もずく生活 その2
老若男女多くの人達が集う大型ショッピングモール。
ストレスを発散するにはもってこいの場だ。
二階のフードコートに併設されたアミューズメントエリアには、様々なゲームやアトラクションが設置してある。
中でも私のお気に入りはメリーゴーランドだ。
私は財布に百円玉が数枚あるのを確認すると、受付ゲートへと向かった。
「おじさん、はい三百円」
料金を渡す私。
受付のおじさんは私の顔を見て少し戸惑いつつ言った。
「ああ、お嬢さんかい。また、いつものやつだね。いいよ、入りな」
ここのメリーゴーランドは、原則子供しか使えない。
体重制限があるのだ。
しかし、私だけは特別に入場させてもらっている。
私はいつものようにメリーゴーランドの屋根を支えている中心の柱に背を預けて立った。
「今日もいい馬がそろっているわね」
白馬が多い中で、数頭黒い馬も混じっている。
王冠をかぶるもの、首に花飾りをつけたものなど個性豊かだ。
そして優秀なちびっ子騎手達が、続々と騎乗する。
他に騎乗する騎手がいないのを確認し、おじさんが起動スイッチを押した。
そう、私は乗らないのだ。
このレースの展開を特等席で見るためだけにここにいる。
ゆっくりと走り始める馬達。
「さあ、スタートしました。まず先頭を切ったのは――――」
いつものように実況を始める私。
血が湧きたつ。
なんて素敵なレースなんだ。
このレースに勝ち負けなどない。
一定の速度で走っていく。
でもそれでいい。
みんな素敵な馬なのだから。
こうして私はメリーゴーランドが停止するまでの間、ずっと実況を続けた。
「うん、みんないい走りだったな」
甲乙つけがたいが、一応MVPを決めることにしている。
今日はあの馬かな。
馬が停止し、騎手達が下りて行ったあと、私はMVPの馬に駆け寄ると、そっと撫でてやった。
「おじさん、今日もいいレースだったよ」
「そうかい、そりゃあ良かった」
こうして私は帰路についた。
玄関の扉を開け、ガッサガッサとリビングに向かう。
「ただいま~、ビーフストロガノフ~。遅くなってごめんね」
水槽のビーフストロガノフは今日も楽しそうに漂っている。
「ねえ、聞いてよビーフストロガノフ。部長ったら酷いのよ。そう、それでね……」
私はビーフストロガノフに愚痴を聞いてもらった。
やっぱり信じられるのはもずくだけ。
もずくは裏切らない。
愚痴を聞いてもらってすっきりした私は、嬉しくなってずっともずくと話し続けた。
もずく談義をし、もずくダンスを踊り、時間を忘れてビーフストロガノフと遊んだ。
それからどれ程の時間が過ぎただろうか。
私は本当に時間を忘れていた。
すでに一週間が過ぎていることに気付いたのは、あの女がやってきた時だった。
「お姉ちゃん、お姉ちゃん!」
誰かが私を呼ぶ。
いつ入ってきたのだろう?
「あなたは誰?」
「何を言っているの? 私だよ、妹だよ!」
見知らぬ女は言う。
自分は私の妹なのだと。
会社を無断欠勤している報告を受けて、駆け付けたのだと。
鍵はどうやら管理人から借りたらしい。
「あなたなんて知らないわ。私はもずくさえいればいいの」
私は目の前の水槽で漂うビーフストロガノフを見つめながら答えた。
「さあ、ビーフストロガノフ。今日も一緒遊びましょうね~」
「お姉ちゃん……」
もずくさえいればいいんだ。
もずくさえ。




