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もずく生活 終了

 妹を名乗る人物が、私の所に駆け付けた日から二日後。

 私はなぜか入院することになった。


 もずくを愛していただけなのに、こんなところに隔離されるなんて。

 初めは相部屋だったが、色々あって今は個室にいる。

 開けることのできない窓。

 殺風景な白い空間。

 本当につまらない。


 私はベッドに横になったまま、ずっともずくのことを考える。

 あれから離れ離れになったままだ。


 会いたい、会いたい。

 私はとても悲しくなって、泣いた。

 するとそこにあの女がやってきた。


「お姉ちゃん、元気? って、どうしたの、お姉ちゃん!」


 呼びかけてくる、妹を名乗る人物。

 いまだに思い出せないが、毎日のように病室にやってきては身の回りの世話をしてくれる。

 もしかしたら本当に妹なのかもしれないと思い始めていた。


「悲しいのよ。だってずっと会ってないんだもの。このまま会えないのなら、生きている意味なんてないわ」

「お姉ちゃん……」


 女が悲しそうな目で私を見てくる。

 そして女は自分の手荷物をごそごそと漁り始めた。


「お姉ちゃん、実はね……持ってきてるの」

「持ってきてる? 一体なのを持ってきたというの?」

「本当はお医者さんに止められてるんだけどね、このままじゃかわいそうだから」

「だから一体何を持ってきてるのっ!」

「これだよ、お姉ちゃん!」


 女が取り出したのは、円柱形のガラス瓶だった。

 中は液体で満たされていて、そして……そして……。


「あなた、その中で漂ってるのはまさか!」

「そう! お姉ちゃんが好きなアレだよ」


 ああ、会いたかった。

 私の大好きな大好きな。


「ビーフストロガノフちゃん」


 女からガラス瓶を受け取ると、頬にあてて抱きしめた。


「ああ、ビーフストロガノフ! 可愛い私のもずくちゃん」


 私は目の前でガラス瓶を持つと、上下転倒させ撹拌する。

 うようよと動くビーフストロガノフ。


「動いた、動いたわ! 良かった、元気そうね。わぁ~、もずくちゃーん、もずくちゃーん」


 私は本当に嬉しかった。

 そして感謝した。

 私の妹を名乗る者に。


「あなた、ありがとう。本当に、本当にありがとう」


 女に向かって泣きながら礼を言う私。

 しかし、あの女はどこか悲しそうな顔をしている。


「うん、良かったねお姉ちゃん」


 そう言ってはいるが、表情は暗い。


「どうしたの、あなた?」


 すると女は言う。


「実はね、前からずっと言わなきゃって思ってたことがあって」

「私に?」

「うん」

「いいわ、何でも言って。あなたのことはまだ思い出せないけど、とってもいい人だって分かったから。あなたの言うことなら信じられるわ」

「本当! じゃあ言うね」


 女は神妙な顔をして、深呼吸をするとこう告げた。



「お姉ちゃん。それ、めかぶ・・・だよ」



 私はこの女が何を言っているのか分からなかった。

 頭が真っ白になり、手に持った瓶をじっと見つめた。


「あなた……何を言っているの?」

「だから、それはめかぶなんだよ」

「この子が、めかぶですって? 」

「そうだよ、もずくじゃないんだよ」


「嘘よ! あなたが差し替えたんでしょ!」

「そんなことしてないわ。お姉ちゃん、今手に持っているのは何?」


 私が今手にしているもの。


「間違いなく、ビーフストロガノフよ」

「ね、間違いないでしょ。だからね、お姉ちゃん。初めからそれはめかぶだったのよ!」


 これがめかぶ?

 私が98円で買ったものが、めかぶですって?

 じゃあ、もずくは? もずくはどうしたの?


「もずくはどこ! どこなの!」

「いないわよ、お姉ちゃん。ずっとそれはめかぶなんだから!」


 ああ、なんてこと。 

 私は、間違えていた。

 そして泣いた。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。私、あなたのことずっと勘違いしてたわ。あなた……めかぶだったのね」


 妹を名乗る女が近づいてきて、私の背中をさする。


「泣かないでお姉ちゃん。良かったじゃない、気づくことができたんだから。ほら、めんつゆ持ってきたから、一緒に食べよ?」


 女はカバンからめんつゆと、小皿、割り箸を取り出し、ベッドに備え付けられたテーブルに置いた。


「そうね、食べましょう」


 泣いた目を擦りながら私は答えた。

 小皿にめんつゆを入れ、めかぶが入ったガラス瓶のふたを開ける。

 そして割り箸を割って、中のめかぶをつかもうとした。


 その時だった。

 主治医が巡回にやってきたのだ。


「君達、勝手にそんなことされると困るなぁ」


 固まる私と妹を名乗る女。


「すみません、これはその……違うんです!」


 女が言った。


「何が違うんだい? それは持ってきちゃダメだって言ったでしょ」

「ごめんなさい」


 女が私のためにやったことで、主治医に怒られている。

 何だか悪いなと私は思った。


「もうだめだよ、こんなことしちゃ」


 そう言うと主治医は私達からめかぶを取り上げた。

 そして病室を出ていく。


 この時、去り際に主治医が言った言葉は私達にとっては呪いの言葉のようだった。



「まったく。何で病院にひじき・・・なんか持ってくるかねぇ?」



 そう、あれはもずくでなければめかぶでもなかった。



 ひじきだったのだ。

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