一方その頃ナンルムルでは2(イオル視点)
4人が出ていくと、あたしは共有スペースにあるソファに深く身体を沈めた。身体の芯から冷えきっている。
「ちょっと……イオルさん、そんな格好で座らないでくださいよ」
目の前に座ったルシェが少し顔を赤くしてこちらを見ていた。改めて確認すると、あたしは足を大きく広げて座っている。
「じろじろ見ないでよ、変態」
「なっ……!」
ルシェが顔を白黒させて、
「変態って何ですか! 目に入ったから指摘しただけです!」
と、吠えた。
「あー、もううるさいなぁ。静かにしてよ」
あたしは体勢を変えずに顔をしかめて不快感を表した。もはや腕を上げたりリアクションを取ることすら煩わしい。
「お茶でも淹れようか?」
苦笑いのベルロイがそう言ってきた。
「お願い」
「すみません、ありがとうございます」
ベルロイが立ち上がってキッチンへと向かう。恐縮した様子のルシェだが、動く気配はない。あたしと同じで疲れ切っているのだろう。
目を閉じて身体を休めようとするが、未だ馬に乗っているような身体が揺れる感覚がして落ち着かない。あんなに長い時間馬に乗ったのなんて初めてのことだった。
シューっとお湯の湧く音が遠くで聞こえる。
「あの4人は……すごいですね。長距離の移動の後にまだ調査だなんて」
「本当に。あれこそ変態の域だわ」
ルシェが呟いた言葉にあたしも同意した。あたしはもう一歩も動けない。
「そんなこと言っていいんですか? キースさんとブルームさんに告げ口しますよ」
「はぁ? やめてよ」
最近やたらとルシェに絡まれる。あたしが可愛いからちょっかいをかけたくなるのだろうか。何にしても鬱陶しい。
「はい、お待たせ」
ベルロイが戻ってきて、湯気の立っているカップが目の前に置かれた。
「ありがとう」
のろのろと身体を起こしてカップを手にするが、熱くて飲めそうにない。あたしは諦めてもう一度ソファに勢い良く身体を倒した。
「第二守護兵団から来た三人はわかるけど、リコルも随分元気そうだったね。俺はもう無理だ」
先程の会話が聞こえていたのだろう、ベルロイも疲れた表情でそんなことを口にした。
「あんた、体力バカみたいな顔してるのに、意外と体力ないのね」
「山登りとかなら得意なんだけどね。馬に乗るのはどうも慣れなくて」
ルシェは両手でカップを持って無心で飲み物を飲んでいる。こうしていると本当に子供だ。
「思ってたよりハードよね、この部隊。ベルサロムに行ってようやく王都に戻れたと思ったらすぐフィデロでしょ? 辛すぎるわよ」
「イオルはナビゲーターだもんな」
「そう。こんなに酷い目に合うなんて思わなかった。……まぁ、ここで解散させられるなんて嫌なんだけどさ」
「……意外です、イオルさんがそんなこと言うなんて」
顔を上げたルシェが話に入ってきた。
「当たり前でしょ。まだキース様とブルーム様と親密な関係を結べてないんだから」
「……またそれですか。前言撤回します」
ルシェは顔を酷く歪めてそう言った。
「どうしてそんなに二人のことを?」
「家柄よ。どちらと結婚してもお金に困らずに暮らしていけるでしょう?」
「……最低です」
「勝手に言ってればいいわ。あたしは勝ち組になる。絶対に」
軽蔑の視線を無視してあたしはカップに手を伸ばす。ようやく飲めそうな温度になっていた。
「どうしてそこまで?」
「……あんた達にはわからないだろうけど、お金がないってものすごく不幸せなことなの。汚い家で震えながら眠るなんてもう二度としたくない」
冬になると嫌でも思い出す。固い床の上に薄い毛布を敷いて、それに包まりながら朝を待っていたあの頃のことを。自分が選んだ相手のせいでそんな思いなんて絶対にしたくない。
気がつくと2人はあたしのことを驚いたような顔で見ていた。
「喋りすぎちゃった。今のは忘れて」
嫌な思い出だ。ぬるくなったカップの中の紅茶が少し苦く感じた。
前に座ったルシェはバツの悪そうな顔をして空になったカップを見ていた。その姿を見ると、故郷の弟のことが頭を過ぎった。
「そんな顔することないわ。ルシェの能力ならルイフィス様と同じくらいにはなれるわよ」
ミョルンで商人を捕らえたのはルシェだと聞いた。あたしがルシェと同じくらいの年齢の時、そんな風に何かができただろうか。
ルシェはあたしの言葉に面食らった様子で口を開けていた。目が合って微笑んでやると、先程までより顔を赤くして思いっきり顔を逸らされてしまった。
「イオルだってこのままだったら守護兵団で安定した位置につけると思うけどね」
ベルロイがあたしに向けて微笑んだ。
「それはそうだと思うけど、あたしが求めてるのはそれじゃない。危険な思いはしたくないから、結婚して家庭に入るわ」
「守護兵団がそれを許すかな」
「そこはあたしの未来の夫になんとかしてもらうわ。キース様とブルーム様、どうにかならないかなぁ」
「イオルほど可愛ければ、人を選ばなければ結婚できると思うけど」
可愛い。ベルロイはそう言って当たり前のように微笑んでいた。そう、あたしは可愛い。だけど、それを面を向かって当たり前のように男性に言われたこと、今まであったっけ。
何となく顔が熱くなってきて、
「それはそうだけど、だからこそ家柄を選ばなくちゃ!」
と、言ってからあたしは誤魔化すようにカップに口を付けた。何でこんなに動揺してるんだろ。変なの。
●能力紹介
キースの空気砲
手をかざした方向に空気の弾を出せる。
キースは銃のような早くて軽い弾をたくさん出す使い方をしているが、溜めれば大砲のような威力の弾も出すことができる恐ろしい能力。




