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あなたの本心は隠しても無駄です  作者: 弓原もい
1.特務部隊、発足!
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一年前の春 ミョルン地方にて4

 私とキースは野盗達が食べようとして手付かずになっていたパンを拝借して食べ、落ち着くと洞窟の外の広い場所で火を焚いてその周りに座った。


 「少し眠ったらどうだ?」と、キースに言われたが、それは断った。女だからと言って甘えたくはない。

 それに、私より遥かに能力を使ったキースが寝ないのだ。私だけ寝るなんてしたくない。


 火がぱちぱちと音を立てて燃えている。遠くで虫の鳴き声が聞こえる。


 私は斜め前に座るキースを盗み見た。すごい能力だった。

 暗がりだったのと、空気砲というのは目に見えないようで正確にはわからなかったが、的確に相手の腹に当て、ダメージを与えているようだった。

 その威力も去ることながら、骨も砕ける程の威力と言っていたのに、実際には野盗の怪我は打撲程度で済んでいた。そういった強弱のコントロールもできるのだろう。


 私は強弱のコントロールが苦手だ。今ではだいぶましになったものの、以前は力を弱めすぎて相手を確実に気絶させることができなかった。

 それを、あんな大人数相手に的確に……


 私のことを馬鹿にするかなり失礼なやつだけど、やはり第二守護兵団にいるだけあってすごい。自分が今、いかに底辺の組織に所属しているか、ということが痛いほどわかった。


「リコル」


 呼ばれた声にゆっくりと反応すると、いつの間にかキースが私のことを見ていた。


「あの時。野盗が俺の背後から俺のことを弓で狙っていた時、何故気がついたんだ」


 低く落ち着いた声。しかし、キースの顔には悔しさと不甲斐なさが滲んでいた。


「あの野盗は恐らく素人だった。能力も魔力も使わず、殺気がまるでない。それなのに、何故気がついた」


「だから、勘、だって言ってるでしょ」


 私はそう答えるとふいっと目を逸した。この話はしたくない。変に話して墓穴を掘りたくないもの。


 あれ、そういえばあの時……


 突如蘇った記憶に、バッとその場から立ち上がってずんずんとキースの方に近づく。


「な、何だよ……」


 面食らうキースを気にせず目の前に座り込んで、キースの腕を掴んで服の袖をまくし上げた。


「お……」

「やっぱり」


 はぁ、とわざとらしく溜息をついた。何で言ってくれなかったのだろう。


 火の赤い光に照らされたキースの腕は赤く爛れている。あの時はいっぱいいっぱいですぐに忘れてしまったけれど、野盗の戦闘でキースは不意打ちを食らって腕を怪我したと言っていたんだ。


「そんなに酷い怪我じゃねえから、大丈夫だ」


 バッと手を振り払われてしまった。傷は確かに深手ではないようだったが、血が乾いて固まっているのが生々しい。


「ちょっと待ってて」


 私は野盗のアジトに戻って、荷の中にあった薬草と水、芋が入っていた布袋だけを取ってキースのところに戻った。


「手当する」


 手袋を外して薬草を石で軽く叩いて潰した。


「このくらい平気だって言ってんだろ」


「菌が入って使い物にならなくなったら困るでしょ」


 私は有無を言わさずキースの腕を取った。すると、手袋を外した手を通じてキースの脳から動揺の思考が伝わってきた。


「や……やめろって……っ!」


 何でこいつ、動揺なんてしてるんだろう……と、思いながらも、私はしっかり腕を握って水で傷口を洗った。


『くそっ、別に手当なんてしなくてもいいのに』


 キースが心の中で悪態をついている。


『しかも何だ急に! 仮にも男の俺の手を取るとは……いや、確かに怪我をしたとは伝えた。でも、だからと言って……』


 あれ、もしかしてキース、女の私に手当されることに動揺してるの?


『あぁ! もう、手当してもらってるだけだろ! 落ち着けよ、俺!』


 キースの脳内では絶えず動揺が続いている。

 

 私は布袋でキースの傷口を軽く拭いた。あまり綺麗な布ではないが、仕方ない。

 そこに、すりつぶした薬草を当てていく。


『くそっ、やっぱりブルームと一緒に帰しておくべきだったか。会話にも困るし』


 この動揺の激しさ、まさか女性に慣れてないのかな。腕からパッと顔を上げてキースを見上げると、バッチリ目が合って、その瞬間に激しい衝撃が伝わってきた。


「何だよ、早くしろ。トロいな」


 キースは口調を変えずにそう言いながら、


『急にこっちを見るんじゃねえ! 近いんだよ!』


 と、内心では激しく動揺している。これは完全に女慣れしてない反応。

 私は面白くなって、堪らず笑いを零してしまった。


「な、何だよ」


「ん、別に」


 何事もなかったかのように、切った布袋をキースの腕に巻いていった。


『それにしても、俺があんな不覚を取るなんて……』


 動揺の思考が暗く淀み始める。そうか、こんなすごい能力者が不覚を取るなんてあまりないことだろうから、落ち込んでいるんだな。


「さっきの話だけど、殺気がなかったんだから、気がつけなくて当然だよ。私がたまたま振り返って良かった」


「そうだな……」


『たまたま、か。あの時のリコルの顔、危険を察知して振り返ったように見えたけど。まぁ、でも戦いに慣れてはなさそうだし、やはりたまたまなのか……』


 あ、疑われてるな。でも、心を読んでるとはまったく気がつかれてなさそうだ。


『そ、そうだ。助けてもらったお礼、言わねえと。一応、仕方なく、な』


「あ、あの……」


 この人相の悪いキースがお礼を言おうとしている!?私は意外に思いつつも、邪魔をしないように、


「うん」


 と、軽く返事をした。わかっているけど、知らないふり。


「……まだ終わんねえのかよ」


 不機嫌そうな声で出てきた言葉はお礼ではない別のものだった。手当をしているのに、そんな言い方ないじゃない!と、心の声を聞いていなかったらそう思っていただろう。

 でも、今は違う。見た目や出て来る言葉に反して、キースの本心はただ恥ずかしがっているだけだということがわかっている。

 だから、お礼を言ってくれなくても冷たい言葉しかもらえなくても、これでもいいや、と思う。今は気持ちだけ、受け取っておくよ。


 人の心の声を聞くことができる、というのは、想像以上に辛いことの方が多い。人の本心というのは醜い。それを今まで生きてきて何度も何度も突きつけられた。

 キースの場合はそれとは逆だ。出て来る言葉よりも本心の方が可愛らしい。そんな体験をするのは初めてのことだった。


「はい、終わったよ」


「……あぁ」


 手は離したのでもうわからないが、きっと手当のお礼も浮かんではいるが言えないのだろう。だんだんとキースの性格が掴めてきたぞ。


 私は笑いを噛み殺しながら、元いた場所に座り直した。


 この様子ではキースはブルームと違って、私の能力について何も気がついていないようだ。それがわかったので安心できて、さっきよりリラックスした気持ちになれた。


 キースとブルームの戦いの連携はすごいものだったが、性格はまるで違う。それなのに、仲は悪くなさそうで、信頼し合っている感じがしたが、一体どういう関係なんだろうか。

 私は気になっていなかったけれど、キースは会話がないことを気にしているみたいだし、話題を提供するついでに聞いてみるか。


「ねぇ、キース」


「あぁ?」


 私が声をかけると、キースは荒々しい返事を返してきた。それも、すべて動揺から来るものだとわかれば、不思議とイライラしなかった。


「ブルームとは長いの?」


「ブルーム? ……あぁ、あいつとは養成所からの腐れ縁だ」


 養成所、とは守護兵団養成所のこと。王都にあって、王都に住む裕福な家庭の魔力、能力持ちの人間はそこに入る。

 入るためには試験があり、それを突破して入所することができれば、実質守護兵団に入ったも同然だ。第一、第二守護兵団に配属されるエリート達はそこの出身者が多いと聞く。


 ちなみに、私はもちろんそこの出身ではない。


「性格、全然違うのに仲いいんだね」


「仲良いわけじゃ……」


 キースは不満そうに口ごもってから、


「あいつは唯一、俺に普通の態度を取ったから」


 と、言った。


「普通の? あぁ、キースは顔が怖いもんね」


「おい、それはどういうことだよ」


 つい本音を零してしまって、さっきとは違って本気で凄まれてしまった。

 でも、なるほどね。確かに顔が怖いから女子も近づかないか。


「ちなみに、キースって何歳?」


「今年20になる。ブルームは2つ上の22だ」


「ふーん、年上、か。私は今年19」


 たぶん年上だろうとは思っていたけれど、やっぱりそうだったか。まぁ、もう二度と会うこともないだろうし、このままの口調でいいかな。


「私、歳の近い人と喋るの久しぶりだ。ミョルン班はおじさんばっかりだからね」


「……そうか」


 ここで、職務に忠実でない人達と、私がおばさんになるまでずっと一緒だと思うとうんざりする。

 それに比べて、キースには未来がある。この実力があれば、第一守護兵団への昇格もあるかもしれない。


「まぁ、ミョルンに寄ることがあれば声かけてよ。ナンパ男のブルームは勘弁だけど、キースなら相手してあげてもいいよ」


 キースは言葉は雑だけど、悪い人ではなさそう。それに、私にも一人くらい兵団に知り合いがいたっていいじゃないか。


「誰が……っ!」


 キースは小さくそう言うと、私から顔を逸らして、それ以上何も喋らなくなってしまったのだった。

●豆知識

リコルの治療


守護兵団に入隊後、簡単な怪我の治療は勉強させられる。

配属されてからも年に数回の訓練が義務付けられており、リコルのような戦闘向きでない兵は何度も治療の勉強を繰り返すことになる。

面倒だと思っていた訓練だったが、こんなところで役に立つとは。

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