閑話 ブルームの自室にて(ブルーム視点)
机に向かって今日の報告と明日からの任務に向けての資料を書き、一段落したところで俺は唸りながら伸びをした。わかっていたことではあったが、やはり事務作業が増えた。
それにしても……
俺は明日からの任務の人員振り分け表に目を落とした。俺のベルサロム班はレイ、イオル、ベルロイ。私情を捨てて公平に判断した結果だ。
このメンバーとしばらく生活することになる。これから起こることが容易に想像できて、俺は思わず溜息をついた。すべてベルロイに振って俺は逃げてしまおう。
コンコン
ドアが控えめに叩かれる音を聞いて、俺は顔を歪めた。ここは寮の四階の中ほどにある俺の部屋。女子が来ていい場所じゃないはずなんだけどな。
「はい」
表情を笑顔に変えて返事をすると、
「レイリーズです」
と、思った通りの声が聞こえてきた。俺がドアを開けてやると、少し頬を赤く染めたレイリーズがお盆にカップを乗せて立っていた。
「お仕事中かと思いまして、お茶を」
俺はレイを中に招き入れながら、
「そんなのいいのに。俺に会いたかったのはわかるけど、ここ、男の階だよ?」
と、からかってみた。レイはさらに顔を赤くしながらも毅然とした態度で、
「しかし、ブルームさんが自室で書類作業をしているのはわかっていますから、隊員としてサポートさせてください」
と、言ってテーブルにコーヒーの入ったカップを置いた。
レイリーズは前任の第二守護兵団、戦時対策部隊で一緒だった。俺の一年後に入ってきたレイリーズとは先輩と後輩という間柄だ。そして、レイリーズは俺に懐いている。
特務部隊を発足するとなった時、どこからその情報を嗅ぎつけてきたのか、レイは自ら俺に「特務部隊に入れてください」と、言ってきた。
確かにレイの戦闘力は魅力だ。最大の条件であった秘密を守ることができ信頼できる人間であることもわかっている。
候補者は多くなかったので、結局レイを入れることになったが、本当は俺はレイを特務部隊へ入れたくはなかった。何故ならレイは男として俺を慕っているから。それがわかるから、俺個人の感情としてはレイを入れたくなかったのだ。しかし、その時もやはり私情は捨ててこの部隊へ入れた。
「ありがとな。でも、もうそろそろ終わって寝ようと思っていたところだからさ。レイも明日に備えて早く寝なよ」
俺は椅子に腰掛けてレイに背中を向けて右手を挙げたが、レイは動く気配がない。しばらく躊躇うような時間が過ぎて、レイは、
「あの、ブルームさん。一つ、聞いてもいいでしょうか」
と、言ってきた。レイは猪突猛進で頑固なところがあるので、ダメと言っても聞いてくるだろう。それがわかるので、
「いいよ」
と、俺はレイの言葉を促した。なんとなく、聞かれる内容はわかっている。
「リコルのことですが、何故彼女を特務部隊へ入れたのでしょう」
やっぱりそれか。
「彼女の能力を聞いた限りでは、この特務部隊の足を引っ張る存在になるかと思います。ブルームさんとリコルの間のちょっとした仲、とは……」
あぁ、ほら。これだからレイを呼びたくなかった。
任務に個人的な恋愛の感情を持ち込むからリコルちゃんに嫉妬する。そういう面倒なことは避けたいのに。
「人員の選定基準についてはレイにも言えない」
俺はレイを振り返らずに続ける。
「ちょっとした仲っていうのは、リコルちゃんと俺とキースは以前一度会っているんだ。一年前の新人兵の訓練教官としてミョルンの演習場に行った時に、ね」
「そうだったんですか……」
まだ何か聞きたそうなレイを遮って、
「まぁ、リコルちゃんを何故選んだのかはそのうちわかると思うよ。レイは今は明日からの任務に集中して。なんせ、初任務、だからねぇ。この特務部隊で結果を残せれば、昇進できるよ~」
と、言った。
「……はい、精一杯努めます」
俺はいつの間にか歪んでいた顔を笑顔に戻してレイを振り返った。
「そういうわけだから、明日からよろしく~!」
「宜しくお願い致します」
レイは完全に疑問が晴れずにすっきりしない顔をしながらも、
「失礼致します」
と、言って俺の部屋から去っていった。
俺は大きく溜息をついて、ベットに仰向けで横になった。明日からが思いやられる。いっそ、イオルちゃんにでも手を出せば、レイは離れていってくれるだろうか。
我ながら酷い考えを、と思い、腕で目を覆った。胸がチクチクと痛む。俺はレイを突き放して傷つけてばかり。早く俺のことを嫌いになって、離れていってくれればいいのに────
俺はレイが持ってきたコーヒーには一口も口をつけないまま眠りについたのだった。
●豆知識
能力や魔法の属性は遺伝がほとんどである。