王都にて 選択2
フレイ隊長がゼノ隊長に連絡を取ってくれたのは翌日のことだった。キューレ王子はちょうど公務で王都を出ているらしく、戻るのは今日の夕方になるらしい。戻ってから私達の申し出を聞くことになるので、私達はその返事を待つしかない。
私達が捕らえたダイス人のスパイ2人は第三守護兵団一班の副隊長であるルイフィス様が引き取ってくれて、パリス地方の守護兵団宿舎で厳重に管理されている。相変わらず口は割らないままのようで、事態に進展はない。
あのアイレーン王子のことだ、捕らえられた時には何も口を割らぬよう、スパイには事前に伝えてあったのかもしれない。そうすれば必ず助ける、などど付け加えて。
ルイフィス副隊長はそれと同時に、スパイを通したと思われる国境の兵士の調査も始めた。現時点では特定には至っていないようだが、こちらには証拠がある。捕らえるのも時間の問題ではないかと思う。
調査が国境の兵士にまでいったということは、きっとビブリオやアイレーン王子の耳にも届いていることだろう。アイレーン王子が皇帝になってうやむやになるのが先か、フレイ隊長やゼノ隊長がスパイの黒幕を突き止めるのが先か。
何かをしたいけれど、私達が今王都でできることは少ない。キューレ王子達にスパイの黒幕を伝えるために証拠がほしいところだが、アイレーン王子に近い王都に証拠を残しているとは考えにくい。
私達はそれぞれに手持ち無沙汰な日中を過ごし、連絡が来るかもしれない夕方には全員寮の第一会議室に集まっていた。これから起こることを思えば部屋の空気は重たくならざるを得ない。私達はただ共に同じ部屋にいて、ゼノ隊長から来るはずの連絡を待っていた。
部屋のドアがノックされたのは辺りが暗くなった頃のことだった。この部屋を訪ねて来るのは関係者以外に考えにくいが、通信を使って連絡が来ると思っていたので、私達は思わず顔を見合わせて一瞬固まってしまう。
「俺が」
そう言って警戒した表情のベルロイが立ち上がる。かなりの事実を知っている私達だ。もちろん、誰かが襲撃に来た可能性もある。私達は警戒体勢を取りながらベルロイの背中を見つめた。
ドアを細く開けると、
「こんばんは、突然すまないね」
と、言うゆったりとした男性の声が聞こえてきた。私達の緊迫感に対してリラックスしたような声色だったので、少し拍子抜けしてしまった。その声が最近会った人の声に似ていた気がして、私は必死に記憶の糸を手繰り寄せる。
「入れてもらえるかい?」
ベルロイがハッと息を飲んだ音がはっきりと聞こえた。ベルロイは扉を開けて綺麗な敬礼をした。フードをしっかりと被った男性が1人入ってきて扉を閉める。
会議室の中央までゆっくりと歩いてくると、フードを被ったまま男性は私達を見回した。フードから見えた瞳の色に私達は飛び上がりそうになるほど驚いて、慌てて立ち上がってベルロイと同じように敬礼をする。男性は苦笑して、
「驚かせてしまったかな」
と、言いながら、ゆっくりとフードを外した。零れ出た黒い髪に、私は自分の予測が正しかったことを悟る。弟よりも柔らかい表情で笑った王子は、
「初めまして、特務部隊の皆さん。挨拶が遅れて申し訳なかった。キューレだ」
と、言って敬礼を返してくれた。
椅子に落ち着いたキューレ王子は私達1人1人の名前を尋ねた。王子は名乗っている人間の顔を真っ直ぐに見つめる。高貴な金色の瞳に見つめられると、すべてを見透かされてしまうかのような落ち着かない気持ちになった。
髪の色と瞳の色は王家特有のそれだが、キューレ王子はアイレーン王子と顔の作りは似ていない。全体的に線が細く美しいアイレーン王子に対し、キューレ王子は服の上からもわかるがっちりとした体格で、顔も精悍な男性らしい顔つきをしている。
私達全員が名乗ると、キューレ王子は満足げに頷いた。
「ゼノから君達が僕に直接話したいことがある、と聞いたよ。ちょうど王都から出ていたものだから、帰りに寄ってみたのだけど」
「直接お会いしたい、などと不敬なことを申し上げましたことを、お詫びいたします」
キースが頭を下げるのに合わせて私達も頭を下げる。
「いや、構わないよ」
キューレ王子は本当に気にしていないように笑った。アイレーン王子とは雰囲気もまったく違う。キューレ王子は人が良さそうで、悪く言えばどこにでもいそうな落ち着く雰囲気を持ったお方だ。
「それで、僕に直接話したいこと、というのは?」
「はい」
キースの目が一瞬私を見る。私が頷いて見せると、キースは口を開いた。
「実は昨日、アイレーン王子の主催するパーティに出席させていただき、そこで王子と言葉を交わす機会をいただきました」
「うん」
キューレ王子は特に表情は変えず、キースの話を聞いている。
「実はそこで、ダイス帝国について重要な情報を得ました」
キースは一旦言葉を切ってから、少しトーンを落として言葉を続けた。
「アイレーン王子によると、ダイス帝国はユーロラン帝国と違い、能力・魔力保持者がほとんどいないと言うのです」
私はキューレ王子の表情の変化をしっかりと観察していたが、重要な情報だと思って伝えているにも関わらず王子の表情はぴくりとも動かなかった。キースは報告を続ける。
「ダイス帝国は我が国より大国であるにも関わらず、我々に迂闊に手を出してこないのはそれが理由だと。そのため、今は裏で我々に対抗できるような武器の開発を進めていて、その開発が済めばいずれは我が国に攻め入ってくることになるだろう、と」
キューレ王子はゆっくりと目を閉じた。そのまましばらく何も口にせず、私達はそんなキューレ王子のことを固唾を呑んで見守った。長い時間の後、キューレ王子は再び目を開けてその金色の瞳をキースに向けた。
「それを、アイレーンが?」
「はい」
ふーっと重い息を吐き出したキューレ王子は、この部屋に入って来た時よりも疲れた表情に見えた。
「他には何か言っていたかい?」
「他に……」
キースが私を見た。アイレーン王子の思惑をどのくらい伝えるべきか、悩んでいるようだった。キューレ王子は突然やって来たので、私はキースに触れられる距離にはいない。しかし、ただの兵士の私が王子の前で口を出すわけにもいかないし────
「ダイス帝国をこちらから攻めるべきだ」
私達が悩んでいる間に発せられたキューレ王子の言葉に私達はハッとした。アイレーン王子はキースと目を合わせると困ったように笑って、
「とか?」
と、続けた。




