍女は是非にもと微笑む。私も公爵屋敷へ引っ越した後、こういう物づくりに没頭するのもいいかなと思ったから。……どうせ領地経営は宛がわれた夫がやってくれることになっているし、子供が生まれるまでほぼやることがないのだ
実際には子育てだって、乳母を雇う事になるだろうけれども
そんな風に荷物を整理中、王妃様の先触れがやってきた。どうやら自ら国由来の宝飾品を受け取りにくるらしい。お姉さまは目録の順番通りに並べて、私に確認を取った。と言っても国由来の装飾品なんて3つしかない、それ以外は母の持ち物、もしくは母の実家から贈られた物。……王族でなくなったら、返せとか言われるかもしれない物だったりする
そもそも母の実家からも、私は歓迎されていない。溺愛されていなくても普通に父として愛情を注がれていれば、母の実家からももう少し愛されていたかもしれないな、なんて思っているのだが、正直よくわからない家
今の内に母に返しておくべきなのかもしれない
そもそも母でさえ謎な人だ、王城内にある離宮に一人ひっそりと暮らしているらしい。ここ数年話したことは全く無い。先日の生誕祭に宛がわれた貴賓室も、第4妃用に用意されていたもの……やはりという感じで母は欠席。これは向こうに避けられているのだろうな……と、親子の交流は諦めている状態。まさか死んではいないはず、きっと、たぶん
両親はいない様なものでも、子供はそこそこ育つのだなと
「王妃様のお越しです」
「はい……」
そう王妃陛下の侍従が言った。私は礼を取り陛下を迎える。王妃陛下は父の正妻、数多くの女を飛び越えて我が国の女性の頂点へとのし上がった才女。本来であれば第1妃が王妃じゃないのかと疑問に思うかもしれないが、我が国では番号の振られた妃は側室となっている
王妃陛下は第1妃・第2妃・第3妃よりもお若く美しい方で、先祖の努力の結晶を『血』で受け継ぐことが神から許された、身体的祝福を内包する一族の女性。その名も『賢者の血』が強く出た女性で、美人なうえ頭脳明晰なんて羨ましいお方
この爛れた国の良心だと、私が思っている女性
他国であれば嫡男たる第3子第1王子殿下をお産みになった、第3妃が王妃なのだろう。しかし王妃陛下のお産みになった第5子第2王子殿下が、その有能さを買われ王太子に選ばれた。第2王子殿下は唯一優しくしてくれるきょうだい(そして唯一の弟)だったのだが、立太子した事で多忙となり、なかなか会えない方となってしまったのである
私も公爵となるのであれば、王妃陛下と王太子殿下を支えるべく『賢者の血』を迎え入れたいと考えていた。しかし何の自由も与えられない王女としては、宛がわれた夫で我慢するしかないのであった。いや、向こうも私を宛がわれ迷惑を被っているはずだ、結局のところお互い様だと諦めろ……という事だろう
それに『血』の力は必ずしも発現するとは限らない。しかしそれでも『血』の力を諦めることができない、努力を金で買いたい貴族によって、そうとう荒れ果てている状況と聞く
「臣下へ下るという事で、国から貸与されている装飾品を受け取りに来ましたよ」
「こちらへ揃えてございます、ご確認くださいませ」
王妃陛下は侍従と宝物館管理官、女官を引き連れてわざわざお越しくださった。私は最敬礼をして、机の上の装飾品らを示す
「姫が誤魔化すなどと思っていないわ、これが証明書。わたくしのサインが入っていますので、後から難癖付けられることないでしょう、ご安心なさい」
「ありがたき幸せ」
宝物管理官に装飾品を預け、ご自身の侍従から書類を受け取りサインをする。そしてその受け取り書類に陛下がサインと加え、国に返却した証となる。しかしすでに父たる国王陛下のサインも記入済み、これは王妃陛下が予めいただいていたものだろう、時間の無駄が省けてとてもありがたい事だった
「他に何か思い残すものは無いかしら?わたくしの名をもって、憂いは取り除いておくがよろしいでしょう」
「過分なお心遣い、感謝いたします王妃陛下。……では今現在この部屋にある、私の個人資産以外で少しでも値打ちのあるものの処分をお願いできますでしょうか」
「少しでも値打ちのあるもの……ね。侍従よ、財務から役人を回しゴミの処理をさせよ。わたくしの名においてこの部屋が綺麗に国に返還されるよう、計らえと」
「御意」
そのゴミとは、姉姫様方のお下がりドレスと母由来の装飾品(これはゴミではないが、言葉のあやだ)が含まれる。家具も勿体ないが国からの支給品、返した方が後腐れないだろう
「そしてこれはわたくしからの祝いの品、嫁入り道具一式。本来であれば産みの母たる第4妃殿が用意すべきものだが、国王陛下の正妃として、王の全ての子供達の母としてわたくしが仕切らせてもらった。幸せはご自分でつかみなさい、娘よ。貴女が考え決めた事ならば、わたくしはそれを祝福しましょう」
「ありがとうございます、王妃陛下」
王妃陛下より祝いの品の目録をいただき、現物はすでに用意されている公爵邸へと運ばれているそうだ。私の屋敷となる公爵邸は、現在王妃陛下の部下が直々に管理して下さっている。そこまで丁寧に今後の人生の道筋をつけてもらっていて、私は、本当に自分自身の力で幸せを掴めるのであろうか
無理っぽい?