フィデロ地方にて怪しい荷馬車を調査せよ3
幸いなことに午後からは風が治まり快適な旅路となった。おかげで暗くなる前にナンルムルに着くことができたが、前半の風が強かった時間が堪えたようでイオル達はぐったりとしていた。
まずは宿を確保しに向かったが、私達ほどの大人数が泊まれる部屋は空いていないとのこと。どうしようかと困っていると親切な宿のおばさんが今は使っていない家があるからそこに泊まると良い、と案内してくれた。そこは一階にリビング、二階に二部屋しかない小さな家だったが、私達が数日泊まる分には十分な広さだった。
これから明日の下見や荷馬車が向かう倉庫の調査をする予定だったのだが、一旦落ち着くと疲れきったイオル達を連れて行くわけにもいかなかった。
「明日もあるからイオルちゃん、ベルロイ、ルシェはここで休んでいた方がいいね」
「すみません……」
三人は謝るが、少し安堵した表情でもあった。イオルの顔なんかには普段はない隈までできている。
「俺は倉庫を探ろう。キースは明日の下見をお願いできる?」
「わかった」
「私はブルームさんと一緒に倉庫を探ります」
ブルームが指示する前にレイリーズがそう申し出た。どちらかというと私の方が倉庫を探る方に向いているとは思ったが、昨夜のブルームのことが思い出されて、私もそれに同意した。
「じゃあ私はキースと下見だね」
「よろしく」
レイリーズの提案にブルームも拒否はしなかった。私達4人は揃って家を出る。別れる前に私はレイリーズに、
「レイ、頑張ってね」
と、二人に聞こえないように囁いた。
「はい、リコも」
私達は二手に別れた。下見は本当は馬で行きたいところだったが、途中で暗くなってしまう恐れがある。そうすると馬で行くのは危険なので、私達は灯りを持って徒歩で道を進み始めた。
ガイラスの言っていた通り道は荷馬車が一台通れるくらいの細い道だった。本当に荷馬車がここを通るのか疑わしいくらいだが、荷馬車が通った跡はくっきり残っていた。
私とキースはどこで荷馬車を待ち受けるべきかということをぽつぽつと話しながら進んでいく。しばらく歩くとぽつぽつと木も生えてきた。身を隠すには木があった方がいい。向かう先にはさらに木が生えているようだった。
「あの辺りかな?」
「確かに身は隠せて良さそうだが、木がありすぎても邪魔になる。もう少し広い場所があればいいんだが……」
「じゃあもう少し探してみようか」
ナンルムルからは30分程歩いただろうか。馬で行けば10分程度で着いてしまう。それを考えても確かにもう少し離れた方がいいかもしれない。
さらに道を進んでいく。陽は傾き、私達の左側で太陽が眩しく沈んでいくところだ。私の少し前を歩くキースの広い背中を見る。レイリーズは上手くやっているのだろうか。
「ねぇ、キース」
「あ?」
「今日のブルームの様子、どう思う?」
「ブルーム?」
顔だけが私の方へ向く。その顔は僅かに歪んでいる。
「いつもより元気ないんじゃないかって」
「……ブルームのことが気になるのか」
何故か声や表情がどんどん不機嫌なものに変わっていく。ざわざわと木々が揺れて音を立てた。
「気になるっていうか……レイがそう言うから」
「レイリーズが?」
キースは少し意外そうな顔をした。
「私は全然気になってなかったんだけどさ。でも、そう言われてみれば確かに昨日の夜、ちょっと変だったかなって」
ブルームは自分のことを「使えないやつ」と言った。いつも全てを冷静に俯瞰で見ているようなブルームがあんなことを言うなんて思わなかった。すごい魔力を持っているだけでなく頭も切れるというのに。
「あぁ」
キースも思い当たることがあったのだろう、頷いて顔を前に向けた。ブルームにあそこまで言わせた原因が私だとしたら、私は一体これからどうしたらいいのだろうか。
「気にすることはない」
きっぱりと言い切るキースを私は見上げた。
「少し落ち込むようなことがあったのかもしれないが、あいつは自分で解決する。そうでないと困る」
「心配じゃないの?」
「もっと酷くなったら考える。でも、今は放っておけ。俺達が変に気にしたら、あいつが逆に気にする」
キースの瞳に迷いはなかった。そうか、キースはブルームと付き合いが長いんだ。そのキースが言うのだから大丈夫なのだろう。
友情、か。いいな。
「キースもごめんね。隊長と副隊長を無視して出しゃばったりして」
あれしか方法は考えられなかったし、情報屋を本当に使うとなったら私の経験が使えると思った。でも、ブルームの反応を見て出しゃばってしまったのかもしれないと思った。私は所詮ダメ五出身の使えない兵士なのに。
「何で謝るんだよ、気色悪いな」
「……ごめん」
確かに私らしくないかもしれない。他人のことなんて気にすることなかったのに。それなのに、何でだろう。胸の奥が暗く渦巻いて苦しい。
いつの間にか隣を歩くキースがはぁ、と大きく溜息をついた。
「人それぞれできることをするのは当たり前だろ。俺も、ブルームだってわかってる」
もう一度キースを見上げるとばっちりと目が合って、キースに思いっきり逸らされてしまった。
「あれで、いい」
もしかして私は励まされているのだろうか。口調はぶっきらぼうで励まされているというよりはけなされているようだけれど、言われていることはどこか温かい。私は自然と笑みが零れた。
「ありがとう」
「……いいから明日のポイントを真剣に探せ」
キースは私から顔を背けてそう言った。ブルームに対しても私に対してもちゃんと優しい。不器用だけど、ちゃんとわかる。
私は笑顔のまま明日のポイントを探すために周りをしっかりと観察した。さっきから地面がぬかるんでいて歩きにくい道が続く。最近雨が降ったのかもしれない。これでは荷馬車もかなり揺れるだろう。
両側に生える木々の量も増えてきた。この辺りなら身を隠すことができるかもしれない。
さらに歩くと目の前に少しだけ道幅が広い場所に出た。ここなら────
「キース」
「ここは……」
ここはどうか、と提案しようとしたが、キースは鋭い目つきで木を見ていた。キースが手に持った灯りを点けて木に向けてかざした。木は何かがぶつかったように不自然に傷ついていた。その木だけではない。その隣の木や道の反対側すらそうだった。
「これは……」
「この傷、新しいな」
じっと目を凝らして見ると、キースの言う通り、傷は最近つけられたもののようだった。
「ここで戦闘が行われた?」
私達が歩いてくる途中で誰ともすれ違うことはなかった。この道を通る人は少ないのだろう。そんな場所で戦闘。
「荷馬車を狙った何者かと護衛が戦った」
そうだ。ガイラスは荷馬車の通る日付と戦闘力を把握していた。と、いうことは、裏社会の人が荷馬車を狙ったということだろうか。そして、その荷馬車には薬物が乗っている可能性がある。
「荷馬車の持ち主は何者なんだろう」
強い護衛を連れた荷馬車。ナンルムルに着いたら手出しできない相手。まだ謎が多い。
「場所はここでいいだろう」
「大丈夫? 戦闘の跡があるってことは相手も警戒してるってことでしょ?」
「どうせ戦うことになるんだ。それなら、この場所は最適だ」
確かに身を隠せる木もあり、ある程度広いこの場所なら戦い易くはあるだろう。
「ここで守護兵団と名乗り荷物の検査を行う。それを拒否してきたら戦闘だ。隠れていたやつらも加わって相手を倒す。それから荷物を改めよう」
荷馬車を待ち構える場所を決めた私達はナンルムルに向けて戻り始めた。陽はすっかり落ちて暗くなった。キースが手に持った灯りで道を照らしてくれる。
「リコルはイオルと安全な場所で待機だ。危なくなったらすぐに逃げろよ」
「任せる」
戦闘は私にできないことだ。特に、馬に乗った人間が相手ではリーチの短い私は話にならない。
「能力者か魔力保持者って話だけど、大丈夫?」
「こちらの方が人数は多い。大丈夫だ」
キースは力強く頷いてくれる。言う通り、キースやブルームが本気を出すのなら大丈夫だろうと思える。
「思えば一年前も荷馬車を追ってたんだよね。あの時は野盗相手で」
「よくリコルの能力で野盗に挑もうと思ったよな」
「失礼な。……ま、あの時も今も同じだよ。キース達の力がないと解決できない」
「……でも、あの時もリコルの判断で野盗のアジトまで見つけられたんだよな」
暗がりでキースの表情はよく見えない。
「適材適所だ」
もしかして、キースは私が戦闘に向かない能力を持っていることを気にしていると思って励ましてくれているのだろうか。
「ありがとっ……!?」
暗がりで目を凝らしてキースの表情を見ようと思い、少し前を歩くキースばかり見ていた。それでぬかるみに足を取られて、私は前につんのめった。あ、これは転ぶ────
ぎゅっと目を閉じたが、固い地面に顔が打ち付けられることはなかった。あれ? 不思議に思って目を開けると、すぐ近くにキースの顔があった。私はキースの灯りを持っていない方の右手で抱きとめられていた。
「あ、ありがとう」
「……早く体勢を立て直せ」
私は何とか持ちこたえてはいたが、バランスを崩したままだった。身体を真っ直ぐに起こそうとして、靴がぬかるみに嵌って抜けないことに気がついた。
「靴が嵌ってる……」
「アホか」
キースに怒られてしまう。目が合ったが、思ったより距離が近かったのですぐに逸らされてしまった。そういえば、キースは一年前も私が傷の手当をしただけで動揺していたくらい、女慣れしてないんだったっけ。
「支えてるから早く抜け」
「あ、うん」
私はキースの腕を掴んで靴を抜こうと力を込める。
「そんな深いぬかるみを見落とすなんてどうかしてる」
キースは私の側でぶつぶつと文句を言っている。周りを見ると、確かに道から少し外れた場所に私はいた。
「ほっ!」
力を込めて足を引き抜いたが、靴は置いてけぼりで足だけが抜けてしまった。
「はぁ……ったく」
キースが靴を取ろうと屈んだ。私はバランスを崩しながらキースの肩に掴まった。その拍子に私の服の袖が捲れて、生身の腕がキースの頬に当たった。
すると、触れた肌からびっくりするほどの衝撃が私の脳に伝わってきた。熱くてドキドキとしている。それは、同じ動揺の感情なのだけれど一年前の動揺とは少し違う感情だった。
「ほら、早く履け」
キースが靴を取ってくれて道にそれを置いた。私はキースに触れないように位置をずらして、慎重に靴を履き直した。
「ありがとう」
ようやく靴を履き直してお礼を言うと、キースはさっと立ち上がって私から離れた。
「このドジ」
「ご、ごめん」
キースはさっさと歩いて行ってしまう。私は今度は転ばないように、キースの照らす道をしっかり見ながら歩き始めた。
びっくりした。キースから伝わってきた感情がまだ私の中に残っているようだ。
これはどういう感情なのだろう。私は今まで数々の人間の感情に触れてきたけれど、こんな感情に触れるのは初めてのことだった。ものすごい衝撃なのになんだか嫌じゃない感じ。キースはどうしてあんな感情を生み出したのだろうか。
そこから私達は何も話さず無言でナンルムルへ戻ったのだった。
●能力紹介
リコルの心読み
触れた人物の脳内と直接繋がることで心の声を読み取ることができる。
心の声の他に、その時相手が感じている感情が直接自分に伝わってくる。
触れた上で繋がらないようにするのは不可能。
現状、繋がらないようにするには触れないということしか対策法はなく、そのためリコルは夏でも長袖に手袋が欠かせない。




